【ありあまる富/椎名林檎】歌詞の意味を考察、解釈する。

東京事変を経た椎名林檎再開の合図

椎名林檎は2003年11月に9thシングル「りんごのうた」をリリース後、ソロ名義での活動を一旦休止し「東京事変」の活動をメインに据え、数々の作品を発表した。

(東京事変の結成自体は「りんごのうた」リリースより前、2003年ツアー「雙六エクスタシー」のバックバンドとして結成)

東京事変で2007年に3rdアルバム「娯楽 (バラエティ)」をリリースした後、デビュー10周年として「椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平」名義のシングル「この世の限り」や斎藤ネコとの共同名義でアルバム「平成風俗」をリリース。
そして純粋なソロ名義でのシングルとしては5年半ぶりとなる「ありあまる富」を2009年5月にリリースした。

テレビドラマ「スマイル」の主題歌として書き下ろされたこの楽曲はBARBEE BOYSのギタリスト、いまみちともたかとの共作となっており、「りんごのうた」までのように1人で作り上げる、または亀田誠治の手を借りるといったものではなく、東京事変を経たことによって「他の誰かと共に作り上げる」という椎名林檎の変化した姿を見ることができる。

(正直に言っていまみちともたかがこの楽曲に関わっていると知った時には驚いた。澄んだアコースティックギター、悲鳴のように歪んだエレキギター。こんなに椎名林檎の楽曲とあのBARBEE BOYSのイマサがマッチするとは意外だった)

今回はこの「ありあまる富」を歌詞から紐解いて考察してみよう。

「富」とは何なのか

僕らが手にしている富は見えないよ

彼らは奪えないし壊すこともない

世界はただ妬むばっかり

インタビューによると、生きるという事を歌った作品である。

「フジファブリックの志村正彦が亡くなって、この歌を歌うのが辛かった」とある通り、「死んだらおしまいよ」といったニュアンスがこの歌には込められている。

生と死、というのは椎名林檎がデビューする前からの題材で、椎名林檎がキャリアを通じて表現してきたテーマでもある。

デビュー前に作られた「同じ夜」で歌われているのも「生と死」である。

同じ空は明日を始めてしまう

例えあたしが息を止めても

同じ夜

また、2014年に発表された「NIPPON」では「命を燃やし尽くすという事」について歌われており、「生と死」というのは椎名林檎の表現の根幹にあるテーマと言えるだろう。

噫また不意に接近している淡い死の匂いで

この瞬間がなお一層 鮮明に映えている

刻み込んでいる あの世へ持って行くさ

至上の人生 至上の絶景

NIPPON

推測だが、ここでの「富」とは、「生きる意味」ではないだろうか。

「生きる意味」は誰にも奪えないし壊せない。
「生きる意味」は人によってそれぞれ違うだろうが、それを持っている人の強さについて歌われている。
物質的な金や財産ではなく、「生きる意味」は美しく、それを持たない人には妬まれ、疎まれ、攻撃される。

このパートではそんな「心の強さ」について歌われているのではないかと思う。

もしも彼らが君の何かを盗んだとして

それはくだらないものだよ

返して貰うまでもない筈

何故なら価値は生命に従って付いている

「生きる意味」は奪えないし壊せない。
「僕ら」と「彼ら」を明確に区別し、「僕ら」を慈しみ、「彼ら」を憐れむ。
「僕ら」と「彼ら」はこの歌の第二のテーマと言えるだろう。

例え「彼ら」に金や物質的なものを奪われたとしても、そんなものはくれてやればいい。

サビではそういった、資本主義・物質主義に対する思いが歌われている。

「死んだらおしまい」つまり「生きていることに価値がある」と歌われるこのパートこそが「亡くなった志村正彦の事を思うと辛い」というインタビューの答えとなる箇所だろう。

しかし、椎名林檎の持つ「強さ」がストレートに表現された箇所でもある。

「強さ」と「死者に対する悲しみ」の不安定な葛藤、それこそが椎名林檎という稀代の歌い手の魅力なのかも知れない。

彼らが手にしている富は買えるんだ

僕らは数えないし失くすこともない

世界はまだ不幸だってさ

ここでの「富」は物質的なものを指している。

「彼ら」は幾らの金を持っている、損をする、得をする、そういった物差しで物事を測るが、「僕ら」の持っている富は数えられないし失くならない。

「世界」は資本主義・物質主義を煽り、「持つ者」と「持たざる者」に分け、欲望を生み出し続ける。

「不幸」とは、「比較」である。

他者よりもいい暮らしをしている、他者よりも多くのものを持っている、あるいは自分よりいい暮らしをしている、自分よりも多くのものを持っている。
それを知った時に人は「幸不幸」を認識する。

豪華な家も、贅沢な料理も、高級な車も、存在を知らなければ欲望も生まれないが、その存在を認識すると人は欲望を抱く。

このパートではそれを「不幸」と呼んでいる。
物質的な富を不幸と、椎名林檎は糾弾している。

もちろん、どちらが正しいのかを判断するのはあなた次第だ。

自分がそうであったように、不安定な時期を過ごしている子供たちに向けて歌われている

もしも君が彼らの言葉に嘆いたとして

それはつまらないことだよ

なみだ流すまでもない筈

何故ならいつも言葉は嘘を孕んでいる

誰かの言葉に傷つき、嘆く必要など無い。

あなたには生きる意味という富があり、あなたを傷つけるだけの言葉など嘘にしてしまえばいい。
二番目のサビではそう歌われている。

詰まらない嘘に惑わされず、凛として生きなさい。
そう歌われているかのようだ。

おそらくは椎名林檎も「つまらない嘘」に惑わされた時期があっただろう。

「同じ夜」に登場したような不安定な女の子。
大人になり、「富」を手に入れた椎名林檎はそんな女の子に向けて歌っているのかも知れない。

君の影が揺れている

今日限り逢える日時計

何時もの夏がすぐそこにある証

君の喜ぶものはありあまるほどにある

すべて君のもの

笑顔を見せて

ここでの「君」も、まるで思春期の自分に向けて歌われているような気がする。

「彼ら」の価値に惑わされず、「君」だけが喜ぶ価値のあるものはありあまる程にある。

だから、笑顔をみせて生きなさい。

筆者は男性だが、この大サビは不安定な時期を過ごしている女の子にとてもよく響くのではないだろうか。

現在と将来を考えて不安に苛まれている少女たち。

椎名林檎はそんな子たちに向けて「本当の価値」を教えようとしているのかも知れない。

もしも彼らが君の何かを盗んだとして

それはくだらないものだよ

返して貰うまでもない筈

何故なら価値は生命に従って付いている

ほらね君には富が溢れている

「君」は何も失っていない。

生命という価値のある富がある限り、嘆く必要はない。

この歌はきっと、自分がそうであったように、何に価値があるかわからずに嘆いている女の子に向けて歌われているのだと思う。

そして、-これも予測だが-自分と同じように「死」を考えている子に、生きなさい、と優しく伝えている歌なのではないだろうか。

誰も信じていなかった一人の少女が大人になり、信頼できる人との「共作」という富を手に入れる。

まるで、椎名林檎の生きてきた道を告白されているようにも感じられるというのは、少々深読みしすぎだろうか。

というような考察や深読みをせずとも、「ありあまる富」はとてもクオリティの高いポップソングなので、未聴の方はぜひご一聴してみてはいかがだろうか。

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