“あなた”という存在の眩しさ──七色の星としての描写
米津玄師「オリオン」の冒頭で描かれる「眩しくて目が回った」「七色の星が降る夜」などのフレーズは、特別な“あなた”との出会いの衝撃を象徴しています。ここでいう“あなた”は単なる恋人や友人という存在ではなく、人生の転機に現れ、自分の価値観や存在そのものを揺るがすような人物であると読み取れます。
「七色の星」という幻想的な比喩は、見る者の目を奪い、現実を忘れさせるような美しさや希望の象徴です。これは恋愛感情の表現にとどまらず、「救い」や「啓示」ともいえるものであり、自分が孤独や絶望の中にいたときに差し込んだ“光”のような存在を暗示しています。
オリオン座に託す想い──祈りとなった“結び”の願い
サビの一節「神様、どうか声を聞かせて」という歌詞からは、祈りにも似た願望が伝わってきます。米津玄師は、この曲で繰り返し“結ぶ”という言葉を用いていますが、それはオリオン座の星々が線でつながってひとつの形を成すように、「あなた」と「自分」がつながっていられることを願う気持ちの現れです。
この“結び”は単なる関係性の維持ではなく、「心の通じ合い」や「孤独からの救済」を意味しています。オリオン座という象徴的な星座を通して、米津は目に見えない心の絆を言語化しようと試みているようです。
また、「神様」という存在は宗教的な絶対者というよりも、「自分にはどうにもできないことを願う対象」としての比喩であり、その願いの深さを強調しています。
袖の糸で紡ぐふたり──指を星に見立てた情景の意味
歌詞中に登場する「解けた袖の糸 引っぱって」といった表現は、非常に象徴的です。糸というのは昔から“運命の赤い糸”としても知られるように、人と人をつなぐものの象徴です。この袖の糸が“あなた”と“自分”をつなぐものとして機能し、やがてその指先を星に見立てて、二人だけのオリオン座を作るという展開が描かれます。
この一連の描写は、非常に詩的でありながらも、深い孤独とそこからの回復、つまり「失われたものを取り戻す」過程を象徴しています。現実には存在しない星座を創り出すという行為には、創造的な希望や、新たな絆を築こうとする意志が込められているのです。
『3月のライオン』とのリンク──零との“共鳴”が歌詞に刻むもの
この楽曲はアニメ『3月のライオン』のエンディングテーマとして書き下ろされたものであり、主人公・桐山零の内面と強くリンクしています。桐山零は家族を失い、深い孤独を抱える少年であり、その姿は「オリオン」の語り手とも重なります。
「恋愛でも哲学でもない」と語るように、この曲は単なる恋の歌ではなく、「誰かとつながっていたい」という人間の根源的な願いを描いた作品です。桐山が様々な人々と出会い、少しずつ心を開いていくように、「オリオン」もまた、“あなた”という存在を通じて新しい希望を見出そうとする物語になっています。
アニメを視聴しているリスナーであれば、その世界観と楽曲のリンクをより深く感じられるでしょう。
「神様」「祈る」という比喩──切実な想いを託す言葉の力
「オリオン」の中で幾度となく登場する「神様」「祈る」といった言葉は、宗教的というよりもむしろ、極めて人間的な“届かない想い”の象徴として描かれています。
現実の中で「もうどうしようもない」「この手では届かない」という絶望の淵にあるとき、人はそれでも何かにすがりたくなる。その対象が「神様」であり、「祈る」という行為は、叶うかどうかも分からない願いをそれでも投げかけることなのです。
米津玄師の歌詞は、こうした“報われないかもしれない願い”を、とても静かに、けれど確かに響かせます。それは希望ではなく、「諦めない意志」のようなものでもあるのです。
総括
米津玄師「オリオン」は、単なるラブソングではありません。それは“つながり”や“祈り”という言葉では言い表せない想いを、美しい比喩と繊細な表現で描き切った一曲です。星座、袖の糸、祈り、孤独──それぞれのモチーフが、リスナーの心にそっと寄り添い、深く響くのです。