【歌詞考察】ヨルシカ「靴の花火」に込められた死生観と記憶の物語 ― よだかの星との関係から読み解く意味とは？

「よだかの星」に込められたモチーフと歌詞のつながり

「靴の花火」は、宮沢賢治の童話「よだかの星」に強く影響を受けているとされています。歌詞の冒頭「僕はよだか星を吐いて」からも明らかなように、「よだか＝醜い鳥」という象徴が、本楽曲の主人公の心象と重ねられています。

「よだか」は空に向かって昇天する存在であり、それは「靴の花火」の主人公が現世から離れていく精神的プロセスとリンクします。「星を吐いて」という表現も、自らの命を昇華させるようなイメージを内包しており、まさに“魂の放出”を詩的に描いています。

タイトルにもなっている“靴の花火”という言葉には、強い比喩的意味があります。歌詞中には「つま先が光って」「靴が飛んだ」などの表現があり、これが花火のように天へ昇って消える様子を想起させます。

ここでの「靴」は、履いていた誰か——つまり“君”の存在を象徴しており、その人の“成仏”や“昇天”を意味していると考えられます。一方で、それを見送る「僕」は残され、花火の一瞬の美しさと儚さの中に未練を抱えているのです。

中盤の歌詞で特に印象的なのが「君を忘れていくことは虫が食べ始めた結果だ」という一節。この表現には記憶の風化、時間による忘却の不可避性が込められています。

虫に食われる＝風化することへの恐れ、それでも忘れてしまう人間の性を主人公は受け入れざるを得ません。これは、愛した人の不在に向き合う姿勢であり、強烈な孤独感と、記憶が薄れていくことへの哀しみが象徴的に表現されています。

「靴の花火」のMVでは、顔のない少女が登場します。彼女が日常的な場所を彷徨いながら、最後に夜空に舞い上がる靴を見上げる様子は、まさに“幽霊”としてこの世をさまよう存在を連想させます。

映像では、彼女が何かを探しているようにも見え、最終的には空へ還っていくことで“成仏”の描写が完成します。この映像表現が歌詞と相まって、視覚と聴覚の両面から“別れと昇華”というテーマが浮かび上がる構造になっています。

歌詞中に繰り返し現れる「君を映す目が邪魔だ」「ねぇ」「口が空いたまま」のような身体部位の描写には、それぞれ未練や伝えられなかった思いが反映されています。

「声をかけたくなる」——でもそれが届かない。目に映るけれど触れられない、話しかけたいけれど反応がない。そうした切なさが「花火」の一瞬のきらめきに込められており、過去と向き合う“僕”の心の揺れが非常に繊細に描かれています。

「靴の花火」は単なる失恋の歌ではなく、「死別」と「記憶」、そして「昇華」の物語です。宮沢賢治の「よだかの星」を下敷きに、“君”の成仏と“僕”の心の整理という二重の構造を持ち、聴く人の感情に深く訴えかけます。

まとめ：
ヨルシカ「靴の花火」は、“命の儚さ”と“記憶の喪失”という普遍的なテーマを、詩的かつ映像的に描き出すことで、多くのリスナーに共鳴を与える作品である。タイトルやキーワードの一つひとつに、深い意味が込められている。