【Prayer X/King Gnu】歌詞の意味を考察、解釈する。

今回はKing Gnu(キングヌー) のヒットナンバー、『Prayer X』(プレイヤーエックス)について、その歌詞の意味や込められた思いなどを考察し解釈してみようと思います。

Prayer X 概要・曲紹介

『Prayer X』はKing Gnu が2018年に発表した曲になります。

フジテレビ系列のアニメ「BANANA FISH」のエンディング曲として採用され、多くの方が耳にしたことで King Gnu の知名度が高くなった曲です。

そのため、BANANA FISH の主人公であるアッシュ・リンクスの生き方や、物語と非常に深い関わりも感じられる歌詞構成となっています。

さらにMVの雰囲気ともリンクしている部分もありますので、BANANA FISHのストーリー、MVの内容も踏まえて、その歌詞に込められた意味や思いなどを考察してみようと思います。

曲名Prayer X の意味とは

最初に「Prayer」 の意味から確認していきましょう。

Prayer は「祈り」、「祈願」、「祈る人」といった意味があります。

MVではピアノ演奏者のストーリーが描かれていますが、演奏者を意味する「player」ではなく、曲名は「Prayer」であることから、おそらくは祈りや願い、祈る人といった意味での曲であると思われます。

その証拠にMVでも祈りをささげている数多くの信者の様子があります。

そしてアニメでも主人公のアッシュが残酷な運命から逃れ、自由に空を飛び羽ばたく鳥のようになりたいと願うシーン、さらには信仰などしなかったアッシュが、涙ながらに神に祈るシーンもあります。

またアッシュのかけがえのない友人である日本人の英二、さらにはアッシュの仲間のアメリカ人たちもアッシュを信じて行動し、それ以外の登場人物達も何らかの意思や願いを持って動いています。

そして、「X」は不特定の人物に対して付けられることがある表現で、様々な人がそれに当てはまる可能性を示唆していることから、「Prayer X」というのは『何らかの願望をもつ「人間(=X)」』全般を指しているのではないかと筆者は推測します。

歌詞解釈

それではタイトルは前項のような意味があるとした場合、歌詞はどのような意味があるのでしょうか。

今回はPrayer X としてBANANA FISH の主人公であるアッシュを例に当てはめ、彼のストーリーを中心に歌詞の考察をしてみたいと思います。

サビ部分①

溢れ出した涙のように

一時の煌めく命ならば

出会いと別れを

繰り返す日々の中で

一体全体何を信じればいい?

まずはサビ部分ですが、一時の命を溢れ出した涙と比喩して表現しています。

涙というものは一度溢れ出ると、すぐに流れて消えてしまいます。

そんな儚い涙のような、すぐに消えてしまうような命であるならば、様々な人との出会いや別れの日々の中で、誰を信じて、また、何を信じれば良いのかという「迷い」を表現しているのではないでしょうか。

BANANA FISH のストーリー中でも度々、主人公のアッシュが大人たちから残酷な仕打ちを受け、疑心暗鬼になっていったエピソードがあります。

MVでもピアニストが黒服の男たちから脅されて、作曲を強要されて思い悩み、迷う様子が表現されていますね。

1番部分(前半)

生まれ落ちたその時には

泣き喚いていた

奪われないように

くたばらないように

生きるのが精一杯だ

出だしでは「生まれた時から泣き喚いていた」とあることを踏まえると、自身がこの世に生を受けた時から、変えようもない困難な境遇に立たされていたということを示唆しているように思えます。

そして自分の居場所を奪われないよう、殺されないように生きていくのが精いっぱいであると言っています。

これをアッシュのストーリーで見てみると、幼少期から性的虐待を受けて、さらにはマフィアのボスから目を付けられ逃れられない状況下の中で、何とか生きていくための術を身につけ、生き抜こうとするアッシュの姿とリンクします。

1番部分(後半)

胸に刺さったナイフを

抜けずにいるの。

抜いたその瞬間

飛沫を上げて

涙が噴き出すでしょう?

胸に刺さったナイフを抜くと出る血を、涙に例えて表現しています。

よく悲痛な思いや感情・衝撃を受けた時に、比喩表現として「言葉が胸に刺さる」「心に刺さる」などと言いますね。

このことから過去に悲痛な思いをして感じたトラウマや傷み、わだかまりを解消できずにいる様子が分かります。

ナイフを抜いた時に出る飛沫は、本来血であるはずですが、ここでは涙としていることから、深い悲しみが噴き出してしまうことを恐れているような印象です。

BANANA FISH でもアッシュが過去に受けた傷やトラウマに苦悩し、悪夢に苛まれるシーンなどと深い関わりを感じます。

2番部分(前半)

屈託のない笑顔の裏、

隠していた

生きるための嘘が

最早本当か嘘か

わからなくて

ここは1番部分の前半の歌詞とリンクしていると思われます。

生きるのが精一杯であることを歌った上で、笑顔の裏に自分の本心を隠し、生きていくためについた嘘で、自分自身の本当の心の内が分からなくなってしまう様子を表現しています。

BANANA FISH でもアッシュ自身、大人たちから身を守るためについた嘘や行動で、自分自身の本心に思い悩むシーンがあります。

また、MVでもピアニストが自分の本心ではない曲を作らされて、迷いや葛藤から顔が歪み、ぐちゃぐちゃになる描写があることからもそのことが読み取れます。

2番部分(後半)

自分の居場所でさえも

見失っているの

怒りに飲まれて

光に憧れて

今日も空を眺めるのでしょう

過酷な生きるための毎日を過ごしていくことで、自分自身の居場所が一体どこなのか見失っている様子が歌われています。

どうしようもない屈辱を味わい、怒りの感情に襲われる毎日を過ごしながらも、そしてMVでもピアニストが同じように、束縛から解放されたいと願っているのか、どこかを見上げて眺めているようなシーンがある点とも関連していそうです。

サビ部分②

この人生に

意味があるのなら

教えてよ

脆く、儚い日々の中で

痛みや悲しみさえも

飲み干した今、僕らは

一体全体何を信じればいい?

自らの人生に絶望しきっており、儚いと感じている日々の中で自分の人生にはどんな意味があるのか、そしてどう生きればいいのか、という教えを乞うフレーズが含まれています。

汚らわしい大人たちや悪党どもに翻弄されて憔悴しきっているアッシュ、そしてMVのピアニストの心の内を表現していると思われます。

様々な傷みや悲しみを負い、本心の願いとは異なる状況に追い込まれて、信じるべきものを見失ってしまったアッシュやピアニストの心理が感じられる歌詞になっていますね。

まとめ

BANANA FISH と MVから、歌詞にこめられた意味や思いを考察しましたがいかがでしたでしょうか?

人は何らかの信じるもの(人や神、願いなど)があってこそ人生を生きることができ、人は皆誰しも「Prayer X」に当てはまると筆者は考えます。

その信じるもののためにお互い衝突し、時に失い絶望してしまった人達の心境を綴った曲なのではないでしょうか。

また、もしかしたら 「Prayer X」のXは、アルファベットのⅩ(エックス)でなく、×(バツ)という記号の意味も含まれているのかもしれません。

そうすれば Prayer(祈り、願い)を失った、という意味でも解釈でき、歌詞の意味とも合致しそうです。

BANANA FISH のアニメや King Gnu の楽曲、そして MV ともに、繰り返し視聴すればするほど新しい発見がありそうですので、気になる方はぜひ考察してみてください!

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