1. 「忘れられないものなどなくて」の対比と揺れ動く心情
『恋をしたから』の歌詞は、冒頭から強い印象を与えます。
「忘れられないものなどなくて/譲りきれない思い出ばかりで」
この2行は、矛盾するように見える表現で始まっています。「忘れられないものなどなくて」と言いつつ、すぐ後に「譲りきれない思い出ばかりで」と続くことで、語り手の心情が決して整理されていないことがわかります。
一見すると「私は何も忘れられない」という強さを表現しているように見えますが、実際は“忘れたくても忘れられない”というジレンマを抱えているのです。あいみょんの歌詞には、こうした「感情の不安定さ」や「本音と建前の揺れ動き」がよく見られます。この曲においても、冒頭の対比によって、リスナーに「この人は今、恋愛のどんなフェーズにいるのだろう?」という興味を持たせる仕掛けになっています。
さらに、過去の恋愛を「譲りきれない思い出」と表現することで、完全に吹っ切れていない未練や、愛情の残滓があることも示されています。こうした心理描写が、曲全体の切なさとリアルさを際立たせています。
2. 夕方の匂いや食事が喉を通らない描写の悲哀とリアリズム
続く歌詞では、
「夕方の匂いが苦しくて/夕飯も喉を通らなくってね」
と、日常の情景が描かれます。この部分が多くのリスナーの共感を呼ぶのは、「夕方」という時間帯に特有の感覚が、恋愛感情と結びついているからです。夕方は、一日の終わりと夜の始まりが交差する、どこか感傷的な時間帯。そこに「匂い」という五感に訴える要素が加わることで、聴き手は自分自身の記憶や経験とリンクさせやすくなります。
「夕飯も喉を通らなくってね」という表現もリアルです。これは、強い感情に支配されたときの身体的反応を示しており、恋愛が心だけでなく体にも影響を与えることを端的に表しています。この一節により、恋愛の喜びだけでなく、寂しさや不安といった負の側面も強調されています。
3. サビに込められた変化と希望:「空が綺麗」「明日が好き」「あなたを知れた」
サビでは、トーンが一気に変わります。
「空が綺麗で、明日が好きで、あなたを知れたことが嬉しくて」
ここには、「恋をしたから」というタイトルそのものが意味する大きな変化が表れています。恋をする前と後で、世界の見え方が全く違うという感覚。空が綺麗に見えるのは、単なる比喩ではなく、恋愛によって心のフィルターが変わったことの象徴です。
「明日が好き」というフレーズも重要です。恋をしていないときには、明日が来ることが楽しみではなかったかもしれない。しかし、今はあなたがいる明日を迎えたい。この感情は、恋愛が人の生きる力や希望にどれほど影響を与えるかを示しています。
そして「あなたを知れたことが嬉しくて」。この一言に、恋愛の核心があります。恋をすることで初めて知る喜びと、相手という存在への感謝。このサビがあるからこそ、曲全体が前向きなエネルギーを持っているのです。
4. 「運命感」として語られる出会いと「いつか失う覚悟」
曲の中盤には、次のような歌詞が出てきます。
「当たり前なんてものはなくて/いつか失うこともあるわけで…運命に感じていたよ」
ここで語られるのは、恋愛に潜む儚さとリスクの認識です。恋愛は、手に入れた瞬間から「失う可能性」を孕んでいます。多くのラブソングは「永遠」を強調しますが、あいみょんはむしろ「いつか失うこともある」という現実を直視しながら、そのうえで「運命に感じていたよ」と歌うのです。
このバランス感覚こそ、あいみょんの歌詞の魅力。甘い理想だけではなく、現実の影を見つめながら、それでも恋をする価値を肯定している。聴き手は、このリアリズムに共感すると同時に、「それでも恋をしたい」と思える力をもらうのです。
5. Cメロ〜ラストで描かれる「夢」「寂しさ」「恋しさ」すべてを抱える葛藤
終盤の歌詞では、次のようなフレーズが印象的です。
「覚めないでほしい夢…寂しさも苦しさも恋しさも愛しさも全て」
ここでのキーワードは、「すべてを抱える覚悟」です。恋愛は、楽しいことばかりではありません。寂しさ、苦しさ、喪失感、嫉妬…しかし、それらをひっくるめて「恋をしたから」こそ得られる感情なのです。
Cメロからラストにかけては、感情の波が最高潮に達し、リスナーに強い余韻を残します。夢が覚めないでほしいと願う一方で、その夢が永遠ではないことをどこかで理解している。そんな二律背反を抱えながらも、「恋をしたから」という肯定が最後に残ることで、曲全体は希望で締めくくられています。
✅ まとめ:「恋をしたから」が教えてくれるもの
『恋をしたから』は、恋愛の美しさだけでなく、その裏にある不安や葛藤もリアルに描き出す一曲です。しかし、最終的に伝えたいのは「それでも恋をしてよかった」というメッセージ。あいみょん特有の等身大の言葉が、多くの人の共感を呼ぶ理由はここにあります。