【ひこうき雲/松任谷由実】歌詞の意味を考察、解釈する。

映画 【風立ちぬ】の主題歌として有名になった名曲

現在では映画「風立ちぬ」の影響で広い世代に認知されるようになったが、元々この曲は1973年に荒井由実名義だった松任谷由実がリリースした曲で、シングルとしては2枚目のB面曲、アルバムとしては1枚目として、同タイトルで発売されている。

松任谷由実は、1972年にデビューして以来、次々とヒット曲を量産した邦楽史に残るシンガーソングライターで、2013年には紫綬褒章を受賞している。
映画自体も大ヒットした影響で幅広いファンの獲得にも繋がった今作。

そんな名曲「ひこうき雲」の歌詞を解説していく。

亡くなったあの子へ

白い坂道が 空まで続いていた

ゆらゆらかげろうが あの子を包む

誰も気づかず ただひとり

あの子は 昇っていく

「かげろう」とは昆虫の一種で、寿命が非常に短く、一瞬の人生であることから、儚いものの例えとしてよく使用される。
また、夏によくみられる実際にはそこに存在しない幻のような現象のことも意味し、ともに実態が無いかのような一瞬の煌めきのような比喩表現として使われている。

そしてその命が誰に気づかれることなく、空へと昇っていってしまっている、ということを歌っている。

実はこの曲は友人を失くした作者の実体験から作られている曲であり、中学校時代の同級生が病気で亡くなった際のエピソードが元になっているといわれている。

友人が誰にも気づかれずに、天へ昇っていく。
言葉に表せない静かな衝動と喪失感をうまく表現している歌詞と言える。

もう一つの意味~太平洋戦争~

何もおそれない そして舞い上がる

実は「ひこうき雲」は太平洋戦争で命を懸けて戦い、悲運の後に散っていった神風特攻隊の死に様についても歌っているとも言われている。

「何もおそれない」というのは、隊員たちの心の声。
覚悟を決め、国のため、家族のため、文字通り全てを捨てて死んでいく。
ただ、その事実を受け入れ「舞い上がる」つまり、天へ昇っていくといった意味が込められており、短いフレーズの中に、実に考えさせられる内容が盛り込まれているのは印象的だ。

命を「ひこうき雲」に比喩

空に 憧れて 空を かけてゆく

あの子の命は ひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も

空を見ていたの 今はわからない

死ぬことが目的で空へかけてゆく特攻隊員たち。
もちろん憧れて行っているわけではなく、あえて逆説的な意味での歌詞になっており、そのギャップが悲壮感や何とも言えない悲しさを表現している。

空に一直線に線を描き、そっと消えていく「ひこうき雲」。
命を落としていく若者達のことを切なく端的に表している歌詞だ。

そしてもちろん自分の友人の事も同じように歌っている。
病に倒れ、若い命が奪われていくことを「ひこうき雲」に例えて。
高い窓とは病院の窓のことであろう。
今はわからないという言葉は投げやりな意味ではなく、どこか寂し気な雰囲気を感じさせる。
過ぎし日に思いを馳せているのである。

「ほかの人」という表現

ほかの人には わからない

あまりにも 若すぎたと

ただ思うだけ けれどしあわせ

「ほかの人にはわからない」というのは、実際に亡くなった「友人」のことや「散っていった特攻隊員」を知る人にしか、本当にその人たちのことを想っていた人たちにしかわからない、想いを馳せることができない、という意味が込められている。
こういう突き放した言い方をあえてしている背景には、大切な人を失くした者の気持ち、そして深い悲しみ、受け入れたくないような事実を突きつけられている、そういった心の中身を短い言葉に凝縮している意図が感じられる。

「あまりにも若すぎたとただ思うだけ」というのは、関係性の無い者たちが、その本当の悲しみを理解できていない、わかるわけがない、そういった気持ちを表現している。
それぞれ亡くなった者たちへの思いが無いわけではないが、結局「ほかの人にはわからない」という一節にかかっているフレーズである。

しかし、「しあわせ」なのである。
本当に大切な関係性ではなかったので、当事者たちの近しい者たちほど、真の悲しみを味わうことが無かろう、ということである。

そして繰り返すフレーズ

空に 憧れて 空を かけてゆく

あの子の命は ひこうき雲

空に 憧れて 空を かけてゆく

あの子の命は ひこうき雲

それぞれの若者たちの命をなぞらえて、一瞬のうちに消える「ひこうき雲」として、繰り返し、最も伝えたいフレーズとして最後に歌いあげている。

語り継ぎたい名曲

この曲が実は作者が高校生の頃に既に完成していたというと驚かれるであろう。
夫であり、プロデューサーでもある松任谷正隆はその曲の完成度に感嘆したと言われている。
その後、圧倒的才能と優秀な夫のバックアップの元、邦楽界のトップを走り続けることになる作者。
その実体験や戦争で命を奪われた若者たちへの様々な想い。
それを託した今作は、まさに語り継ぎたい名曲の一つであることは間違いない。

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