「丸サ進行」という言葉まで生み出した名曲
今や押しも押されぬ日本音楽シーンのトップランナーとなった椎名林檎。
彼女は1998年にシングル「幸福論」でデビューし、フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラヴらの「渋谷系」に対するカテゴリ「新宿系」と謳われたセカンドシングル「歌舞伎町の女王」で一躍注目の存在となり、サードシングル「ここでキスして。」でオリコンチャート上位に食い込むヒットを飛ばした。
そして満を持して1999年に発売されたのがファーストアルバム「無罪モラトリアム」である。
上記3曲のシングルは勿論、「正しい街」や「同じ夜」など綺羅星の名曲が揃ったこのアルバムはミリオンセラーとなり、個性的な楽曲は勿論、インパクトのあるジャケットやタイトルで椎名林檎を新世代のロック・アイコンへと押し上げた記念すべきアルバムなのだが、発売から20年以上も経った今、アルバム収録のどの曲よりも、それどころか椎名林檎のどの作品よりも最も多くの人にカバー・アレンジをされ続けている曲がある。
「丸ノ内サディスティック」。
4-3-6-1というコード進行が現在では「丸サ進行」と呼ばれるようになり、1-5-6-3-4-1-4-5に代表される「カノン進行」の様にJ-POPの代表的なコード進行として今日に至るまで様々な楽曲で使用されている。(勿論、このコード進行を使った曲は「丸ノ内サディスティック」が初めてではないが)
上京した自分を自己投影
報酬は入社後並行線で
東京は愛せど何もない
歌い出しは地方から上京してきた女性が会社務めと東京という街に対して虚無感を抱いているかのように感じ取れる。
デビュー当時の椎名林檎も同じ心境だったのだろうか。
「幸福論」「歌舞伎町の女王」で一定の評価を得ることには成功したが、商業的にはそこまで飛び抜けたヒットではなかった。
そんな自分の境遇を一人の女性に投影し、一つの乾いたストーリーを歌い上げているように感じる。
リッケン620頂戴
19万も持っていない 御茶ノ水
何かを打破したい彼女は御茶ノ水の楽器街に立ち寄り、一本のギターを見つける。
リッケンバッカー 620。
リッケンバッカーはビートルズのジョン・レノンやザ・フーのピート・タウンゼントらが使用したスタイリッシュなギターだ。
彼女はそのギターに一目惚れをする。
購入を考えるが、値段は19万円。
とてもすぐに彼女に出せる金額ではない。
リッケンは高いのだ。
印象的なギターが登場する作品は多いが、大抵高い。
ハロルド作石著のバンド漫画「BECK」に登場するグレッチ社の「ホワイト・ファルコン」は世界一美しいギターと呼ばれ、安くても40万円以上する。
かきふらい原作のアニメ「けいおん!」で主人公の平沢唯が5万円というサービス価格でポンとギブソン・レスポール・スタンダードを購入するが、本来であれば安くとも20万円以上はする。
勢いでギターを買ってしまってインテリアにしてしまった方も読者の皆様の中にはいるのではないかと推測するがいかがだろうか。
また、ギターに限らず楽器は分割で購入することも勿論可能なのだが椎名林檎の様なロックな女性に分割払いは全く似合わないので彼女はおそらく潔く諦めて帰宅し、ヤケ酒をキメながら憤慨したのだろうと想像する。
後日談として、2000年に発表された椎名林檎の5thシングル「ギブス」のPVではリッケンバッカー620をかき鳴らす彼女を見ることができる。
マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ
毎晩絶頂に達しているだけ
ラット1つを商売道具にしているさ
そしたらベンジーが肺に映ってトリップ
マーシャルとは主にギター用の増幅器、アンプリファイアの種類の1つである。
俗に「アンプ」と呼ばれ、ギターの音を大きく増幅したり、時には歪ませたりする事もできる。
ジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ、エリック・クラプトンといったロックギターの名手が挙って使用し、ロックのアンプの代名詞として最も有名なアンプが彼女は大好きらしい。
大好きに留まらず、「匂いで飛んじゃう」上に「毎晩絶頂に達して」いるらしい。
これは相当アブノーマルな趣味である。
ちなみにマーシャルはロックバンド・B’zの楽曲「Pleasure〜人生の快楽〜」にも登場する。
重いマーシャル運んでた腰の痛み まだ覚えてるの
Pleasure〜人生の快楽〜
世には15W程度の小さなマーシャルも存在するのだが、このマーシャルはどうやらハードロックバンドのディープ・パープルやキッスが壁のようにステージに並べていた大きなキャビネットを持つマーシャルの様だ。
話が逸れたが、彼女は「ラット」も持っているようで、ベンジーことブランキー・ジェット・シティの浅井健一に憧れを抱いている。
「ラット」とはギターの音を大きく歪ませるプロコ・サウンド社製作のディストーションペダルで、かなり強烈な歪みを生み出す効果がある。
有名な使用例としてはイギリスのロックバンド・ブラーのギタリスト、グレアム・コクソンが「Song 2」というかなりヘヴィな楽曲で使用している。
興味のある方は是非PVをご覧頂きたい。
彼女はマーシャルの匂いを嗅ぎ、ラットを踏んでみたり触ってみたりして憧れのベンジーと共に夜な夜なトリップしているのだろう。
性的比喩がこれでもかと登場
最近は銀座で警官ごっこ
国境は越えても盛者必衰
椎名林檎が後にセルフカバーした英語バージョンの「丸ノ内サディスティック」では「警官ごっこ」という単語が「Cops and Robbers」という言葉になっている。
Copは警官、Robberは強盗の意味で、「Cops and Robbers」はローリング・ストーンズが1964年に発表した同名の曲から取られたとされている。
それはさておき、歌詞だけを読むと意味不明だが、「ごっこ」は基本的に子供がやるものである。
しかし、大人が「ごっこ」をやると途端に性的なニュアンスが出てくる。
彼女はもしや、銀座あたりで日本人外国人を問わずお金持ちのセレブを相手にイケナイ「警官ごっこ」をしているのではないだろうか。
「丸ノ内サディスティック」。
このタイトルが意味するところは果たして。
領収書を書いて頂戴
税理士なんて就いて居ない後楽園
何かの支払いを済ませた彼女は「領収書」を求めるが、税理士の就いていない彼女は確定申告も自分でしなければいけないという哀愁のある一節。
「入社」したにも関わらず「確定申告」をしなければいけない、という立場の一つには「専属契約を結んだミュージシャン」が1つ挙げられる。
やはり自分自身を投影した歌詞となっているように見られる。
将来僧になって結婚して欲しい
毎晩寝具で遊戯するだけ
ピザ屋の彼女になってみたい
そしたらベンジー あたしをグレッチで殴(ぶ)って
27才で早逝してしまったロックバンド・ニルヴァーナのボーカル、カート・コバーンは仏教を信仰していた。
バンド名からして仏教徒っぽいがカート・コバーンがキリスト教から仏教に改宗したのは晩年。
ここでは付き合っている彼氏に対して「カートの様になって結婚して欲しい」と歌っているのではないだろうか。
ちなみにカートの妻、コートニー・ラヴも敬虔な(敬虔という言葉がここまで似合わない人もいないが)仏教徒である。
また、カートとコートニーを用いた表現は後のシングル「ギブス」に登場する。
あなたはすぐにいじけて見せたがる
あたしは何時も其れを喜ぶの
だってカートみたいだから
あたしがコートニーじゃない
ギブス
カートの死によって2年あまりという短い期間で終わったカートとコートニーの結婚生活だったが、彼女はそれでも二人の関係に憧れを抱いていたようだ。
「毎晩寝具で遊戯するだけ」はやはり性的なニュアンスが伺える。
最近の椎名林檎にはあまり見られないが、初期の椎名林檎にはこういった直接的な性的表現が多く見られた。
2003年に発売されたサードアルバムのタイトルが「加爾基 精液 栗ノ花」である。
「精液」はそのままの意味だし、「栗の花」は精液の匂いの表現として「イカ臭い」と並んでよく使われる単語である。
「ピザ屋の彼女」はブランキー・ジェット・シティが1997年に発表した楽曲「ピンク色の豚」の歌詞に出てくる一節。
カート・コバーンと浅井健一が彼女のタイプなのは間違いなさそうだ。
そんな椎名林檎はバックバンドのギタリストであった弥吉淳二と2000年に結婚、一子をもうけたが後に離婚している。
それはさておき、グレッチはかなり大きなギターで、グレッチで殴ったら当たりどころによっては命の危険もあり得るのでグレッチで人を殴るのはやめましょう。
青 噛んで熟(イ)って頂戴
終電で帰るってば 池袋
「あおかん」とは・・・最早説明するのも下世話なのでここは省略しよう。
池袋は丸ノ内線の終点である。
ここまで登場した御茶ノ水、銀座、後楽園も全て丸ノ内線の駅だが、なぜか池袋周辺での一人暮らしはしみじみと寂しいイメージがある。
椎名町だとか東長崎と言った西武池袋線の駅は特に。
それまでの「東京」を壊し、新しい「東京」を作り上げた
具体的な地名が歌詞に登場し、決して綺麗事だけではない、どことなく生々しいイメージを持って立ち上がってくる歌を作ったのはおそらく椎名林檎が初めてではないだろうか。
長渕剛が1988年に発表した「とんぼ」では東京という街に対し、華々しいだけの都ではなく、一筋縄ではいかない苦悩を歌っているが、それでもまだ東京に対し憧れを捨てきれていない様に感じられる。
また、椎名林檎と同世代とも言えるロックバンド、くるりのメジャーデビューシングル「東京」は東京という街についてというより、乾いた寂しさを遠く離れた恋人に向けて歌った手紙のような歌となっており、こちらも丸ノ内サディスティックで歌われているような東京とはまた違った表現となっている。
比較的近いイメージで東京を歌った曲の一つにちあきなおみの「赤とんぼ」があるが、こちらは他者あっての新宿という街の悲哀を描いており、椎名林檎の様な孤高かつアバンギャルドな表現とはまた違う。
その他にも東京の地名が歌詞やタイトルに登場する歌は以前より多く発表されてきたが、人の欲望や穢れのようなものをむき出しにして歌ったのは椎名林檎の発明と言える。
古くはフランク永井の「有楽町で逢いましょう」やロス・プリモスの「たそがれの銀座」、ロス・インディオスの「コモエスタ赤坂」といった大人のお芝居ではなく、東京という幻想を再構築し、夢と金が集まる欲望の街として描いた椎名林檎、そして「丸ノ内サディスティック」。
今後も歌い継がれていくであろう名曲である。