邦楽界の女王、椎名林檎の名曲
ロックバンド・東京事変のボーカリストとしても活動し、日本の邦楽シーンを今も牽引し続ける椎名林檎。
ファーストアルバム「無罪モラトリアム」の中に収録されている曲の中でも一番と言っても過言ではない名曲「歌舞伎町の女王」の歌詞の解説・考察を行う。
驚愕なのはこの曲は当人が19歳の頃に作られた曲であること。
さらに、ストレートな歌詞と過激ともいえる歓楽街で生きる女性の思いを歌ったこの曲は、ポップでキャッチーな曲が受け入れられやすい邦楽界において異質ともいえる。
だからこそ、彼女が邦楽界の女王と呼ばれるに相応しい存在であることがこの曲でおわかりいただけるのではないだろうか。
当人は、デビューからしばらくの間「新宿系」と標榜していたが、こちらは何度もインタビューに答えるのが手間なので「でまかせを言った」との弁ではあるが、今作「歌舞伎町の女王」との類似性がより説得力を増すことになっている点も面白い。
では以下に具体的な歌詞とその考察を列挙していく。
情緒的な導入部
蝉の声を聴く度に
目に浮かぶ九十九里浜
皺々の祖母の手を離れ
一人で訪れた歓楽街
九十九里浜(千葉県)出身の少女が、地元と保護者である祖母から離れ、日本最大の歓楽街である新宿歌舞伎町を訪れるところからストーリーは始まる。
「蝉の声」ということから時期は夏。
旅行で訪れたのではなく、はっきりとした目的の元に歓楽街を訪れているのがわかる。
『女王』との再会
ママは此処の女王様 生き写しの様なあたし
誰しもが手を伸べて
子供ながらに
魅せられた歓楽街
母親は歌舞伎町で夜の仕事をしており、その世界でトップに君臨している。
その生き写しの様な主人公に対し、周囲も迎合し、徐々にその世界に染まっていく様が歌われる。
そして『女王』との離別
十五になったあたしを
置いて女王は消えた
毎週金曜日に来てた
男と暮らすのだろう
「毎週金曜日に来てた男」という表現から、経営者や力のある有名人を指すわけではなく、一般人に近い人物像を表現している。
こういった世界にありがちな権力者とパートナーになったのではなく、女王の地位を捨て、そして主人公を捨て、別の道に行ったこと。
そして、「女王は消えた」という表現や「暮らすのだろう」という口調に、冷淡さと侮蔑の意味が込められている。
「ママ」という母親への表現ではなく、女王と表現している点からも、そこに愛情のようなものは感じられず、ただ事実を述べている。
女王から元の女性になってしまったことを暗喩しているのである。
世代交代と母親への感情をストレートに表現
一度栄えし者でも必ずや衰えゆく
消えて行った女を
憎めど夏は今
女王と云う肩書きを
誇らしげに掲げる
平家物語の有名なフレーズを引用しながら、「憎めど夏は今」は歌詞冒頭の「蝉の声を」とかかっており、時代が移り変わった同じ夏であることを表現している。
前項でも述べた通り、母親のことをもはや「消えていった女」と表現し、「憎む」とはっきりと示している。
世代交代が起こり、「ママに生き写しのあたし」が新しく女王として君臨していく様が歌われている。
「誇らしげに掲げる」という点から、母親と同じように歓楽街で生きていく決意、強い意志が見て取れる。
自らへの戒めと『元女王』への回顧
女に成ったあたしが
売るのは自分だけで
同情を欲した時に
全てを失うだろう
ここでも母親を揶揄しながら、母親と同じように「同情=感情」を持ってしまったら、女王ではなくなってしまうと認識していることがわかる。
女王であることを「全て」と言い切ってしまっている主人公の価値観が一番現れている部分と言える。
『新女王』そしてその先は
JR新宿駅の東口を出たら
其処はあたしの庭 大遊戯場歌舞伎町
今夜から此の町で娘のあたしが女王
むせかえるような新宿歌舞伎町の雰囲気が歌詞からも伝わる。
そして、そこが自分の思い通りになる庭であるという自信と自負。
新女王として君臨する主人公。
そして、元女王の母親に生き写しの主人公は一体、これからどうなっていくのか。
全体を通して、世代交代の流れが語られており、平家物語の一節が歌われていることから、その行く先は母親同様なのか、果たして、と聴く者に委ねられて終わっていく。
生き残っていくためには
ストーリーとしてはシンプルであるが、どこか儚く、救いようのない現実をストレートに表現した世界観だ。
蹴落とし蹴落とされる過酷な環境で生きる主人公。
生き残っていくためには、感情を持たず、自分を切り売りしていく。
その対価として得る「女王」の地位。
その主人公と作者の椎名林檎自身もアーティストという凄まじい競争の中で生き残りレースにさらされ続けていく現実を重ね合わせているのであろう。
魂のこもった歌声で歌い上げている今作を是非、聴いて世界観を堪能していただきたい。
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