桜が舞う春、別れと出会いの季節。そんな中で聴くと心に沁みるのが、クリープハイプの名曲「栞」です。この曲は、JFL(FMラジオ局の連合)キャンペーンソングとして書き下ろされたもので、一見するとシンプルな恋愛ソング。しかし、その歌詞には、多層的な意味が込められており、聴くたびに違った感情が浮かび上がってくるような奥深さを持っています。
今回は「栞」の歌詞を読み解きながら、そこに込められた意味や情景、感情の機微を考察していきます。
「栞」というタイトルに込められた“しおり”の比喩:関係の区切りと記憶のしるし
「栞」という言葉は、本のページに挟む“しおり”を意味します。この曲では、関係性の途中に一時停止を入れるような「しおり」が、比喩として用いられているように感じられます。
「この気持ちもいつか 手軽に持ち運べる文庫になって」
という歌詞からもわかるように、思い出や感情が「本」にたとえられており、栞はその「途中」にある存在。つまり、「まだ終わっていない」「忘れたくない」「でも前には進めない」という、曖昧な関係の象徴なのです。
しおりは本を読む中で一時的に挟むものですが、それがずっとそこに挟まれたままなのは、再開されない関係、終わりきらない感情を意味しているのかもしれません。
好きと言えない気持ちと遠くに行く相手:言葉にできなかった思いの描写
この曲の語り手は、相手に対して「好き」と言えないまま、相手が“遠く”へ行ってしまう状況にいます。歌詞には「言えなかったこと」「嘘」「優しさ」といった言葉が繰り返し登場し、それらが主人公の不器用さと後悔を描き出しています。
「句読点のない君の嘘」
「後ろ前逆の優しさを 両手で抱えてしまった」
これらの言葉は、相手との会話の中で真意を読み取れず、誤解やすれ違いを抱えながらも、強がって本音を伝えられなかったことを示唆しています。
また、相手が“遠く”へ行くことは、地理的な距離だけでなく、心の距離・関係性の終焉を象徴しているとも受け取れます。
桜と季節のモチーフ:別れと始まり、儚さと美しさを映す風景描写
「桜が舞う」「桜が散る」といった表現は、日本の楽曲では春=別れの象徴としてよく使われます。「栞」でもそのイメージが巧みに使われており、情景描写と感情の変化がリンクしています。
「桜が咲いてるよ 君のいない道で」
この一文には、すでに別れてしまった後の季節の描写が含まれており、変わらぬ自然の美しさと、それに対する喪失感が共存しています。
春という季節がもつ「新生活」「卒業」「旅立ち」といった意味を背景に、桜の美しさがむしろ切なさを際立たせているのが特徴です。
聞き手に問いかける「続き」と「意味不明な2人の話」:物語として完結しない関係性
「この話の続きはどうするの?」
「意味不明な2人の話」
曲中で語り手が投げかけるこの問いは、相手だけでなくリスナーにも向けられているように感じられます。つまり、「関係は終わったけれど、気持ちはまだ終わっていない。じゃあこの続きはどうする?」という、自問自答のような言葉です。
「意味不明な2人の話」とは、明確な結末がない恋愛、気持ちをうまく伝えられなかった2人の関係を示しているのでしょう。「意味がなかった」と切り捨てられないからこそ、聴き手の心に引っかかるのです。
この曲は、ストーリーとして“完結”していないところにリアリティがあり、だからこそ多くの人が共感するのかもしれません。
別れの後の時間と成長:未練を抱えながらも前を向く期待と希望
別れた直後の喪失感から始まり、やがて「思い出」や「懐かしさ」へと変わっていく時間の流れも、この曲の大きなテーマのひとつです。
「この気持ちもいつか 懐かしく思い出せるかな」
「地面に水をやる 地面に咲いてる」
これらの歌詞には、失ったものをただ嘆くだけではなく、それを受け入れて未来に向かっていく意志がにじみ出ています。水をやる行為、咲いている花は、再生や成長の象徴。つまり、「栞」は別れの曲であると同時に、“その後”を描いている曲でもあるのです。
まとめ:クリープハイプが描く、曖昧で不器用な恋の“途中”
「栞」は、はっきりとした別れの歌ではありません。どこか曖昧で、でも確かに心の奥に残っている感情を、丁寧に描いています。本というモチーフと“しおり”という象徴的な言葉を通じて、私たち自身の「途中で終わった関係」や「言えなかった気持ち」を想起させてくれます。
クリープハイプの独特な言葉選びと、尾崎世界観の声が重なることで、この歌はより深く、聴き手の心をえぐるのです。