【Forget-me-not/尾崎豊】歌詞の意味を考察、解釈する。

尾崎豊の美しい曲「Forget-me-not」は、そのロマンチックなタイトルと共に、彼の歌唱力と感情表現の素晴らしさを象徴しています。
この曲は、尾崎豊が亡くなってから9年後に、映画「LOVE SONG」の主題歌としても使用されました。
詳細を歌詞と一緒にご覧いただきましょう。

小さな忘れな草に気づいてくれた君を思い続ける

小さな朝の光は疲れて眠る愛にこぼれて
流れた時の多さにうなずく様に寄り添う二人
窓をたたく風に目覚めて君に頬を寄せてみた
幸せかい昨夜のぬくもりに
そっとささやいて強く君を抱きしめた
初めて君と出会った日僕はビルの向こうの空を
いつまでも探してた
君が教えてくれた花の名前は

この歌詞では、愛し合うカップルが温かく描かれています。
物語の主人公である「僕」は、東京の喧騒に取り囲まれ、自分自身を見失っていたようです。
高いビルに覆われた都会の中で、日常が彼を取り込み、空を見上げることや青空の美しさすらも忘れていたかもしれません。
しかし、「君」との出会いが「僕」の人生に鮮やかな色を取り戻し、大空の存在を思い出させました。
この出会いによって、「僕」の日常も、空と同じように活気づき、新たな動きを始めました。


街に埋もれそうな小さな忘れな草

地面に咲く小さな水色の花。
おそらく、君に出会う前には、僕の視界には現れなかったでしょう。
花の名前を知らないのは自然なことで、その花の存在すらも知らずに踏みつけてしまったことかもしれません。
忘れな草と同じ色の花です。
君は僕の心にその花の名前を教えてくれるだけでなく、いくつかの大切なものを取り戻させてくれるようです。

時々愛の終わりの
悲しい夢を君は見るけど
僕の胸でおやすみよ
二人の人生分け合い生きるんだ

愛の行方に答えはなくて
いつでも一人ぼっちだけど
「幸せかい?」ささやかな暮らしに
時はためらいさえも
ごらん愛の強さに変えた

尾崎豊は10代の若さながらに、愛が儚いものであり、いずれ終わりが訪れることを理解していました。
それでも彼は、現在の愛を大切にし、幸せを共有しようとする情熱的な姿勢を持って生きていくことを決意しました。
そのひたむきな姿勢は、心を打つものであり、彼の切ない魅力の一部でしょう。

時々僕は無理に君を僕の形に
はめてしまいそうになるけれど
二人が育む愛の名前は
街に埋もれそうな小さな忘れな草

愛すると、お互いに相手をすべて自分のものにしたいという欲望が湧いてきます。
しかし、相手は本来異なる個人であり、相手がすべて自分の思い通りになることはありません。
こうした違いにぶつかりながらも、都会の一角で小さな忘れな草のように、愛を大切に育む努力を惜しまず続けています。


行く当てのない街角にたたずみ
君に口づけても
幸せかい
狂った街では
二人のこの愛さえ
うつろい踏みにじられる
初めて君と出会った日僕は
ビルの向こうの空を
いつまでも探してた
君が教えてくれた花の名前は
街に埋もれそうな小さな勿忘草

時には、二人の愛だけではどうしようもない状況に直面することがあります。
愛を引き裂く力に逆らうことができない瞬間もあるかもしれません。
たとえ二人が一緒にいない状況になったとしても、僕は空を取り戻し、小さな忘れな草に気づいてくれた君を思い続けるでしょう。
それは変わることのない真実です。

全身全霊で歌う姿

彼が全身全霊で歌う姿には心を打たれます。
十代にしては大人びた歌詞を作り出し、愛や人生について深い洞察を示していました。
果たして、彼は若干の予感を抱いていたのでしょうか?
彼の26歳での早すぎる死は本当に惜しまれます。
時間を経て成熟した彼がどのような音楽を生み出し、何を思っていたのか、それが気になります。
彼は確実に、人々の心を打つ素晴らしい音楽を生み出していたことでしょう。