米津玄師『Lemon』歌詞の意味を深掘り考察|“死別”と“光”が交錯する名曲の真髄

1. 「Lemon」は“死別”を描いた歌――ドラマ『アンナチュラル』との深い結びつき

米津玄師の代表作の一つ「Lemon」は、2018年に放送されたTBSドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされた作品です。物語のテーマは“死”や“死因究明”といった重いもので、米津自身も制作中に最愛の祖父を亡くすという出来事を経験していました。その私的体験とドラマの世界観が重なり、「Lemon」は単なる主題歌以上の深みを帯びた楽曲となりました。

当初、楽曲の仮タイトルは「Memento(記憶・形見)」であり、亡き人への想いと、それを抱えたまま生きていくことの痛みが中心に据えられています。この作品を通して、米津は死と向き合い、そこに宿る感情を音楽として昇華させたのです。


2. 冒頭の夢想と記憶の往還:「夢ならば」「忘れた物を取りに帰るように」の切なさ

「夢ならばどれほどよかったでしょう」という冒頭の一節は、誰もが一度は感じたことのある“現実逃避”の強い願望を端的に表現しています。目の前にある事実を受け入れたくない、夢であってほしいという強い否定感。続く「忘れた物を取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う」では、過去を反芻する様子が描かれ、忘れられない存在への執着がにじみ出ています。

この序盤の描写は、失った人との記憶が頭の中を巡り、現実と幻想の狭間を行き来するような心の動きを象徴しています。米津はこうした微細な感情の揺れを、抑えた言葉とメロディで丁寧にすくい取っているのです。


3. 『苦いレモンの匂い』が象徴する過去の甘酸っぱさと悲しみ

サビに登場する「未だにあなたのことを夢に見る 忘れた物を取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う 苦いレモンの匂い」のフレーズは、まさに「Lemon」の象徴的な一節です。レモンという果実は、甘さと酸っぱさ、そして皮のほろ苦さを併せ持つ存在であり、ここでは“過去の記憶”や“亡き人の面影”を表す比喩として機能しています。

香りとして残る「匂い」という表現は、記憶の鮮烈さを視覚ではなく嗅覚に訴えることで、より強くリスナーの感覚に訴えかけます。甘酸っぱい恋愛の記憶だけでなく、その記憶に纏わる痛みや後悔までを含んだ表現であり、ただの美化された追憶ではない点に、米津らしい誠実さが感じられます。


4. “あなたはわたしの光”──喪失を経て見出す“希望”と救い

「今でもあなたはわたしの光」というフレーズには、喪失を経験した人間が、それでもなお失われた存在から光を受け取っているという逆説的な救いが込められています。死別によって残された者は、時に孤独と喪失感に苛まれますが、同時にその存在が生きる指針となり、心の中で生き続けていることもあるのです。

この一節は、悲しみの中にも微かな希望があることを示唆しています。“光”という言葉の持つポジティブなイメージは、悲しみに沈みがちな本楽曲の中で、唯一といってよいほど前向きな象徴です。米津は、喪失の中にも人生の灯火を見出す可能性を、音楽を通して伝えているのです。


5. 米津流・歌詞×メロディ=“悲しみの型”としての構成美

「Lemon」の魅力は、その歌詞だけにとどまりません。曲全体に漂う構成の美しさも、聴く者の心をとらえます。AメロからBメロ、サビへと進む中で、感情の波が緩やかに、しかし確実に高まっていく。メロディの高低差やリズムの緩急が、歌詞の感情表現と密接にリンクしているのです。

特に、「ウェッ」とも聴こえる独特な発音や、フレーズの語尾に込められたため息のような声は、感情の余韻を残す演出として非常に効果的です。歌詞とメロディ、そして声のニュアンスが三位一体となって、“悲しみの型”としての音楽的完成度を生んでいます。


総括:「Lemon」に込められた普遍的な“喪失”の物語

「Lemon」は、個人的な体験を出発点としながらも、誰もが経験する“喪失”の感情を普遍的な言葉と音で描いた作品です。米津玄師は、自らの痛みを隠さず、むしろ真正面から見つめ、音楽として他者と共有することで、多くの人の心に深く響く作品を生み出しました。