松任谷由実(当時・荒井由実)の楽曲「瞳を閉じて」は、1974年発売のアルバム『MISSLIM』に収録されている名曲のひとつです。その美しいメロディーと繊細な歌詞は、時代を超えて多くの人々に愛され続けています。とりわけ、長崎県五島列島・奈留島の高校で「卒業ソング」として親しまれていることからも、この楽曲が人々の心に深く根ざしていることがわかります。
この記事では、「瞳を閉じて」の背景や歌詞に込められた意味を読み解き、ユーミンらしい感性と普遍的なテーマがどのように表現されているかを探っていきます。
「瞳を閉じて」の誕生秘話:奈留島高校の投書からはじまった歌
「瞳を閉じて」は、五島列島の奈留島にある奈留高等学校の生徒が、ユーミンに「校歌を作ってほしい」と手紙を送ったことがきっかけで誕生した曲です。正式な校歌ではありませんが、ユーミンがその純粋な願いに応える形で書き下ろしたとされています。
このエピソードには、当時のユーミンの柔らかさと、見知らぬ若者への共感力が表れています。また、島という限定された空間に生きる高校生たちの「旅立ち」や「希望」、そして「別れ」という感情を、ユーミンならではの詩情豊かな言葉で描いています。
楽曲としての位置づけとリリース事情:『MISSLIM』収録の意味
「瞳を閉じて」は、ユーミンのセカンドアルバム『MISSLIM』(1974年)に収録されています。このアルバムは全体的に繊細で内省的なトーンが特徴で、デビュー作『ひこうき雲』に続いて、「少女から大人への過渡期」の心情を描く作品が並びます。
そんな中で「瞳を閉じて」は、旅立ちの寂しさと希望を同時に描く、いわばアルバムの象徴的な存在と言えるでしょう。シングルカットはされていませんが、アルバム全体の中で静かに輝く存在として、長年ファンに愛され続けてきました。
歌詞構造の読み解き:情景描写・象徴表現・時間の流れ
歌詞は非常に詩的で、視覚・聴覚に訴える言葉が多く散りばめられています。
瞳を閉じて あなたを想う
それだけで いい
この冒頭のフレーズから、すでに「相手と離れている」という状況がうかがえます。会えない時間に、記憶や想像を通して相手とつながる姿勢は、恋愛だけでなく、旅立ちや卒業などの場面にも通じます。
また、「海鳴りが聞こえる」「風が運ぶ便り」など、自然の要素が象徴的に使われており、それらは「時間の流れ」や「心の揺らぎ」を映し出す装置として機能しています。静けさの中にある感情の強さが、聴く者の胸に深く響きます。
「距離」と「記憶」の視点:島・故郷・都市との関係性
「瞳を閉じて」は、単なるラブソングではなく、「距離」や「記憶」といった普遍的なテーマを抱えています。奈留島という離島を背景にしたことで、「離れていてもつながっている」という感覚が一層強調されているのです。
都市での生活、進学や就職で島を離れる若者たちにとって、この曲は「ふるさとへのまなざし」を思い出させてくれます。「あなた」という存在が、具体的な人だけでなく、「過去の自分」や「故郷」そのものであるという読み方も可能です。
受容と影響:奈留島での伝承、歌碑、卒業式での定着
奈留島ではこの曲が特別な意味を持ち続けており、実際に島には「瞳を閉じて」の歌碑が建てられています。卒業式では今でもこの曲が歌われ、多くの卒業生の記憶に深く刻まれていると言われています。
全国的にはユーミンの代表曲としてはあまり知られていないかもしれませんが、地域に深く根付き、何十年にもわたって「送りの歌」として歌われ続けていることは、音楽の力と普遍性を証明するものです。
まとめ:瞳を閉じて、心でつながる歌
「瞳を閉じて」は、派手な演出もない静かな曲ですが、その中に込められたメッセージは力強く、そして優しいものです。ユーミンは、目の前の景色が変わっても、心の中の「誰か」や「場所」とつながり続けることの大切さを、そっと教えてくれます。
この楽曲は、今を生きる私たちにとっても、ふと立ち止まり、心の中の景色を見つめ直すきっかけを与えてくれる一曲なのです。


