【RAIN/SEKAI NO OWARI】歌詞の意味を考察、解釈する。

映画「アメリと魔女の花」の主題歌用に書き下ろされた傑作

長く邦楽ロックシーンを牽引してきたSEKAI NO OWARIがアニメ映画「アメリと魔女の花」のために書き下ろした名曲「RAIN」。

レコード大賞優秀賞受賞から始まり、最終的には紅白歌合戦にも出場を果たしたこの作品は、映画の世界観をしっかりと意識しながらも、単体でも深い感動を味わえる秀作として仕上がっている。

今回は「RAIN」の歌詞に隠された意味を紐解いていく。

「傘」の意味とは?

魔法は いつか解けると 僕らは知ってる

月が咲いて太陽が今枯れた

傘を差し出す君に映る僕は濡れてない

水たまりに映る僕は雨に濡れてた

まずは「魔法」の意味の解説から行っていく。
歌詞で「魔法」とは①いつか解ける、そして②僕らは知っている、というものであると説明されている。

そして、「いつか解ける」ということは現時点では魔法にかかっている状態であるということがわかる。

そして、次のフレーズへ。
「月が咲いて太陽が今枯れた」という内容から、咲くや枯れるといった表現は草花が成長し朽ちていく、つまり時間の経過のことを意味している。
つまり、単純に月が沈んで太陽が昇るといった表現を避けるため、あえてそういった表現を使っているのである。

ここで、今作における重要なキーワードが出現する。
傘を差しだすという行為であるが、実はこの曲のラストが「傘を探しに行こう」で終わっている。
これは「傘」というキーワードがキーとなることが伺える。

そこを踏まえて考えると「僕は濡れていない」にも関わらず、「水たまりに映る僕は雨に濡れていた」と歌われている理由だが、これは、「君に傘を差しだしてもらった(手を差し伸べて助けてもらった)僕は濡れていない」という意味である。
つまり、君と一緒にいる僕は濡れていない、悲しくない、といった意図の歌詞だということだ。

「雨」と「涙」。そして「虹」へ

幸せなような 涙が出そうな

この気持ちはなんて言うんだろう

ファフロツキーズの夢を見て起きた

涙が頬で乾いていた

「この気持ち」というのは前項で述べた「濡れていない」を表現しているのは言うまでもないが、具体的には助けてもらったことへの喜び、感謝からの涙が溢れそうな感情があることが想像できる。

次にファフロツキーズだが、これはその場に有るはずの無いものが無数に降り注ぐ現象のことを意味する言葉で、そのファフロツキーズの夢を見て起きたら、涙が乾いてしまっていた、というまた前節とは対比する表現が使用されている。

涙が溢れそうな喜びから、夢を見て起きると涙が乾いているという流れ、ではどういった夢を見たのか、というのが次のテーマとなってくる。

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

虹はいずれ消えるけど雨は草木を育てていくんだ

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

いつか虹が消えてもずっと僕らは空を見上げる

ここでいう雨は涙と同等の表現である。
虹は雨が降って止んだ後にできるモノ。
泣き終わった後にできるモノという共通項から、涙が乾いたというフレーズに対して虹が対応していると推測できる。

「雨=涙」は草木を育てていくんだ、という歌詞から、「雨=涙」は試練や困難を指している。

以上のことから、虹(涙の乾いたあと)とは試練や困難を乗り越えた後に得られる成長した証の様なものであると言える。

そして歌詞の核心からサビのリフレインへと続いていく

真っ白な夜に 遠くを走る汽車の影

静寂と僕ら残して過ぎ去っていく

逃げ出したいような 心踊るような

この気持ちはなんて言うんだろう

鏡の前で顔を背けたのは

ずっと昔のことのようで

「遠くを走る汽車の影」というのは、一種の逃避、逃げることを意味しています。
過ぎ去っていく、と歌われているので、過去にそういった選択肢を取ることもできたけれども、僕は逃げずに雨に耐えて虹が見えたということを綴っています。

「逃げ出したいような心躍るような」という一節はこれから先も困難が待ち受けていることを暗示し、しかし、君と一緒なら乗り越えられる、背を向けたのは昔の事だと延べているのである。

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

虹はいずれ消えるけど雨は草木を育てていたんだ

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

忘れないよ こんな雨の日に空を見上げてきたこと

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

虹はいずれ消えるけど雨は草木を育てていくんだ

虹が架かる空には雨が降ってたんだ

いつか虹が消えてもずっと僕らは空を見上げる

サビの部分が繰り返され、①雨が降ること②虹がかかること③草木が育っていくことの連鎖が歌われる。
これは何度も繰り返されていることから、困難からの克服そして成長を何度も繰り返した、ということが表現されている。

雨が止んだ庭に 花が咲いてたんだ

きっともう大丈夫

そうだ 次の雨の日のために 傘を探しに行こう

そして、ついに花が咲く。
花が咲いて「きっともう大丈夫」。
もう一人で生きていける程に成長できた、という意味である。
そこからのラスト「傘を探しに行こう」は誰かに傘(助けること)を差し出してあげよう、誰かを助けられる程に成長したのだという意味で曲の幕が閉じるのである。

映画だけでなくSEKAI NO OWARIの世界観も同時に表した歌詞

全体的に散りばめられた暗示や対比、しかし、その比喩表現も難しすぎず、そことなく理解ができる伝わりやすい表現があえて使用されている。
映画のターゲット層も意識しながらも、自らの世界観を同時に共存させたこの曲は、まさに名作と言えるだろう。

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