【海と山椒魚/米津玄師】歌詞の意味を考察、解釈する。

この記事では、米津玄師さんが歌う「海と山椒魚」の歌詞について、深く考察してみたいと思います。

歌詞の意味を考察、解釈

みなまで言わないでくれ
草葉の露を数えて
伸びゆく陰を背負って
あなたを偲び歩いた

「草葉の陰から見守る」という表現から、「あの世、墓の下」を指す言葉が浮かび上がります。
また、「偲び歩いた」という言葉は、過去の出来事や遠く離れた人や場所を思い出し、それに感慨を抱く意味を含んでいます。
そして、「露」は、雨上がりにできる小さな水滴か、主人公が心から流す涙か、どちらかが伝えたい感情を呼び起こす象徴的な要素です。

この文章は、感情豊かな主人公の心情を表現しています。

二人で植えた向日葵は
とうに枯れ果ててしまった
照り落ちる陽の下で
一人夏を見渡した

「2人で植えた向日葵」という歌詞から、2人が密接なつながりを持っていたことが窺えます。
そして、「とうに枯れ果ててしまった」ことから、かなりの時間が経過したことも分かります。
向日葵は通常、活気に満ちたイメージがありますが、おそらくあなたも活発で明るい性格だったのかもしれません。
その向日葵がしぼんでいることから、不思議な哀愁を感じますね。
主人公は夏の日差しの下で孤独に悩んでいるようです。

今なお浮かぶその思い出は
何処かで落として消えるのか

今でも鮮明に回想できる、あなたとの大切な思い出。
その記憶をいつか消し去ることができるのでしょうか。
あなたが遠くに行ってしまったことが、未だに私の心に残っているようです。

あなたの抱える憂が
その身に浸る苦痛が
雨にしな垂れては
流れ落ちますように
真午の海に浮かんだ
漁り火と似た炎に
安らかであれやと
祈りを送りながら

サビの冒頭から、あなたの健康状態が悪かったことが伺えます。
精神的、身体的に辛い時期を過ごしていたあなた。
その苦しみが少しでも軽減されることを祈ることしか、私にはできませんでした。
具体的な情景として、「真午」は真昼を指し、「漁り火」は夜間の漁で用いられる光り方を示しています。
おそらく太陽の光が海面に反射し、炎のように輝いていたでしょう。
その瞬間に、私はあなたを思いながら鎮魂の祈りを捧げました。

みなまで言わないでくれ
俺がそうであるように
あなたが俺を忘れるなら
どれほど淋しいだろう

まわりの人たちから、忘れるようにと声をかけられているのでしょうか。
彼らは悲しみから早く立ち直ってほしいと願っているかもしれませんが、主人公にとってはそれが干渉と感じているようです。
進むことは重要かもしれませんが、お互いが大切な思い出を忘れてしまうことは寂しいことです。
もし大切な人が亡くなった場合、その人を忘れてしまうことがどれだけ悲しいことか考えさせられます。
あなたも、おそらく同じように感じていることでしょう。

岩屋の陰に潜み
あなたの痛みも知らず
嵐に怯む俺は
のろまな山椒魚だ

「海と山椒魚」のモチーフは、小説「山椒魚」に由来しています。
この小説の主人公は、山椒魚としての自身を持ち、岩屋を住処にしていました。
彼は大切な存在でありながらも、痛みを無視してしまうことがありました。
小説の中では、山椒魚の傲慢さで迷い込んだカエルを死に至らせてしまう場面も描かれています。
歌詞の中での「嵐に怯む」という表現から、主人公はあなたが苦しんでいることを知っていたにも関わらず、何もできなかったことを後悔しているのでしょう。

零れありぬこの声が
掠れ立ちぬあの歌が
風にたゆたうなら
あなたへと届いてくれ
さよならも言えぬまま
一つ報せも残さずに
去り退いたあなたに
祈りを送りながら

最後の別れができずに、あなたはこの世を去ってしまいました。
主人公は「天国でも幸せでいてほしい」という思いを、あなたに届けたいと願っています。
この情景は、まるでレクイエムのように感じられます。
夏の日差しが照りつける広大な海の向こうへ、主人公は祈りを捧げています。

青く澄んでは日照りの中
遠く遠くに燈が灯る
それがなんだかあなたみたいで
心あるまま縷々語る

「燈」という言葉は、「漁火」と同じような炎を指し、周囲を明るく照らす役割を果たす火を表します。
この部分では、1番の歌詞とは異なり、炎を通じてあなたを見出し、悲しみを受け入れているかのような印象が感じられます。

今なお浮かぶこの思い出は
どこにも落とせはしないだろう

1番では「落として消えるのか」という疑問が投げかけられましたが、「どこにも落とせはしないだろう」という結論が示されています。
これによって、悲しみを受け入れる覚悟が固まったようです。
そして、ラストサビを繰り返し歌うことで、「海と山椒魚」の物語が終わりを迎えます。」

まとめ

いかがでしたか?
米津玄師さんの隠れた名曲「海と山椒魚」の歌詞についての考察を通じて、その意味を深掘りしました。
この歌詞には、昔ながらの言葉が使われており、それは小説「山椒魚」をモチーフにしているからです。
この歌は、人は孤独に生きていくことはできないというメッセージを伝えています。
そして、大切な人を失った場合でも、その思い出を忘れずに、心に刻み続けることの大切さを教えてくれる楽曲だと感じました。