世に放たれる前からその才能を認めていた椎名林檎
今や日本を代表するロックバンドとなったKing Gnu、その首謀者である常田大希はまだ十代の頃からコンテストなどで名を馳せる才能の塊であった。
芸大へ進学し、両親の影響でジャズやクラシック、自身の興味からヒップホップやロック、R&Bなどを貪欲に吸収したスタイルは現在のKing Gnuの礎として大きな部分を締めている。
その才能がまだ世に放たれる前から目をつけていたのが日本のポップシーンの頂点に君臨する椎名林檎である。
元々はまだデビューする前の常田大希が敬愛していた椎名林檎に対して自身の作品を送り、それに椎名が感想を返信するといった関係があったようだが、デビュー前の常田のライヴに椎名が足を運ぶなど、その才能にいち早く目をつけていた一人が椎名林檎であったようだ。
2019年頃から「特に目的もなく」作品を一緒に作っていたという常田と椎名だが、状況が一気に動き出すきっかけとなったのは、常田がアニメ『地獄楽』の制作チームからオープニングテーマのオファーをもらったことであった。
King Gnuとは別のプロジェクト、millennium parade(ミレニアムパレード)としてオファーを受けようとしていた常田は、『地獄楽』の世界観に椎名林檎がマッチすると考え、コラボレーションの相談をする。
『地獄楽』は江戸時代末期の話で、古語や旧仮名遣いを得意とする椎名はまさに水を得た魚のように作品にフィットし、ここに作詞:椎名林檎(常田歌唱部分については常田の作詞)、作曲:常田大希という現時点でまさに夢のようなコラボレーションが実現したのである。
サウンドは雑多である。
ロック、ヒップホップ、R&B、ヘヴィメタルを思わせるギターソロもあれば常田のバンドメイトであるKing Gnuの鉄壁リズム隊、ドラムの勢喜遊とベースの新井和輝がフリージャズのような混沌を生み出し、プログレッシヴな展開をまとめるように整然としたビッグバンドホーンがけたたましく鳴り響く。
King Gnuにも通じるジャンルレスなJ-POPの最新型である。
今回は2023年における事件の一つとも呼べる、millennium parade × 椎名林檎の「W●RK」を考察してみたい。
そこかしこに見え隠れする仕掛け
書き下ろしの歌詞は『地獄楽』の世界を表現している、と思わせる部分もあれば、椎名林檎と常田大希が相対する様子を描いたと感じるもの、また椎名林檎が過去に発表した作品からの引用と思われるものなど仕掛けがそこかしこに散見される。
例えば歌い出しである以下部分である。
変幻自在の命剥き出してやれ
実態がない分まだ出来損ない
名詮自性です 噂ごと吸い取れ
本懐果たした その先が見たい
『地獄楽』は江戸時代末期の死罪人、画眉丸が死罪を免れるために極楽浄土と噂される島から「不老不死の仙薬」を持ち帰るため、監視人である佐切と共に仙薬探しに出る話である。
画眉丸の本懐(願い、ニュアンスとしては「命を賭けた目的」といったところ)は愛する妻、結との再会で、画眉丸は様々な苦難を乗り越えて仙薬を探し求める。
歌詞にある「その先」は妻との再会か、それとも何か別の運命が待ち受けているのか、という結末を匂わせるものと鳴っている。
続けて歌われる以下の部分も作品を暗示している。
伽藍の空疎な五体 使い捨ていざまえ祝い
名前名乗ってやるよ 観念して頂戴
勝ち筋なぞ欲してない 土台殆ど運次第
答えも出してやるよ 刹那の銘采配
「伽藍(がらん)」は仏教用語で、僧が集まり修業をする場所の意であり、「がらんどう(広々として何もないさま)」の語源となった言葉でもある。
そして、画眉丸のあだ名は「がらんの画眉丸」である。
画眉丸は死罪人であり、その体は自分のためではなく「本懐」のためにある。
命を賭した本懐のためにその体を「使い捨て」にする、まさに『地獄楽』を表現する一節である。
そして、以下の一節は画眉丸と佐切の関係と共に、常田と椎名の関係も表しているのではないだろうか。
試してくれ 一層蓄えた技を
計ってくれ 真新しい腰挿しで
弾いてくれ 此方人等尚四面楚歌
対する人を介して この身の欠点が思い知りたい
共作を発表するのはこれが始めてだが、実は付き合いの長い二人。
進化し続ける二人はお互いの才能をぶつけ合うように「試してくれ 一層蓄えた技を 計ってくれ 真新しい腰挿しで」と歌う。
また、以下の部分については椎名林檎の過去の作品、特に2014年FIFAワールドカップのNHKにおけるテーマソングとして発表された「NIPPON」からの引用が見られる。
気付いた時はもう遅い 淡い願い云えず了い
洗い浚い明かして弁解したい後悔
市井の静かな暮らし 普通の人心地を
望んでいいのだろうか 永遠に至上の議題
許してくれ 嘗て犯した科を
裁いてくれ 真新しい良し悪しで
諭してくれ どうせ助かったのなら
愛する人を介してこの世の絶景が拝みたい
「淡い」「至上の」「絶景」は「NIPPON」でも使用されていた単語である。
噫 また不意に接近している淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている
刻み込んでいる あの世へ持って行くさ
至上の人生 至上の絶景
「NIPPON」
「NIPPON」もまた、ワールドカップ優勝という「本懐」を目指して奮闘するサッカー日本代表を鼓舞する歌であり、画眉丸と同様に命を賭して戦う日本の戦士の歌である。
椎名林檎は、画眉丸の姿に青い炎を身にまとったサッカー日本代表の姿を見たのだろうか。
そしてこの「W●RK」という楽曲だけでなく、MVも含めた表現でオマージュされているのが椎名林檎が過去に発表した「罪と罰」である。
罪と罰そして 生き死に一切
両極の間[あわい] 結合して甘んぜよ
常田の歌唱パートに「罪と罰」という単語が使用されているのに加え、MVでは椎名の配偶者である児玉裕一が監督を努め、「黒く塗られた目元」「日本刀」「真っ二つの車」という仕掛けで2000年のSPACE SHOWER Music Video Awardsにおいて最優秀女性アーティストビデオ賞を受賞した「罪と罰」のMVをオマージュしてみせた。
コロナや昨今の表現に対する決意表明?
椎名林檎が所属するバンド、東京事変は2020年に再始動のツアーを行ったが、新型コロナウィルスが猛威を振るう中での有観客コンサートは自粛しろという世論で批判され、ツアーは2公演に留まり、11公演が中止となった過去がある。
その出来事に対する常田の思いが強く出た箇所が以下だ。
本格派の道楽家
Social的に凶悪犯
禁止事項已日々進歩
慇懃尾籠無礼行為
Damn it!!!
性行為の伝道師
Play boyなのに正常位許り
無鉄砲にStand up my fav people
Right now!
「禁止事項已(のみ)日々進歩 慇懃尾籠(いんぎんびろう)無礼行為」というのは、SNSの発達によって「正論」が幅を利かせる世の中、丁寧の度が過ぎて不快感を与えているのではないか、という常田の思いが吐露された一節である。
ワールドカップやオリンピックなど国際的なプロジェクトに関わる椎名に対し、ちょっと真面目すぎるんじゃないの、と挑戦的に問いかける常田は「Play boyなのに正常位」ばかりになった「本格派の道楽家」に対し、「性行為の伝道師」らしくもっと「無鉄砲」にやろうよ、と憧れの人にハッパをかける。
「W●RK」は『地獄楽』という作品は勿論、「椎名林檎自身の想い」も、「常田大希自身の想い」も内包し、且つ「過去の作品に対するオマージュ」のような仕掛けも数多に散りばめられた、とてつもない作品である。
一度聞いただけでは全貌を理解するのは不可能だろう。
しかし、『地獄楽』という作品、椎名林檎、常田大希という二人の天才、そして二人の過去、思想、そういった情報も準備しておかなければいけない、という事はない。
シンプルにこの楽曲が持つパワーに身を任せても十二分に楽しむことができる。
シンプルに楽しむ、深遠に考察する、そういった作品を数多く生み出してきたからこそ、椎名林檎、常田大希という巨大な才能は多くの人々の支持を得てきたのではないだろうか。
そんな二人が組んだこの「W●RK」、間違いなく2023年におけるJ-POPの大事件である。
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