【本能/椎名林檎】歌詞の意味を考察、解釈する。

椎名林檎=エロス、というイメージを決定づけた一曲

1999年2月にリリースしたファーストアルバム「無罪モラトリアム」で一躍新世代の歌姫として名を挙げた椎名林檎が初のライヴツアー、フェス出演などを経てアルバム発売よりおよそ8ヶ月後の1999年10月にリリースしたのが4thシングル「本能」である。

何よりも話題となったのはPVだ。
真っ赤なルージュを引き、純白のナース服に身を包んだ椎名林檎が悩ましげな表情と濡れた瞳で扇情的に歌う。
デビューからまだ1年あまりという新人にも関わらず、以前のイメージからの脱却を図るかのように何枚ものガラス板を拳で、肘で、時には際どい角度で蹴破る。
サードシングル「ここでキスして。」あるいはアルバム「無罪モラトリアム」で椎名林檎の存在を知った方も多かったと思われるが、椎名林檎は早くも新しいイメージを解き放ち、新たな姿を世間にお披露目した。
メジャーシーンに於いて、ここまで刺激的かつエキセントリックなイメージを出した女性アーティストは椎名林檎の他にはサブカルの女王・戸川純くらいだろう。
海を渡ったスーパーバンド「サディスティックミカバンド」の初代ボーカリスト、福井ミカもかなりエキセントリックではあったが、どちらかというと底抜けにハッピーで天真爛漫な明るい女の子、というイメージで、椎名林檎や戸川純の様に表現の意図を深読みさせてしまうようなキャラクターではなかった。

センセーショナルな一曲となった「本能」は今日に至るまで椎名林檎のシングルで最大のヒットとなり(2021年11月現在)、ミリオンセラーを突破している。

歌詞のテーマは、一言で「セックス」である。
また、ガラス板を打ち破るように、今までの椎名林檎というイメージも打開したいという印象も強い。
「幸福論」ではティーン・エイジャーならではのモラトリアムで不安定な恋愛、「歌舞伎町の女王」では一つ殻を破った少女の背伸び、「ここでキスして。」ではようやく体と心の繋がりに均衡が取れ始めた恋愛を歌っているが、「本能」はそこから先に成長し、言葉や態度ではなく行動で愛を示せ、と強く迫る女性を描いている。
当時並び立っていた女性アーティストに浜崎あゆみや宇多田ヒカルがいるが、両者とも楽曲に於いて恋愛観・世界観がそこまで大きく変わることはなかったように思う。
椎名林檎は違った。
楽曲ごとに様々なペルソナが登場し、且つその全てが椎名林檎らしいという唯一無二の表現をしていた様に思う。
上品から下品、イノセントからアバンギャルドまで全く違う人格を使い分けて様々な愛の形を表現していた。

じっくりと歌詞を追って、この「本能」という曲の世界を紐解いてみよう。

傲慢なまでの強い女性目線

I just want to be with you tonight.

I know that you want to be my babe.

冒頭は英語詞から始まる。
「私はあなたと今夜一緒にいたいだけ、あなたがそうしたいって知っているのよ」
訳すとこんなところだろうか。
絡みつくようなワウ・ギターと亀田誠治のエッジの効いたベースと共に歪ませた声で歌われるこの一節、同じ事をもし男性が歌ったとしたら自意識過剰だとかなんとか叩かれそうな歌詞だが、女性が歌うとセクシーで密度の濃い歌詞となり、冒頭からこの楽曲の世界観を決定づける一節となっている。

椎名林檎はサディストか、マゾヒストか

約束は要らないわ

果たされないことなど 大嫌いなの

ずっと繋がれて 居たいわ

朝が来ない窓辺を 求めているの

言葉よりも行動が欲しいと歌うこの一節、「繋がれていたい」は言うまでもなくセックスの暗喩だが、肉体関係だけでなくマゾヒスティックな欲求-つまり、「束縛」を求める彼女の姿も伺うことができる。
サディズムとマゾヒズムは表裏一体でどちらが欠けても成り立たないものだが、「果たされないことなど大嫌い」と歌う彼女は「それが果たされた時の充足感」を無意識に求めているのではないだろうか。
「朝が来ない窓辺」は何かを待つ様子、その時の不安や不満が、「朝が来る」事によって解放される。
高圧的に見えるようでその実、マゾヒスティックな願望を歌っているようにも取れる歌詞となっている。

どうして 歴史の上に 言葉が生まれたのか

太陽 酸素 海 風

もう十分だった筈でしょう

言葉というものがあるせいで人は惑う。
太陽や酸素といったものさえあれば人は生きていけるのに、なぜ言葉が生まれたのか。
果たされない約束、裏切りと別れ、偽りの愛あるいは嫌悪の言葉。
言葉があるせいで人は行動を止め、憎み合い、絶望する。
もっと原始的に「本能」と快楽に身を任せてしまえばいい、という、こちらも性的な一節。

個人的な見解だが、昨今の少子化・晩婚化の原因の一つには「理想の恋愛イメージ」があると思う。
ドラマや映画、漫画を見て、美しい恋愛やロマンティックな台詞あるいはシチュエーションに憧れ、それが理想的な恋愛であるとインプットされてしまい、人間が元来持っている原始的な部分、「本能」の部分を殺し、恋愛が発展しづらくなっているのではないかと推察する。
「恋人の居ない独身者の推移」が顕著に出始めたのはデータ上2010年頃からだが(参考リンク:なぜ未婚者が増えているのか―その背景分析― https://onl.tw/mFT11tn)、椎名林檎は1999年にその事を予見していたのではないだろうか。

格好つけてないで「本能」のままに

淋しいのはお互い様で 正しく舐め合う傷は

誰も何も咎められない 紐解いて命に擬う

「本能」では淋しいとお互い思っているのだから、たとえ不格好でもみっともなくても、それを非難したり嘲笑したりする権利は誰にもない、という一節。

最近(2021年)の作品だが、シンガーソングライターの佐藤千亜妃が歌う「カタワレ」という楽曲に以下の一節がある。

ああ 夢見てた王子様じゃないけど 君が好きなの

ねえ へたくそなエスコートしてよ

カタワレ

キャラクターは椎名林檎のそれとはまるで違うが、奇しくも歌っている内容は同じである。

歯の浮くようなセリフも映画のようなシチュエーションもいらない、ただその手を取ってほしい、といつの時代も一定数の女性は望んでいるようだ。

気紛れを許して

今更なんて思わずに急かしてよ

もっと中迄入って

私の衝動を突き動かしてよ

つれない態度を取ったかもしれないけど気が変わった、という女心の難しいところを歌った一節。
「もっと中迄入って 私の衝動を突き動かしてよ」もセックスの暗喩だが、こちらも「こちらの出方を探るように様子を窺ってないで強引に振り回して欲しい」というサディズム・マゾヒズムが表裏一体となった表現となっている。
本当に、女心は難しいですね。

後に結婚する弥吉淳二との関係を歌った?

全部どうでもいいと云っていたい様な月の灯

劣等感 カテゴライズ そういうの忘れてみましょう

いざ二人きりになった夜、もうこの際二人の関係性だとか立場だとか全て忘れて愛し合いたい、という一節。

この頃に関係があったかは不明だが、後に椎名林檎はバックバンドを務めていたギタリストの弥吉淳二と結婚し、一子をもうけたあとに離婚となるのだが、もしかすると弥吉との関係を歌っているのだろうか。
スターに上り詰めようとする椎名林檎と、バックバンドの1メンバーに過ぎないロックギタリストの一夜、とも取れる。

終わりにはどうせ独りだし 此の際嘘の真実を

押し通して絶えてゆくのが良い

鋭い其の目線が好き

永続的に続く関係ではなく、刹那の欲望と偽りの言葉に身を委ねて一時の情事を貪るのも一興、ただ今はその鋭い目線に殺されたい、という一節。

上記の弥吉との結婚生活は一年余りで終わりを迎える。
その予感が椎名林檎にはこの時既にあったのだろうか。

総括すると、ナースの服を着た椎名林檎は、現代に潜む病-形だとか、格好に拘るあまり、「本能」を忘れてしまった現代の人々を「治療」し、その病の根源をガラス板のように「破壊」する、という役柄だったのではないだろうか。

ここまで歌詞を紐解いてみたが、椎名林檎自身としてはあまり歌詞を深読みされるのは望んでいないらしく、本人に言わせればそんな風には全然思っていない、という事も大いに有り得る。
というか、まるで見当外れ、という事も多分にしてあるので、あくまで一つの解釈として「本能」をお楽しみ頂ければと思う。

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