【感電/米津玄師】歌詞の意味を考察、解釈する。

劇伴作曲家としてもトップレベルにある米津玄師入魂の一作

米津玄師というアーティストは掴みどころのない色を持つ。

ジャンルの垣根を取り払い、表現したい世界に沿ったアレンジやメロディ、歌詞を自在に操るその才能は現在の日本において最高峰とも呼べるものだが、中でも着目すべきはタイアップ楽曲である。

タイアップには大きく分けて二種類ある。
単純に露出のために組み合わされるものと、相互の作品が補完し絡み合う、融合性の高いものである。

米津玄師がタイアップを担当するパターンとしては後者が多いのではないだろうか。
これまでにも2014年の東京メトロ「Color your days.」に起用された「アイネクライネ」を皮切りに多くのタイアップが誕生したが、米津玄師という1人のアーティストとしても、「劇伴作曲家」という肩書においても一つのターニングポイントとなったのが2018年のドラマ「アンナチュラル」に起用された「Lemon」ではないだろうか。

この楽曲で米津玄師は大きく羽ばたき、トップアーティストの一人として今日まで活躍を続けている。

そして、「アンナチュラル」と同一の世界観を持つドラマが「MIU404」であり、米津玄師はこのドラマにおいてもタイアップを担当し、「感電」を提供。
提供にあたって米津はこう語っている。

1、2話の脚本を読ませてもらって、そこからいろんなことを連想して作っていきました。

もともとマンガ家になりたかったし、主観をそのまま音楽として表現するよりも物語の流れを音楽で表現するのが自分の本質なんですよね。
つまり、物語の主題歌を作ることは自分の資質に近いところがあるんだろうなって。
ドラマに寄せようという意識はそこまでなくて、脚本から全体的なニュアンスや流れをつかんで、そこで浮かんだぼんやりしたものを作り上げていくと、結局物語に合ったものになるんだと思います。

この「感電」が収録されているアルバム「STRAY SHEEP」には大塚製薬カロリーメイトのCMソングとして提供した「迷える羊」があるが、こちらに関しても米津は「CMタイアップありきで作った曲」と語っており、米津にとってタイアップが単なる露出・プロモーションの手段ではなく、相互に補完しあう世界観を持ち合わせた作品という意識が伺える。
そうして作り上げられた「感電」は第105回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ドラマソング賞を受賞。
常に進化を続ける米津玄師の最高傑作の一つとなった。

今回はこの「感電」を主に歌詞から考察してみたい。

仮タイトル「犬のおまわりさん」

逃げ出したい夜の往来 行方は未だ不明

回り回って虚しくって 困っちゃったワンワンワン

失ったつもりもないが 何か足りない気分

ちょっと変にハイになって 吹かし込んだ四輪車

兄弟よ如何かしよう もう何も考えない様

銀河系の外れへと さようなら

真実も 道徳も 動作しないイカれた夜でも

僕ら手を叩いて笑い合う

誰にも知られないまま

たった一瞬の このきらめきを

食べ尽くそう二人で くたばるまで

そして幸運を 僕らに祈りを

まだ行こう 誰も追いつけない くらいのスピードで

稲妻の様に生きていたいだけ

お前はどうしたい? 返事はいらない

「兄弟」「二人」というフレーズは「MIU404」に登場する主役の二人、綾野剛演じる伊吹藍と星野源演じる志摩一未を指すのは間違いないだろう。
曲調としてはホーンセクションを全面に出し、ファンク、ソウルを感じさせるグルーヴィーなアレンジとなっている。
このアレンジについて米津はこう語っている。

「MIU404」は警察の機動捜査隊の話で、個人的には、昭和の刑事ドラマみたいなイメージがあって。
それで「太陽にほえろ!」みたいにホーンが高らかに鳴っているアレンジが浮かんだ。
自分の音楽を振り返ってみたときに、ホーンをガッツリ前に出した曲はやってこなかったので、そういうものを自分なりに表現することができたら、自分が新しいところに到達できるんじゃないかという予感があったんですよね。
「感電」はドラマに作らせてもらった曲という側面が強いですね。

米津玄師にとって新機軸のアレンジとなった感電だが、仮タイトルは「犬のおまわりさん」だったとインタビューで語られている。

歌詞にも「ワンワンワン」という犬の鳴き声と実際の犬の鳴き声もサンプリングされているのだが、警察を卑下する時に「犬」と表現する事は以前より多く行われてきた。
電飾がけばけばしくフィーチャーされ、アロハシャツのような軽薄な服装の米津玄師が出演するMVを見るに、米津玄師はこのドラマ「MIU404」における二人の刑事を「泥臭く違法スレスレの捜査を行うタフな刑事」とイメージしたのではないだろうか。
路地裏に逃げる犯人をその足で追い詰め、体を使って逮捕する。
「昭和の刑事ドラマのイメージ」と語られている通り、この一番のヴァース・コーラスからはそんな刑事像をイメージすることができる。

過去に相棒をなくした志摩の目線?

転がした車窓と情景 動機は未だ不明

邪魔臭くて苛ついて 迷い込んだニャンニャンニャン

ここいらで落とした財布 誰か見ませんでした?

馬鹿みたいについてないね 茶化してくれハイウェイ・スター

よう相棒 もう一丁 漫画みたいな喧嘩しようよ

酒落になんないくらいのやつを お試しで

正論と 暴論の 分類さえ出来やしない街を

抜け出して互いに笑い合う

目指すのは メロウなエンディング

それは心臓を 刹那に揺らすもの

追いかけた途端に 見失っちゃうの

きっと永遠が どっかにあるんだと

明後日を 探し回るのも 悪くはないでしょう

お前がどっかに消えた朝より

こんな夜の方が まだましさ

2番のヴァース・コーラスでも1番に引き続き泥臭く捜査を続ける二人を半ば享楽的に描いている。
「メロウなエンディング」はこのドラマにおける「感電」が流れる事件解決後(基本的に一話完結のドラマなのでエンディングテーマであるこの「感電」が流れるタイミングは捜査が完了した状態)で一件落着した二人を表現しているのではないだろうか。

そして「MIU404」第二話のラストで志摩が伊吹にこう伝えるシーンがある。

お前は長生きしろよ

この言葉には志摩が過去に相棒である後輩刑事を喪った事に対する思いが込められている。
米津玄師は第二話までの脚本を読んでこの「感電」を作り上げたので、きっとこのセリフも頭に入っていたのだろう。
「お前がどっかに消えた朝よりこんな夜のほうがまだましさ」という一節には志摩が以前の相棒である後輩刑事を亡くしたことが伏線として表現されているのではないだろうか。

まさにドラマと絡み合った楽曲としてふさわしい一節である。

様々な意味が込められた「肺に睡蓮」という一節

肺に睡蓮 遠くのサイレン

響き合う境界線

愛し合う様に 喧嘩しようぜ

遺る瀬無さ引っさげて

「肺に睡蓮」という一節が表すのはまずフランスの作家、詩人であるボリス・ヴィアンの著作である「日々の泡」に登場する病気である。
肺の中に睡蓮の蕾ができる奇病にかかってしまう妻・クロエと献身的に看病をする主人公・コランを描いた物語だが、これは綾野剛が主役を務めた映画「シャニダールの花」に登場する症状と共通する部分がある。
米津玄師はこの映画を知り、「肺に睡蓮」という一節を入れ込んだのではないだろうか。

また、ボリス・ヴィアンはジャズトランペッターとしても名を馳せており、この事が「感電」のアレンジにおけるホーンセクションのフィーチャーに影響した、というのは考えすぎだろうか。

そして続く「遠くのサイレン」という一節。
こちらは星野源の楽曲「Family Song」の一節、「救急車のサイレン」から引用されたのではないだろうか。
綾野剛と星野源、二人の主役の作品からこっそりと仕掛けを仕込む。
劇伴作曲家・米津玄師の洒落たテクニックだ。

「感電」が意味するものとは

往々にして「感電」は一瞬の、刹那の現象である。
「稲妻の様に生きていたいだけ、お前はどうしたい? 返事はいらない」という一節は、破天荒で直感的な捜査を行う伊吹から志摩へのメッセージであり、この「感電」という楽曲を象徴する一節でもある。

また、「MIU404」における伊吹と志摩は「24時間以内に捜査を完了する事」を課せられており、ここからも刹那的でスピード感のある「感電」というタイトルがインスパイアされたのではないだろうか。

ドラマの内容だけでなく、主役の二人からも伏線を張ったこの楽曲。

このドラマに対する好奇心を刺激する楽曲としてふさわしいものであると同時に、劇伴作曲家・米津玄師の恐るべき才能を十分に堪能できる作品である。

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