【Habit/SEKAI NO OWARI】歌詞の意味を考察、解釈する。

人間が持つ無意識混じりの欲求=Habit(習慣・癖)

SEKAI NO OWARIが前作「Diary」から四ヶ月を空けて2022年6月22日にリリースしたシングル「Habit」。

映画「ホリック xxxHOLiC」のタイアップ主題歌として制作されたこの楽曲がリリースされる否や、MVにおける奇妙なダンスはたちまち話題となりSEKAI NO OWARIの新たな一面を発露させた。

歌唱はFukaseが傾倒しているラップを取り入れたもので、トラックもヒップホップを感じさせるダークでグルーヴィなリズムとなっている。

映画「ホリック xxxHOLiC」はCLAMP原作の漫画を元に、アニメやテレビドラマ、舞台など多岐にわたるメディアミックス展開を見せるコンテンツである。
「Holic」というのは「中毒」という意味で、どこか「Habit=習慣」と似通ったニュアンスを持っている。
仕事中毒であるワーカーホリック、アルコール中毒であるアルコホリック、チョコレート中毒であるチョコホリックなんていうものもある。
いずれも「抜け出せない習慣」である。

SEKAI NO OWARIが、そしてFukaseが結成以来鳴らしてきた警鐘がこの歌にはある。

幻想的な世界観をテーマに、現代を生きる私達に向けたメッセージ性の強い楽曲が多く見られるSEKAI NO OWARIだが、この「Habit」はファンタジー色を排除し、数々の障害や病気を経験したFukase自身も体験したであろう「悪しきカテゴライズ」を攻撃する楽曲となっている。

人は他人を分類し、レッテルを貼り、「要するに○○」というカテゴライズをしがちである。
Fukaseはその「Habit」をこの楽曲で攻撃し、否定している。
歌詞だけではない。
SEKAI NO OWARIというバンドからはあまり想像できない「ダンス」にも挑戦し、バンドの形という固定概念を打ち破ろうと試みている。

そもそもSEKAI NO OWARIというバンド自体、バンドの形としては歪である。
ボーカルのFukase、ギターのNakajin、キーボードのSaori、そしてバンドを象徴するような不思議な存在のDJ LOVE。
時にはFukaseがギターを弾くこともあれば、Nakajinはギターだけでなく様々な楽器を操る。
Saoriは時々ボーカルを取り、まっすぐで透き通った声を披露してくれる。
DJ LOVEは言わずもがな、存在するだけで何かを起こしている。
このバンド自体がカテゴライズというものを否定しているバンドなのである。

今回は様々な苦難を経験したFukaseだからこそ、Fukaseにしか書けないこの「Habit」の歌詞を考察してみたい。

今を生きる若者へのメッセージ

君たちったら何でもかんでも

分類、区別、ジャンル分けしたがる

ヒトはなぜか分類したがる習性があるとかないとか

この世の中2種類の人間がいるとか言う君たちが標的

持ってるヤツとモテないやつとか

ちゃんとやるヤツとヤッてないヤツとか

隠キャ陽キャ?

君らは分類しないとどうにも落ち着かない

気付かない本能の外側を

覗いていかない? 気分が乗らない?

つまり それは そんな シンプルじゃない

もっと 曖昧で 繊細で 不明瞭なナニカ

例えば持ってるのに出せないヤツ

やってるのにイケないヤツ

持ってるのに悟ったふりして

スカしてるうちに不安になっちゃったりするヤツ

所詮アンタはギフテッド

アタシは普通の主婦ですと

それは良いでしょう? 素晴らしいでしょう?

不可能の証明の完成なんじゃない?

夢を持てなんて言ってない

そんな無責任になりはしない

ただその習性に喰われないで

そんなHabit捨てる度 見えてくる君の価値

俺たちだって動物

こーゆーのって好物

ここまで言われたらどう?

普通 腹の底からこうふつふつと

俺たちだって動物

故に持ち得るOriginalな習性

自分で自分を分類するなよ

壊して見せろよ そのBad Habit

映画「ホリック xxxHOLiC」の監督である蜷川実花から「今を生きる若者への優しさを込めてほしい」というリクエストを受けて制作されたこの「Habit」。

一番の歌詞としては「分類」に対する警鐘が表現されている。
乱暴な二元論がメインテーマだろうか。
本質を突いているようでその実、「曖昧で 繊細で 不明瞭なナニカ」を無視したカテゴライズがまかり通ってしまう世の中である。

なぜ人は分類したがるのだろうか。
答えは一つ、「楽だから」である。
人は理解できないものに触れた時、理解できないまま置いておかない。
どうにかしてその正体を探ろうとする。

そして、理解できないものを理解するためには理解できる言葉でレッテルを貼るのが最も手っ取り早くその存在を定義できる。
他人を分類する、自分を分類する、しかしそれはとても危険で短絡的な行為である。
「Habit」の一つはこの「短絡的な分類」であろう。

モテる、モテない、明るい、暗い、才能がある、才能がない、そういった言葉を貼り付ければ「現実」を説明できる。
そして、その危険な分類は「他から自」だけではなく、「自から自」を分析するときにも使われる。
その「自から自」への分類を人は「言い訳」と呼ぶのだと私は思う。
モテないから、暗いから、才能がないから。
そしてその言い訳を盾に自らの可能性を閉じ込める。
どちらかというと「他から自」の分類よりも「自から自」の分類のほうが厄介である。
「他から自」は反論もできるし否定もできる。
自分のことは自分が一番わかる。
お前に何がわかる、そういった反撃は可能である。

「自から自」の分類は根強く耳元で悪魔のように囁き続ける。

現状を見てみろ。

恋人がいない。
お前はモテないからだ。

友達がいない。
お前は暗いからだ。

仕事も趣味もうまくいかない。
夢なんて叶わない。
お前には才能がないからだ。

そして人はそれを受け入れる。
思い悩み、暗く長いトンネルから抜け出したいという一心で短絡的な答えをはじき出す。

それが我々人間の持つ「Bad Habit=悪しき習性」である。

Fukaseは挑発する。
分類を否定してみせろ、答えなんて出さなくてもいい、みっともなく足掻いて、その分類を壊してみせろと啓蒙する。
一番の歌詞はそう締めくくられる。

他人からの分類など無意味

大人の俺が言っちゃいけない事言っちゃうけど

説教するってぶっちゃけ快楽

酒の肴にすりゃもう傑作

でもって君も進むキッカケになりゃ

そりゃそれでWin-Winじゃん?

こりゃこれで残念じゃん

そもそもそれって君次第だし

その後なんか俺興味ないわけ

この先君はどうしたい?

ってヒトに問われる事自体

終わりじゃないと信じたいけど

そーじゃなきゃかなり非常事態

君たちがその分類された

普通の箱で燻ってるからさ

俺は人生イージーモード

ずっとそこで眠っててアラサー

俺はそもそもスペックが低い

だから足掻いてもがいて醜く吠えた

俺のあの頃を分類したら

誰の目から見ても明らか

すぐ世の中、金だとか、愛だとか、運だとか、縁だとか

なぜ2文字で片付けちゃうの

俺たちはもっと曖昧で

複雑で不明瞭なナニカ

悟ったふりして驕るなよ

君に君を分類する能力なんてない

俺たちだって動物

こーゆーのって好物

ここまで言われたらどう?

普通 腹の底からこうふつふつと

俺たちだって動物

故に持ち得るOriginalな習性

自分で自分を分類するなよ

壊して見せろよ そのBad Habit

俺たちだって動物

こーゆーのって好物

ここまで言われたらどう?

普通 腹の底からこうふつふつと

俺たちだって動物

故に持ち得るOriginalな習性

自分で自分を分類するなよ

壊して見せろよ そのBad Habit

人は人を分類したがる。
他人も、自分も。

一番の歌詞はその危険性とそれを打破する事について歌われていた。

二番の歌詞は主に「他から自」への分類や意見について歌われている。

そして、Fukaseはそれを残酷に断罪する。
自分が醜く足掻いてもがいて苦しんでいたあの頃に言われた言葉、言ってきた人たち、実体験で乗り越えたからこそ知った人間のサガをFukaseは断罪する。

「君のためを思って言っているんだよ」

そんな言葉は欺瞞である。
そいつはその場限りのちっぽけなカタルシスのためにわかったようなふりをして君を分類しているだけだ。
君より上の立場に立った自分に酔っているだけだ。

そいつは君の今後になんて興味はない。
ただ酒の肴に「ちょっと説教してやったよ」と得意げに語りたいだけだ。
誰かを導いてやった、自分は立派な行動をした、自分は人より優れた人間だ、そういう気持ちになって自分を満たしたいだけなのである。
そして、その充足感も偽りの「分類」であり、人間が持つ「Bad Habit」なのは言うまでもないだろう。

他人の言葉に惑わされ、自分を分類して可能性を閉じ込め燻っている間に人はあっという間に年をとる。
この部分が蜷川実花監督からSEKAI NO OWARIに向けて要求されたリクエストの回答として最も強いメッセージを持った箇所ではないだろうか。
「普通の箱」を打ち破り、分類やレッテルを剥がして生きろ。
そうすれば人生もっとイージーモードで生きられる。
Fukaseは若者にそう発信している。
自分がその箱の中で苦しんでいたように、Fukaseは若者に蔓延る「分類」という病の苦しみを痛いほど理解している。

「君に君を分類する能力なんてない」これは全ての苦しみ、足掻き、分類され、諦め、言い訳を持って燻り続ける若者に対して放たれるパンチラインである。

何かを決めてしまう、答えを出してしまう必要なんてない。

「俺たちはもっと曖昧で 複雑で不明瞭なナニカ」なのだから。

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