ちゃんみなの「ハレンチ」は、恋人との不安定な関係を描いた失恋ソングのように聴こえます。
連絡をくれない“君”を待ち、愛されたくて相手を愛し、自分の気持ちさえ分からなくなっていく主人公。一見すると、離れていった恋人に振り回される女性の歌です。
しかし、ちゃんみな本人のインタビューを踏まえると、歌詞に登場する“君”の正体は恋人ではありません。
“君”が象徴しているのは、ちゃんみなにとっての音楽や創作活動です。
「ハレンチ」は、音楽を愛しているのに曲が書けない。自分には音楽しかないと思っているのに、その音楽から見放されたように感じる。そんなスランプの中で生まれた、音楽に対する切実なラブソングなのです。
本記事では、「ハレンチ」の歌詞に込められた意味を、“君”の正体、タイトルの由来、制作時のスランプ、ミュージックビデオという視点から考察します。
ちゃんみな「ハレンチ」とは
「ハレンチ」は、2021年9月24日に先行配信され、同年10月13日に発売された3rdフルアルバム『ハレンチ』に収録された楽曲です。
作詞はちゃんみな、作曲はちゃんみなとBENAが担当。アルバムでは4曲目に収録されています。
アルバム『ハレンチ』は、ちゃんみながそれまでに培ってきたヒップホップ、ポップス、歌謡曲的な表現を組み合わせながら、「自分が思うJ-POP」に正面から挑戦した作品です。
ちゃんみなの公式サイトでは、メジャーデビュー5年目を迎えた彼女の「一つの集大成」と紹介されています。
また、2022年にはABEMAの恋愛リアリティーショー『隣の恋は青く見える3』の主題歌にも起用されました。ただし、番組のために書き下ろされた曲ではなく、楽曲発表後に主題歌として選ばれています。
【結論】「ハレンチ」は音楽に捨てられたと感じた主人公の歌
「ハレンチ」が描いているのは、音楽を失いかけたちゃんみな自身の姿です。
歌詞の主人公は、“君”から反応が返ってこないことに傷つきながらも、完全には諦められません。別の場所へ行こうとしたり、気持ちを紛らわせようとしたりしても、心の中心には“君”が残り続けています。
この“君”を音楽と置き換えると、歌詞全体の物語がつながります。
曲を作ろうとしても、音楽が応えてくれない。
新しい刺激を探しても、自分が何を表現したいのか分からない。
音楽しかないと思ってきたのに、その音楽から拒絶されたように感じる。
それでも、音楽を愛することをやめられない。
つまり「ハレンチ」は、恋人に捨てられた女性の歌ではなく、創作の才能が自分から離れていったように感じたアーティストの歌なのです。
歌詞の“君”は誰なのか
ちゃんみなはBillboard JAPANのインタビューで、「ハレンチ」や「太陽」の歌詞に登場する対象について、音楽やサウンドクリエイトを象徴していると説明しています。
「ハレンチ」における音楽は、スランプの最中にいるちゃんみなから離れていった存在です。
この発言から考えると、歌詞の冒頭で描かれる“音沙汰のない君”は、思いどおりの曲や言葉が降りてこない状態を表しているのでしょう。
音楽は目の前にある。
仕事として音楽を続けてもいる。
それなのに、自分が本当に作りたいものには触れられない。
これは単に忙しくて曲を書く時間がない状態とは異なります。作業はできても、心から納得できる表現にたどり着けない。だから主人公には、音楽そのものが自分のもとから去ってしまったように感じられたのです。
約半年間のスランプから生まれた楽曲
「ハレンチ」が作られた時期、ちゃんみなは約半年間にわたるスランプに陥っていました。
大きなテーマを扱った「美人」を完成させたことで、言いたかったことを出し切った感覚が生まれ、次に何を表現すればよいのか分からなくなったと本人は語っています。
さらに、コロナ禍によってスタジオでの制作や人との交流が制限され、日常から新しい刺激を得ることも難しくなっていました。
曲を作っても形にならない。
自分が何を作りたいのかも分からない。
音楽が好きなのに、音楽と向き合うことが苦しい。
そんな時期に、ちゃんみなは久しぶりに一人で制作を始めます。そして、J-POPを好む作家にアレンジを依頼したことで、自分が表現したかった音楽の輪郭をつかみ、一気にスランプから解放されたといいます。
つまり「ハレンチ」は、スランプについて後から振り返って書いた歌ではありません。
迷いの中にいる本人が、その迷い自体を作品に変えたことで、音楽を取り戻した歌なのです。
なぜ恋愛の歌のように書かれているのか
音楽や創作をテーマにしているにもかかわらず、「ハレンチ」は徹底して恋愛歌のような言葉で描かれています。
それは、アーティストと音楽の関係が、恋愛とよく似ているからではないでしょうか。
どれほど音楽を愛しても、必ず新しい曲が生まれるとは限りません。
努力したからといって、音楽が思いどおりに応えてくれるわけでもありません。
音楽を愛するほど、評価されたい、聴いてほしい、自分を選んでほしいという感情も強くなります。
愛することと愛されることを交換条件のように考えてしまう主人公の姿には、音楽に愛情を注いだ分だけ、音楽やリスナーからも愛を返してほしいというアーティストの本音が重なります。
同時に、音楽を恋人のように描くことで、聴き手は“君”を自分にとって大切な存在へ置き換えられます。
恋人でもいい。
叶えたい夢でもいい。
仕事や創作活動でもいい。
大切だからこそ執着し、離れようとしても離れられないもの。その対象を自由に重ねられることが、「ハレンチ」が多くの人に恋愛歌としても届く理由です。
歌詞に描かれた主人公の心情
音楽から返事が来ない
曲の前半では、主人公が“君”からの反応を待ち続けています。
音楽に置き換えると、自分の内側に呼びかけても言葉やメロディーが返ってこない状態です。
以前なら自然にできていたことが、突然できなくなる。
自分には音楽しかないと思っているのに、音楽の方は自分を必要としていないように感じる。
その一方通行の苦しさが、恋人から連絡を無視されているような関係として表現されています。
別の刺激を求めても満たされない
主人公は一つの場所にとどまらず、気持ちを別の方向へ向けようとします。しかし、どこへ行っても何をしても、心は満たされません。
ちゃんみな自身も、『隣の恋は青く見える3』の主題歌に決まった際、この曲を書いた頃は、どこで誰に身を任せればよいのか分からないような忙しない日々だったと説明しています。
ここで描かれているのは、単純な浮気や恋愛の迷いだけではないでしょう。
作り方を変える。
人に会う。
環境を変える。
ファッションや髪形を変える。
さまざまな方法を試しながらも、自分の中にある空白だけは埋められない。そんなスランプ中の焦りが表れています。
強がりと本音が交互に現れる
「ハレンチ」の主人公は、自分は寂しくないと言い聞かせる一方で、“君”だけを求め続けます。
気にしていないように振る舞いながら、実際には誰よりも音楽の反応を待っているのです。
意味を持たない音の反復も、心から楽しんでいるというより、深刻な気持ちを軽く見せようとする強がりに聞こえます。
考えれば考えるほど苦しくなる。
だから、いったん何も考えていないように振る舞う。
しかし、音楽への執着は隠しきれない。
この強がりと本音の往復が、スランプの中で自分を見失っていく主人公の不安定さを表しています。
最後の転調は創作が戻ってきた瞬間
「ハレンチ」は終盤で転調し、曲の熱量が一段高くなります。
この転調は、迷い続けていた主人公が、突然すべての悩みから解放されたことを意味するわけではありません。
それでも、制作背景と重ねれば、音楽との接続が戻った瞬間として聴くことができます。
音楽が去った苦しみについて歌った曲が完成する。
その曲が完成したことによって、実際にスランプから抜け出す。
「ハレンチ」では、歌詞の物語と現実の制作過程が重なっています。
音楽を失った歌を作ることで、ちゃんみなは音楽を取り戻したのです。
タイトル「ハレンチ」の意味
「ハレンチ」は漢字で「破廉恥」と書き、一般的には恥知らず、道徳に反することといった否定的な意味で使われます。
しかし、ちゃんみなはこの言葉を単なる悪口として捉えていません。
本人はRolling Stone Japanのインタビューで、ハレンチという言葉には「恥を恥とも思わない」という強さがあると説明しています。
また、BuzzFeed Japanのインタビューでは、他の人がしないことを実行する意志を、この言葉から感じたと語っています。
つまり、ここでの「ハレンチ」は性的な意味でも、誰かを傷つける無責任さでもありません。
周囲からどう見られても、自分の表現を貫くこと。
格好悪い感情や弱さを隠さず、作品として差し出すこと。
これまでの自分とは違う音楽にも、恐れず踏み出すこと。
そうしたアーティストとしての決意を表す言葉です。
曲が書けないことは、表現者にとって人に見せたくない姿でしょう。しかし、ちゃんみなはその苦しささえ隠さず、一曲の中心に置きました。
恥ずかしい自分を隠すのではなく、誰もが見られる場所で歌にしてしまう。
その行為自体が、ちゃんみなの考える「ハレンチ」なのです。
MVの6つの姿が示すもの
「ハレンチ」のミュージックビデオは、「非日常的な日々」をテーマに制作されました。
バス、クラブ、カプセルホテル、スクラップ工場など、異なる場所を移動しながら、ちゃんみなは計6種類の衣装やヘアスタイルを披露しています。
ちゃんみなはBARKS掲載のコメントで、気持ちが落ち着かず、もどかしいときには髪形やファッションを変えたくなると説明しています。
したがって、MVの華やかな変身は単なるファッションショーではありません。
自分が何者なのか分からず、次々と違う姿を試している心の状態を表しているのでしょう。
どの姿もちゃんみなでありながら、どの姿にも完全には落ち着けない。
何もかもどうでもいいと思った直後に、やはりどうでもよくないと気づく。
その揺れ動く感情が、急速に切り替わる場所や衣装によって視覚化されています。
スクラップ工場で身にまとう、ゴミ袋を素材にしたドレスも象徴的です。
捨てられるはずだったものが衣装になり、価値を持つ。そこには、意味がないと感じていた時間や、形にならなかった感情までも、表現へ変えていくちゃんみなの姿を重ねることができます。
「ハレンチ」はちゃんみな流のJ-POPだった
アルバム『ハレンチ』の制作にあたり、ちゃんみなは自分なりのJ-POPを形にしたいと考えていました。
それまで、ちゃんみなの楽曲に対して「J-POPっぽい」という言葉が、否定的な意味で投げかけられることもあったといいます。
しかし、ちゃんみな自身はJ-POPを好み、そこに音楽としての優劣はないと考えていました。
そこで「ハレンチ」では、ディスコやファンクの要素を取り入れながら、歌謡曲を思わせる大きな感情の動きや、終盤の転調を組み合わせています。
音楽に見放された苦しみを歌いながら、それまで本格的には踏み込んでこなかったJ-POPへ挑戦する。
その挑戦によって、再び音楽とつながる。
「ハレンチ」はスランプからの再生を歌詞だけで説明するのではなく、楽曲の音そのものによって実現した作品なのです。
「ハレンチ」は恋愛の歌ではないのか
ちゃんみな本人にとって、“君”の中心的な意味は音楽や創作です。
したがって、制作背景を重視するなら、「ハレンチ」は音楽に向けたラブソングだと結論づけられます。
ただし、恋愛歌として聴くことが間違いというわけではありません。
ちゃんみな自身も、ラブソングとして受け取れることを認めています。
音楽を失う恐怖と、大切な人を失う恐怖には、共通する感情があります。
相手から返事がほしい。
自分だけを必要としてほしい。
離れたいのに離れられない。
愛した分だけ、愛し返してほしい。
こうした感情は、創作にも恋愛にも当てはまります。
本人の体験から生まれながら、聴き手が自分の物語として受け取れる。その意味の広さこそが、「ハレンチ」の魅力なのです。
まとめ|「ハレンチ」は音楽を取り戻すためのラブソング
ちゃんみなの「ハレンチ」は、表面上は不安定な恋愛を描いた曲ですが、その奥には音楽を失いかけたアーティストの苦しみがあります。
歌詞に登場する“君”は、ちゃんみなにとっての音楽や創作活動です。
曲が書けない。
何を表現したいのか分からない。
音楽から見放されたように感じる。
それでも、音楽しか愛せない。
そんな矛盾を隠さず曲にしたことで、ちゃんみなは約半年間のスランプから抜け出しました。
タイトルの「ハレンチ」が表すのも、単なる恥知らずではありません。
弱さも迷いもさらけ出し、他人にどう思われても自分の表現を貫く意志です。
音楽を失った歌を作ることで、音楽を取り戻す。
「ハレンチ」は、ちゃんみなが創作の苦しみさえ作品へ変えた、音楽に対する切実なラブソングなのです。
よくある質問
「ハレンチ」の歌詞に出てくる“君”は誰ですか?
ちゃんみな本人の説明では、“君”は音楽やサウンドクリエイトを象徴しています。特定の恋人について歌ったものではありません。
「ハレンチ」は失恋ソングですか?
失恋ソングの形で書かれていますが、中心にあるのは音楽を失いかけたちゃんみなのスランプです。ただし、聴き手が恋愛に置き換えて受け取ることもできます。
タイトルには性的な意味がありますか?
性的な意味が中心ではありません。ちゃんみなは「破廉恥」という言葉に、恥を恐れず他人がしないことを実行する強さを見いだしています。


