【I LOVE YOU/尾崎豊】歌詞の意味を考察、解釈する。

「I LOVE YOU」(アイ ラブ ユー)は、シンガーソングライター・尾崎豊の11番目のシングル曲です。
この曲の歌詞は、どのような感情や思いが込められているのか、一緒に探っていきましょう。

歌い継がれている名曲

「I LOVE YOU」は、シンガーソングライター・尾崎豊の11番目のシングルです。
アルバム制作の際、急場しのぎで作られた曲だったそうです。
しかし、その後、この曲が名曲として広く知られ、多くのファンの心に刻まれることになるとは、当時の尾崎豊自身も予想していなかったでしょう。

「I LOVE YOU」は、尾崎豊の生前のライブでもほぼ毎回演奏され、彼の死後もさまざまなメディアで使用され、多くのミュージシャンによってもカバーされている名曲です。
この曲は、2014年に公開された映画「ホットロード」の主題歌としても使われました。
この映画は、1986年から連載された漫画であり、尾崎豊が活躍した時代を象徴するものと言えます。

年月が経っても色あせず、今もなお多くのファンに愛され続けている「I LOVE YOU」の歌詞と歌声は、支えられています。

尾崎豊は、シンガーソングライターとして活動し、彼の作品はその人生の意味を率直に表現していました。
彼の歌詞は赤裸々でありながらも、その破壊的なパフォーマンスはライブでの熱狂的な支持を受けていました。

彼の楽曲は、若者たちの心に共感を呼び起こすようなメッセージを持っており、彼は1980年代から1990年代初頭のカリスマ的存在となりました。
彼の歌は、夢や愛、社会や学校で感じる葛藤や心の叫びを表現しており、多くの若者たちに対して強い共鳴を生み出しました。

尾崎豊は、26歳という若さで突然の死を遂げましたが、彼の作品や活動、精神性は、日本の音楽シーンに大きな影響を与えました。
彼の作品からは、彼のメッセージが溢れ出ており、現在でも多くのファンやミュージシャンからリスペクトを受けています。
彼の存在は、時を超えて尊敬され続けています。

若くして失われた才能

彼の死亡の経緯は以下の通りです。
1992年4月25日の早朝、尾崎豊は当時の自宅であるマンションから約500メートル離れた足立区千住河原町の民家の軒先で全裸で傷だらけで倒れているのが発見されました。
近所の住民が彼を見つけ、午前5時45分頃に墨田区の白鬚橋病院に救急車で搬送されました。

診察した医師は「生命に危険が及ぶ可能性もあるため、専門医の診察を受けるべきだ」と診断しましたが、尾崎はその意見を受け入れず、妻と兄と一緒に自宅マンションに戻ったとされています。
しかし、午前10時ごろ、彼の容体が急変し、家族が彼が呼吸をしていないことに気づきました。
約1時間後の午前11時9分に家族が119番通報しました。

尾崎豊は緊急搬送された後、日本医科大学付属病院で生命維持のための緊急処置を受けました。
しかし、午後0時6分に覚醒剤中毒(メタンフェタミン中毒)による肺水腫のため息を引き取りました。

では、この「I LOVE YOU」の歌詞には、どのような思いが込められているのか、詳しく見ていきましょう。
壮絶な生涯を送った尾崎豊が歌う「I LOVE YOU」の歌詞には、どんな感情や思いが込められているのでしょうか。

愛し合う孤独な二人

I love you 今だけは悲しい歌聞きたくないよ
I love you 逃れ逃れ 辿り着いたこの部屋

「I LOVE YOU」の歌詞は、最初の歌い出しで愛の中に浸り、幸せな気持ちで過ごしたいという願いが感じられます。
歌詞の中で描かれる二人が何もない部屋で頬を寄せ合い、じっと互いを見つめる様子は、目に浮かぶようです。

さらに、二人が何かから逃れていた可能性を示唆しています。
尾崎豊の生き様が歌詞に表現されているのでしょう。
行間にあるメッセージからは、何かしらの逃避を求める思いが伝わってきます。

逃れ逃れ 辿り着いた

同じ言葉を繰り返すことで、彼らが必死に逃げてきたことが明確に伝わります。
彼らは何度も逃げ続けましたが、たどり着けない場所への道のりがやっと終わりました。
現在の部屋は、彼らにとって特別な場所であることが伝わってきます。

何もかも許された恋じゃないから
二人はまるで 捨て猫みたい
この部屋は落葉に埋もれた空き箱みたい
だからおまえは小猫の様な泣き声で

「何もかも許された恋じゃない」という言葉は、悲しい恋を暗示しており、その意味は深く考えさせられます。
歌詞を読むと、彼らの状況がなんとも哀れに映ります。
たとえ空っぽの部屋でも、二人だけで満たされる愛の気持ちが優しく伝わってきます。

歌詞では、彼らの状態を捨てられた子猫に例えて歌っています。
この部分は、惨めで可哀そうな猫を通じて彼ら自身を表現しています。
捨てられた子猫は孤独を感じながらも愛を求めて空っぽの箱に身を置いているのです。

彼らが空っぽの箱の中にいるのは二人だけですが、孤独を強く感じる歌詞になっています。
尾崎豊の感受性が作り出したものでしょう。
彼らは誰からも見捨てられ、手を差し伸べられず、まるで忘れ去られた捨て猫のような存在です。
彼らは落ち葉に埋もれるように世間から忘れ去られていくのです。

小猫の様な泣き声

この部分は、尾崎豊ならではの表現方法でしょう。
彼の特有の言い回しで、彼女の存在が生き生きと伝わってきます。
彼女もまた全てを捨てて逃げてきたので、二人には愛だけが残っている状況です。
彼は切なく彼女の様子を見守っているのでしょう。

現実を見たくはない…。

きしむベッドの上で 優しさを持ちより
きつく躰 抱きしめあえば
それからまた二人は目を閉じるよ
悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ様に

ギシギシという音が響くベッドの音を感じる歌詞は、突然青春時代の思い出を思い出させます。
誰にでも初めて好きな相手と小さな部屋で過ごした思い出がありますが、それはこの歌と似たような経験ではないでしょうか。
確かに、許されない恋なら、幸せの中にも悲しい感情が交錯することが理解できます。
目を閉じて、今の幸せな思いにじっと浸りたいという気持ちが伝わってきます。

二人は身体を寄せ合いながら、互いの愛を確かめ合っています。
愛以外に何も残っていない状況であるため、彼らは愛を大切に守ろうとしているのでしょう。

悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ様に

燃え上がるほどの情熱的な愛でも、いつか冷める瞬間が訪れることを彼は理解しています。
自身の状況が二人の愛を薄める可能性も感じていたかもしれません。
だから彼らは愛を失わないように努力しているのです。
この歌は、ただ単に「愛してる」という気持ちを表現しているだけではありません。
むしろ、彼らの関係を維持するために愛を築き上げていく歌なのかもしれません。
厳しい現実に直面すれば、二人の関係は終わってしまうでしょう。
お互いの気持ちを確かめ合いながら、彼らは進んでいるようにも感じられます。

触れられぬ秘密とは…。

I love you 若すぎる二人の愛には触れられぬ秘密がある
I love you 今の暮しの中では 辿り着けない

「若すぎる」という表現から、許されない恋の意味が少しずつ明らかになってきます。
それは触れることのできない秘密なのでしょうか。
それとも、まだ別の秘密が存在しているのでしょうか。
確かに、若さ故に将来や生活に関する深い考えには至りにくいのかもしれません。

尾崎豊が遺したメモには、「子供ができてしまった…」という意味のフレーズが記されていたそうです。
それこそが「秘密」の正体だったのかもしれません。
若さからくる制約によって、子供を産み育てることが難しいのでしょう。
そして現在の生活状況では、子供を幸せに育てることができないのです。
幸せな家庭を築く場所にはまだ到達していないのです。
子供を産む時期がいつ訪れるのか、先が読めない状態であることも感じられます。
彼女が泣き声で話していた内容は、おそらく子供のことだったのでしょう。
二人の愛の具現化である子供を中絶したことで、愛が失われるのを恐れていたのかもしれません。

ひとつに重なり生きてゆく恋を
夢みて傷つくだけの二人だよ
何度も愛してるって聞くおまえは
この愛なしでは生きてさえゆけないと

一体化した思いが夢を描くことで傷つくのか、それとも現実の不完全さに傷ついているのか、はっきりとは分かりませんが、心の奥底には何か不安を抱えているようです。
もしこの歌が中絶を歌ったものであれば、家族を築くことへの夢を描いているのかもしれません。
二人の間に生まれた子供が幸せに暮らす姿を何度も想像し、語っているのかもしれません。
その都度、中絶したことへの罪悪感や悲しみが心を刺し貫くのです。
失われた子供を深く愛おしく感じている様子も伺えます。

何度も愛してるって聞くおまえ

彼女は愛を失うことを恐れている様子が伺えます。
彼らにとって今は何とか「生きている」という感じなのかもしれません。
彼女にとっては愛を失うことが、生きること自体が難しくなると言っています。
彼は彼女を見捨てることはできません。
おそらく、彼には少し離れる気持ちがあったのかもしれません。
だからこそ、彼は彼女のそばにいて、愛を再確認しようとしているのでしょう。

確かめ合わないと壊れてしまいそうに脆いもの。

きしむベッドの上で 優しさを持ちより
きつく躰 抱きしめあえば
それからまた二人は目を閉じるよ
悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ様に

最後のフレーズは、前述したサビの言葉を繰り返し、印象を強めています。
二人は静かに互いの時間を共有している様子が浮かんできます。
彼らは体を重ねたことで生まれた子供や、幸せにできなかった子供を思っています。
二人は罪や悲しみを分かち合っているのではないでしょうか。
お互いに支え合うことで、辛さも半分になっていくのです。
今は、優しさだけを持ち寄ってお互いを包みたいという気持ちも伝わってきます。
目を閉じたままの二人には、何が見えているのでしょうか。
悲しい歌は子供を失ったことを表しているのかもしれません。
子供を手放したことで、愛が凍りつかないように…。
この曲を深く考察すると、愛は自然に存在するものではないと感じられます。
いつかは冷めてしまったり、色あせてしまったりするものなのでしょう。
だから二人はお互いの愛を確かめ合いながら生きていくのです。
ずっと一緒にいたいという意志を、彼らから感じます。

尾崎裕哉

尾崎豊が後に残した息子である尾崎裕哉は、シンガーソングライターとして素晴らしい活躍をしています。
彼の歌声は父親に瓜二つであり、称賛を浴びています。
彼自身にも、儚げな雰囲気が漂っており、尾崎豊の面影を感じさせます。
尾崎豊の名曲たちは、息子によって引き継がれています。
尾崎豊は生前、家族を残してこの世を去りました。
彼は歌詞の中で描かれたように、一緒に共に生きることができたはずです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
尾崎豊の名曲『I LOVE YOU』は、若い恋の純粋な思いが込められていると感じました。
彼自身の生き方は、無謀かもしれませんが、真っすぐであり、自分自身を率直に表現していく姿勢が、彼の楽曲によく反映されています。
尾崎豊の死後も、彼の生き様に共感する多くの若者たちが存在し、彼の伝説は長く語り継がれてきました。
そのため、この曲は数多くのミュージシャンによってもカバーされています。

若くして亡くなった尾崎豊は、もし生きていたら、さらに数多くの名曲を生み出していたのかもしれません。
この曲は堕胎を歌った歌とも言われていますが、真相は彼自身にしか知られていないでしょう。
それぞれの聴き手や歌い手が、どんな思いでこの曲を受け取り、どんな思いで歌うのかは、個々に委ねられているのかもしれません。
彼の音楽を愛する人々にとって、その解釈や感じ方は個々の心に宿るものであり、それぞれが独自の思いで楽曲に触れていることでしょう。