【M八七/米津玄師】歌詞の意味を考察、解釈する。

映画「シン・ウルトラマン」米津玄師×庵野秀明 夢の共演

J-POP界のみならず、日本音楽シーンに大きな衝撃と歴史の1ページを刻んだ偉大なアーティスト「米津玄師」。
そんな彼が映画「シン・ウルトラマン」のために書き下ろしたのが本作「M八七」である。

実は本タイトルは当初「M七八」という初代ウルトラマンの出身地にちなんだ題名になるところであったが、映画監督の庵野秀明との「現実のM八七の方が魅力的」というやり取りの結果、現在のタイトルに落ち着いたという裏話も存在する。

そんな名曲「M八七」について歌詞の考察していく。

憧れのヒーロー像とは

遥か空の星が輝いて見えたから

僕は震えながら その光を捉えた

割れた鏡の中いつかの自分を

見つめていた 強くなりたかった 何もかもに憧れていた

作者にとっての「ウルトラマン」とは一体何なのか、どう感じているのかを表現した一説。
遠い昔の記憶の中で輝いている存在。
「強くなりたかった」「憧れていた」という歌詞から、その強さへの憧れと自らの価値観を形成してくれた大きな存在である、ということが語られている。

君は風に吹かれて

翻る帽子見上げ

長く短い旅をゆく

遠い日の面影

「遠い日の面影」という表現から、今でも記憶の片隅に残っている憧れのヒーローとその活躍の光景を思い描いていることがわかる。
直接的に「ウルトラマン」「ヒーロー」という言葉を出してはいないが、米津玄師の楽曲によくみられる情緒的な湾曲表現によって、うまく言葉が紡がれている。

本当の強さとは何なのか

君が望むならそれは強く応えてくれるのだ

今は全てに恐れるな

痛みを知る ただ一人であれ

ここからサビに入る。
「君」というのは主人公や作者から見た楽曲を聴いてくれている人に向けた言葉である。
「君」が強く望んだのなら、記憶の中の「それ」つまり憧れの対象であった強きヒーロー、もしくはそれに付随する強さがきっと答えてくれる、という意味だ。

あの時の気持ちはなくなったわけではなく、当人たちの心に今でも残っている。
だから「全てに恐れるな」と、そして守るだけではなく「痛み」も知っていたあのヒーローのようになろう、というサビらしく力強い言葉で聴く者に力を与える歌詞となっている。

また隠された意図として、映画原作中の「ウルトラマン」にも語り掛けているようにも取れる。
人間のエゴに翻弄され、傷つきながらも孤独に戦い続ける。
「本当に強い人とは痛みを知った人しかそうなれないのではないか」と作者本人がコメントしていることから、そう判断できる。

忘れても消えてしまうわけではない

いま枯れる花が

最後に僕へと

語りかけた「見えなくとも遥か先で見守っている」と

そうだ

君は打ちひしがれて削られていく心根

物語の始まりは微かな寂しさ

時間の経過とともに記憶は風化していく。
それが「枯れる花」で表現されている。
ただし、前節でも触れた通り、忘れてしまったとしても、全く無くなるわけではない。
それは自分自身の一部としてずっと生き続ける。
それを「見えなくとも遥か先で見守っている」というフレーズで説明しているのである。

詩人の一節からの引用

君の手が触れた

それは引き合う孤独の力なら

誰がどうして奪えるものか

求め​​あえる命果てるまで

ここで再びサビに入る。
「それは引き合う孤独の力なら」この一節は、実は谷川俊太郎(詩人)の「二十億光年の孤独」という作品の中からの引用となっている。

広大な宇宙の中で感じる圧倒的孤独感。
別の場所に仲間が居てほしいと願う気持ちが生まれるのは自然なことであり、それがお互いを引き付けあう一種の磁石の様な力。
それを「引き合う孤独の力である」とそう綴った谷川俊太郎の代表作から引用したフレーズである。

聴く人々に強く伝えたいこと

輝く星は言う 木の葉の向こうから

君はただ見つめる 未来を想いながら

僕らは進む何も知らずに彼方のほうへ

君が望むならそれは強く応えてくれるのだ

今は全てに恐れるな

痛みを知る ただ一人であれ

微かに笑え あの星のように

痛みを知る ただ一人であれ

遥か昔に見た憧れのヒーロー像は、自分の中の深い部分で今もなおずっと見守ってくれている。
仮に当人が忘れてしまっても、自身の一部として共に居てくれる。

米津玄師当人のインタビューにおいて「孤独な戦いを強いられてなお、強く美しい人間を慈しむ心を忘れないっていうのは、ただただひたすら美しい」とコメントしている。
まさに、力強い歌詞によって、その想いを表現しているのである。

幅広い層へ向けた名曲

作者の「ヒーロー像」への考え方や「本当の強さ」への解釈が強く伝わる一曲である。

また、米津玄師のボカロP時代の名義は「ハチ」。
これは漫画の「NANA」から由来するものと本人は公言しており、「ハチ」「ナナ」というのは当人にとって原点ともいえるキーワードであり、それもまた別の角度からの見方として面白い。

仮にいくつ年齢を重ねたとしても、曲中の表現のように「記憶が完全に無くなるわけではない」。
この曲も一つの礎として記憶に残っていくだろう。

是非、今作を心に留めておいてほしい。

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