【左右盲/ヨルシカ】歌詞の意味を考察、解釈する。

短編小説「幸福な王子」をモチーフに描かれる別の世界

ヨルシカが2022年7月25日に発表した「左右盲」。

短編小説「幸福な王子」をモチーフにして描かれたこの楽曲は2021年リリースの「又三郎」から始まる文芸モチーフ作品となっており、「又三郎」「老人と海」「月に吠える」「ブレーメン」に続く第五段目のオマージュ作品である。
この手法はYOASOBIが小説をモチーフに楽曲を制作するのと共通する部分もあるが、YOASOBIは現代の小説を取り上げているのに対してヨルシカは古典作品を取り上げている。
またYOASOBIが物語を忠実に楽曲に反映しているのに対し、ヨルシカは歌詞の一部に要素を引用する程度に留めており、両者のスタンスには異なる部分が多いと言えるだろう。

また、「左右盲」は映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の主題歌として書き下ろされたという事もあり、「幸福な王子」よりは映画の内容に沿った部分が大きいように感じる。

暖かみのあるギターと生活音のような効果音がフォークトロニカのようなサウンドを奏でる歌い出しから「今夜、世界からこの恋が消えても」という映画の雰囲気が感じ取れる。
繊細で無垢な感情。
そこに「幸福な王子」の献身的な自己犠牲がプラスされるのだろうと想起させる。

今回はこの「左右盲」の歌詞を考察してみたい。

左右盲=左と右がわからなくなる状態

君の右手は頬を突いている

僕は左手に温いマグカップ

君の右眉は少し垂れている

朝がこんなにも降った

一つでいい

散らぬ牡丹の一つでいい

君の胸を打て

心を亡れるほどの幸福を

一つでいいんだ

右も左もわからぬほどに手探りの夜の中を

一人行くその静けさを

その一つを教えられたなら

映画「今夜、世界からこの恋が消えても」はふとしたきっかけで交際を始める二人の男女、透と真織の儚い恋物語である。

映画の内容に触れざるを得ないので、ネタバレを嫌がる方はこの先を読み飛ばして頂ければと思う。

いじめっ子からいじめられっ子を救うために真織に交際を申し込んだ透。

初めは本気ではなかった透だが徐々に真織に惹かれ、やがて本気で真織に恋をする。

改めて真織に愛を伝えた透に、真織は一つの告白をする。
前向性健忘症。
ひとたび眠りにつくと前日の記憶を失う症状に侵されていた真織を、透はそれでも大切に想う。

幸福な日々を送る二人だったが、透が心臓発作で急死。
心臓が良くないことを知っていた透は友人達に遺していた。

「僕が死んだら、真織が僕のことを忘れたままにしてほしい」

周囲の手配もあり、真織は透の事を忘れ、日々が過ぎてゆく。

ある日、真織は見知らぬ男性が描かれたクロッキー帳を見つける。
これは誰だろう。
誰かはわからないけど、大切な人のような気がする。
真織は親友の泉に尋ねる。
そして透という恋人がいたこと、透は既に死んでしまったことを知らされる。

前向性健忘症は徐々に改善されてゆくが、真織はまだ透を思い出せない。

ただ、クロッキー帳には笑顔の透が増えていった。

記憶の底にある笑顔の透が日々描かれていった。

この「左右盲」の「僕」の視点は映画における透のそれではないだろうか。

そして、「僕」は強く願う。
「一つでいい 散らぬ牡丹の一つでいい 君の胸を打て 心を亡れるほどの幸福を」と。

まるで、前日の記憶を無くしてしまう真織に、それでもたった一つでもいい、心を打つ幸福を真織に残したいと願う透のように、「僕」は「君」に何かを残そうとしている。

そして、心臓の病気で死ぬ事を知っていた透のように、「僕」はこう遺す。
「右も左もわからぬほどに手探りの夜の中を 一人行くその静けさを その一つを教えられたなら」と。

右も左も分からない手探りの夜とは「前日の記憶を失ってしまう真織」を指す。

そして、「一人行く」とある部分に「自分が死に、真織を一人にしてしまう」事を示しているのではないだろうか。

「夜の日差し」「夏に舞う雹」が意味するものとは

君の左眉は少し垂れている

上手く思い出せない

僕にはわからないみたい

君の右手にはいつか買った小説

あれ、それって左手だっけ

一つでいい

夜の日差しの一つでいい

君の胸を打つ、心を覗けるほどの感傷を

一つでいいんだ

夏に舞う雹のその中も手探りで行けることを

君の目は閉じぬことを

僕の身体から心を少しずつ剥がして

君に渡して その全部をあげるから

剣の柄からルビーを この瞳からサファイアを

鉛の心臓はただ傍に置いて

真っ暗な夜に一筋の日差しになりたい、というのは一番と同様、辛い病に侵されている真織の人生を少しでも和らげたいと願う透の心情を表している。

「夏に舞う雹」は突然降りかかる不可解な出来事、つまり「記憶がない中での日常生活における全ての出来事」を指しているのではないだろうか。

そして、この二番のヴァースでは左右がよくわからなくなっている「僕」の姿が描かれている。

ここで短編小説「幸福な王子」のあらすじを少し紹介したい。

幸福な人生を送ったが早逝してしまったある国の王子を祀り、王子の像が建てられた。

目に埋め込まれたサファイアや剣を装飾するルビー、鉛の心臓、そして金箔に覆われた姿の王子の像は人々の自慢だった。

しかし、人々はその王子の像が意識を持ち、苦しい生活を送る人々に心を痛めていることまでは知らなかった。

身動きできない王子はある日、そばにやってきたツバメにこう伝える。

このルビーを苦しむ人に届けて欲しい。

ツバメは南国に向かう予定を取りやめ、言われた通りに病気の子供を持つ貧しい母親へ届けた。

次に王子は目に埋め込まれた二つのサファイアも貧乏な人へ届けてほしいとツバメに伝える。

ツバメは「そんな事をしたら目が見えなくなってしまう」と言う。

王子はそれでもいい、この風景を見ている方が辛いとツバメに懇願する。

ツバメは言われた通りサファイアを貧乏な人々へ届ける。
そして、まだまだ多くの人々が苦しんでいると王子に伝える。

王子は身を覆う金箔を剥がし、その人々へ届けて欲しいとツバメに伝える。

みすぼらしい姿になった王子の傍で、南国へ渡りそこねたツバメは衰え、力尽きる。
その瞬間、鉛の心臓は真っ二つに割れる。

王子像は台座から外され、溶鉱炉へ放り込まれたが鉛の心臓は溶けず、ゴミ箱へ捨てられた。

その様子を見ていた天上の神様は天使に「この街で最も尊きものを二つ持ってきなさい」と命じ天使を遣わせる。

天使はゴミ捨て場から割れた鉛の心臓と、ツバメの亡骸を持ってくる。

神様は天使を褒め、王子とツバメは天上で幸福に暮らした。

王子とツバメに共通するのは「自己犠牲」である。

ツバメは王子の言うことなど聞かず、さっさと南国へ渡ってしまえば楽しく暮らせた。

王子は宝石や金箔を分け与えなければいつまでも美しい姿でいられた。

そして、映画における透が最期に取った行動も自己犠牲ではないだろうか。

死んでしまった自分の事など忘れ、新しい幸福な人生を歩んでほしい。
死んでゆく自分などどうでも良い、真織には自分を忘れて新しい相手を見つけてほしい。
透はそう願った。

その精神は王子やツバメに共通する自己犠牲の精神に他ならない。

だが、透は知らない。
ツバメのように自己犠牲の上に果ててゆく命を見るのは「心臓が割れるほどに」辛い出来事だということを。

そして、ここで「君の左眉は少し垂れている 上手く思い出せない 僕にはわからないみたい 君の右手にはいつか買った小説 あれ、それって左手だっけ」という部分に注目してみたい。

思い出せない病に侵されているのは「僕」ではなかったはずだが、なぜ「僕には思い出せない」と表現しているのだろうか。

この時点で「僕」の目は見えなくなっている、つまり両目のサファイアは既に取り外されていることを指しているのではないだろうか。
目は見えないけど、記憶に残る「君」の姿はどうだったかな、右手で小説を読んでいたかな、左手だったかな、上手く思い出せないな、ここでの「僕」と「王子」は同じ状態にあるのではないだろうか。

透、「僕」、そして王子、三人の視点が入り混じり絡み合うパートではないかと考察する。

辛い「君」の世界に一瞬でも幸福を願う「僕」、そして初めて出てくる「君」の視点

一つでいい

散らぬ牡丹の一つでいい

君の胸を打て

涙も忘れるほどの幸福を

少しでいいんだ

今日の小雨が止むための太陽を

少しでいい

君の世界に少しでいい僕の靴跡を

わかるだろうか、君の幸福は

一つじゃないんだ

右も左もわからぬほどに手探りの夜の中を

君が行く長いこれからを

僕だけは笑わぬことを

その一つを教えられたなら

何を食べても味がしないんだ

身体が消えてしまったようだ

貴方の心と 私の心が

ずっと一つだと思ってたんだ

最期のサビとリフレインでも一番二番と同様、記憶障害の生活を送る「君」へのメッセージとなっている。
「今日の小雨が止むための太陽を」は「夜の日差しの一つでいい」と同義と言えるだろう。

そして、「君が行く長いこれからを」の部分は「自分は傍にいてあげられそうもないけど」という、「僕」の死による不在をより強く感じさせるフレーズとなっている。

特筆すべきは最後のヴァースである。

大きく盛り上がったサビから一転、歌い出しと同様に静謐なサウンドに乗せて紡がれるのは「僕」を喪った「君」の視点である。

「君」はとても大きな喪失感に包まれている。
王子の鉛の心臓のように二つに割れてしまった「貴方=僕」と「私=君」の心。

この歌は単純に自己犠牲を礼賛し、「死」を美しく装飾した作品ではない。

残された人の悲しみを「君」は確かに感じている。

クロッキー帳に残された、うまく思い出せないけど大切な人を喪った悲しみを。

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