星野源が2023年末にリリースした「光の跡」。
静かで透明感のあるメロディと、詩的で少し不思議な言葉の連なりが特徴的なこの曲は、聴く人によって受け取る印象が大きく異なります。ある人にとっては人生の「終わり」を見つめるような歌に響き、また別の人にとっては「希望」や「新しい始まり」を思わせる歌にも聞こえるでしょう。
本記事では、「光の跡」という楽曲に込められた歌詞の意味を深掘りし、星野源がこの曲で描き出した世界を読み解いていきます。
「光の跡」に込められた“終わり”と“未来”の二律背反
歌詞の中で繰り返し印象的に響くのが「終わりは未来だ」というフレーズです。通常、「終わり」という言葉は悲しみや喪失を連想させますが、星野源はそれを“未来”と結びつけています。
ここには、「消えていくこと」そのものをネガティブにとらえるのではなく、むしろその先に新しい可能性があるのだというポジティブな視点が込められていると考えられます。
例えば人生の終わりを意識した時、人は「限られた時間の尊さ」に気づきますし、日々の何気ない光景が特別に感じられるものです。星野源はこの曲を通じて、「終わり」を単なる消失ではなく、「未来へつながる契機」として描いているのではないでしょうか。
また、前作「喜劇」が「続いていくこと」をテーマにしていたのに対し、「光の跡」は真逆の「終わること」を見つめています。しかしその両方は矛盾ではなく、むしろ補い合うもの。終わりがあるからこそ、続く日々の輝きが一層鮮明になるというメッセージが読み取れます。
海・光・波間……自然描写が語る記憶と思い出の軌跡
「光の跡」というタイトルから連想されるのは、夕暮れの海や光が残した残像のような情景です。歌詞の中でも「海」「波」「砂」といった自然のモチーフが繰り返し登場します。
これらは単なる風景描写ではなく、「記憶」や「思い出」のメタファーとして用いられていると考えられます。
例えば「愛も傷も海の砂に混ざり」という表現は、喜びや悲しみといった個人の体験が時間の流れとともに溶け合い、やがて自然の一部のように消えていくことを示唆しています。
しかし、それらは完全に消えてなくなるわけではなく、砂や光のようにどこかに残り続ける――それが「跡」として描かれているのです。ここには、「記憶は消えても痕跡として心に残り続ける」という普遍的な真理が込められているように思えます。
無力感と虚無の中に見える、一瞬の希望の光
この曲を聴いて「少し切ない」「どこか虚無的」と感じる人は多いでしょう。歌詞には「無為が踊る」といった言葉が使われ、意味のない時間や無力感に包まれた感覚が描かれています。
しかしその一方で、星野源は“虚無の中でもなお存在するもの”を歌い上げています。例えば、誰かと出会った記憶、笑い合った時間、心に刻まれた景色――それらは無意味に見える日々の中で確かに輝きを放ちます。
つまり「光の跡」とは、たとえ消え去ったように見えても確かにそこに存在する“かすかな希望”を指しているのではないでしょうか。絶望や無力感に覆われた時代背景(コロナ禍など)を経て、それでも人は小さな光を見出して生きていく。その姿勢こそが、この曲の核心だといえます。
「無為が踊る」など象徴的フレーズの意味を紐解く
「光の跡」には、象徴的で解釈の余地が広いフレーズが散りばめられています。
- 「無為が踊る」:意味のない時間が続くようでいて、その中にも人は感情や動きを見出していることの表現。停滞をただの停滞ではなく“踊り”と呼ぶことで、空虚の中にも命のリズムを見出そうとしている。
- 「光の跡」:光は一瞬で消えてしまうが、その痕跡は目に残り続ける。儚さと永続の両義性を象徴している。
- 「愛も傷も海の砂に混ざり」:人の経験や感情は時間とともに溶け合い、やがて区別がつかなくなる。しかしそれが無意味になるのではなく、大きな自然の営みの一部として存在し続ける。
こうした表現は、単純なストーリーテリングではなく、聴き手一人ひとりが自分の経験や心情を重ね合わせられる余白を残しています。それが多くのリスナーに深い余韻を与えている理由でしょう。
前作「喜劇」との比較から見る星野源の表現の変化
星野源の代表曲のひとつである「喜劇」は、“続いていく日々の尊さ”を歌った楽曲でした。そこには、「どんな困難の中でも、日常が続いていくこと」への喜びや安心感が込められています。
一方で「光の跡」は、その対になるかのように「終わり」や「消えていくもの」をテーマにしています。しかし、それは悲観的な意味ではなく、むしろ「終わることの美しさ」を描き出しているのです。
両曲を並べて聴くことで、星野源が「続くこと」と「終わること」という人生の二つの側面を、どちらも肯定的に捉えていることが分かります。まるで「喜劇」と「光の跡」が対話するかのように、それぞれの楽曲が互いを補完し合っているのです。
まとめ|「光の跡」が私たちに問いかけるもの
「光の跡」は、消えていくものの美しさ、終わりと未来のつながり、そして儚い希望の存在を描いた歌です。
虚無や喪失を歌いながらも、そこに確かに残り続ける光――それをどう受け取るかは、聴く人の人生や記憶に委ねられています。
私たちは生きている限り、愛や喜び、時には傷をも抱えます。それらはやがて消え去っても、必ずどこかに「跡」を残す。
星野源はこの曲で、そんな人生の真理を静かに、しかし確かに伝えているのではないでしょうか。