① 「春をひさぐ」とは ── 売春の隠語から読み解く曲タイトルの奥深い意味
「春ひさぎ」という言葉は、一般には耳慣れない表現ですが、「春をひさぐ(商う)」という表現は古語で“売春”を意味します。ヨルシカのこの楽曲タイトルは、あえてこの曖昧かつ強烈なワードを用いることで、単なる春の訪れや恋愛ではない、より根源的で社会的なテーマを内包していることを示唆しています。
n-bunaはインタビュー等でも、芸術と商業の間で揺れるアーティストとしての葛藤を語っており、「春ひさぎ」という言葉を選んだ背景には、“売るための音楽”というテーマがあると考えられます。これはつまり、「自分の信念や魂を切り売りするような行為」に対する自問自答であり、単なる風情や詩的表現を超えた深い意味が込められています。
② 売春=商業音楽のメタファーとしての歌詞世界
歌詞全体には、芸術を“売る”という行為への違和感や、売ることでしか表現を届けられない現実への皮肉がにじみ出ています。冒頭の「言勿れ(いわずがな)」という古語から始まる歌詞には、「口に出すべきでないこと」があるという強いメッセージ性があり、それはアーティストの心の内を表しているとも解釈できます。
「春ひさぎ」は、芸術(音楽)と商業(売ること)の両立の難しさ、誠実でありたいという願望と、それに背かざるを得ない現実との衝突を描いています。音楽を「盗作」する、あるいは「売る」ことへの自嘲とも言えるメッセージは、ヨルシカが繰り返し扱うテーマでもあります。
③ サビに込められた葛藤 ── 「言勿れ」「蜻蛉」「詮の無いこと」の深読み
この楽曲の中でも特に印象的なのが、「言勿れ」「蜻蛉(とんぼ)」「詮の無いこと」という古語表現です。それぞれが抽象的なイメージを喚起させながら、深い感情の動きを表しています。
- 「言勿れ」は、「言うなかれ」という命令形で、“言葉にしてはいけない”という暗示です。
- 「蜻蛉」は、ひらひらと舞う姿から「儚さ」や「追いかけてもつかめないもの」の象徴です。
- 「詮の無いこと」は、「意味のないこと」「どうしようもないこと」として、行為の虚無感を示します。
これらの表現を連ねることで、主人公が感じている「言いたいけれど言えない」「本当は歌いたくないけど歌わねばならない」矛盾と絶望が、静かにしかし強く伝わってきます。
④ MVや楽曲構成が描く“盗作する主人公”の心象風景
MVでは、静かな情景と共に、どこか孤独な表情を浮かべるキャラクターが登場します。彼はまるで、自らの意思に反して“誰かの音”を盗んでいるかのように見えます。この演出は、アルバム『盗作』の一曲として「春ひさぎ」がどう位置付けられているかを物語っているのです。
楽曲構成も、Aメロ・Bメロからサビに向けて一気に展開するのではなく、どこか意図的に抑制され、抑揚を抑えた作りになっている点が印象的です。これは、叫びたい感情を内に押し込めている心理状態を、音楽的にも視覚的にも表現している手法と考えられます。
⑤ アルバム『盗作』全体との関連 ── “春ひさぎ”が担う役割とは
「春ひさぎ」は、アルバム『盗作』に収録された1曲であり、このアルバム全体が「創作とは何か」「芸術とは誰のものか」という問いを主題としています。“盗む”という行為は、他人の作品を模倣することだけでなく、自分の過去、自分の感情、そして他人の言葉さえも引用して“自分の表現”として再構築するという行為にまで拡張されています。
その中で「春ひさぎ」は、アルバムの核心を成す曲のひとつであり、「盗んだ言葉で商う」ことへの苦悩と、同時にそこにしか芸術が存在しないというパラドックスを突きつけています。n-buna自身の作家性と、現代の音楽シーンに対する一種の挑戦状ともいえる楽曲であるといえるでしょう。
まとめ
「春ひさぎ」は、単なる詩的な春の歌ではなく、ヨルシカ(n-buna)が抱える“創作と商業”の矛盾、“言葉と沈黙”の対立、そして“盗作とオリジナリティ”の境界線を描く、非常に深いテーマを持った楽曲です。表現を生業とすることへの自問と、それでも歌うことの意味を問いかけるこの曲は、聴き手に多層的な読解を促す作品として、多くのファンに強く支持されています。