🔍 「COOKIE」に込められた“社会への不安”と“個人的願望”の対比
尾崎豊の「COOKIE」は、一見すると穏やかで優しい雰囲気の歌詞だが、その裏には強い社会批判と深い孤独感が潜んでいる。「美味しい食事にありつけない」「空から降る雨は綺麗じゃない」といった歌詞は、表面的には日常の風景を描いているように見えるが、実際には社会的な不条理や理不尽への反発を示唆している。
その一方で、「おいらのためにクッキーを焼いて」「ミルクをいれて」といった表現は、日常のささやかな幸せを求める声であり、誰かに優しくされたいという願望が滲んでいる。これらの対照的な要素が一つの楽曲に同居することで、「COOKIE」は現代社会に生きる若者のリアルな葛藤を映し出していると言える。
🍪「クッキー」と「ミルク」に託された“安全で温かい家庭”への希求
タイトルにもなっている「クッキー」と、歌詞中に登場する「ミルク」は、どちらも子ども時代の記憶や家庭的な温かさを象徴するアイテムだ。特に、「焼いてくれ」や「いれてくれ」といった依頼形のフレーズは、主体的に行動するよりも、誰かに守ってもらいたいという依存的な心理を浮き彫りにしている。
これは、尾崎が描く「少年性」や「庇護されたい感情」と深く結びついている。家庭に恵まれなかった若者、または現代社会の冷たさに疲弊した者にとって、「クッキーとミルク」は心の安定と癒しを象徴するものとなる。そのため、この曲は“ラブソング”というよりも、“ぬくもりを求める心の叫び”として受け取ることができる。
📺 テロや原発を彷彿とさせる“背景にある核の不安”
歌詞の中に登場する「汚染された食事」「空から降る雨」という表現は、単なる環境汚染の描写にとどまらず、1980年代当時の社会不安――特にチェルノブイリ原発事故や核実験といった背景を反映していると考えられる。尾崎自身がこれらの具体的な事件を直接意識していたかは明言されていないが、「汚染」というワードの選び方には、社会や政治に対する鋭い視点が感じられる。
また、「おいらのためにクッキーを焼いて」というフレーズが象徴する“家庭的な安全空間”は、外界の混乱と恐怖に対する対照として機能している。これは、現実の世界がどれほど混乱していても、せめて自分の身近な場所には平穏を求めたいという人間の本能的欲求を表しているのかもしれない。
🧒 幼さと大人への憧れ─17歳から見た自立への葛藤
「おいら」という一人称が繰り返し使われることで、この曲の語り手がまだ“少年”であることが示される。だが同時に、その少年は「腹を空かせた目をして」「夢を見て」いる存在でもあり、自分の置かれた現実と理想との間で苦悩していることが伝わってくる。
尾崎豊自身も、この曲を制作した当時は20代前半であり、10代後半の記憶や感情がまだ強く残っていたと思われる。歌詞には大人社会への違和感や拒絶感が表れつつも、大人になりたい、あるいは認められたいという無意識の欲求も垣間見える。幼さと成熟のはざまで揺れる心情が、この曲全体に深い余韻をもたらしている。
🎤「誕生」アルバムにおける位置づけと尾崎豊の表現手法
「COOKIE」が収録されているアルバム『誕生』は、尾崎の生前最後のオリジナルアルバムであり、非常に内省的かつメッセージ性の強い作品群で構成されている。その中にあって「COOKIE」は、明るいメロディと遊び心ある歌詞で“息抜き”のような存在とも言えるが、決して軽い楽曲ではない。
むしろ、他の楽曲が社会批判や死生観を正面から描く中で、この「COOKIE」は“庶民的な欲求”や“ささやかな救い”を描くことで、アルバム全体に人間味とバランスをもたらしている。尾崎の音楽的多面性、そして心の深部を詩的に表現する手腕が際立つ一曲であることは間違いない。
🎯 まとめ
「COOKIE」は、尾崎豊が描いた“少年の視点から見た社会と自己”の象徴とも言える作品です。一見すると可愛らしい日常を描いた曲のようでいて、実際には社会への違和感や不安、家庭への渇望、そして自分自身の未熟さとの対峙が繊細に描かれています。尾崎の鋭くも優しい視線が、そのすべての歌詞に宿っているのです。