【地上の星/中島みゆき】歌詞の意味を考察、解釈する。

タイアップ内容に寄り添う、別の物語

中島みゆきの作品に登場する人物は総じて痛みを抱えている。

水商売に携わる女性を描いたデビュー曲「アザミ嬢のララバイ」に始まり、若くして達観した世界観を見せた「時代」、ラジオに寄せられた悲痛な手紙から始まった「ファイト!」、凄惨な運命をたどるドラマに寄り添ってみせた「空と君のあいだに」、同じくドラマの主題歌として書き下ろされた「糸」「銀の龍の背に乗って」はもちろん、「わかれうた」「悪女」「旅人のうた」「ひとり上手」といった自身のヒット曲で描かれている人物は孤独や寂寥を抱え、絶望にもがきながらも光を探し求めている。
また、「ルージュ」「あばよ」「春なのに」といった他者への提供曲もどこか痛みを抱え、悲痛な想いを吐露する人物像が多い。

今回取り上げたい「地上の星」はNHKのドキュメンタリー「プロジェクトX~挑戦者たち」のテーマソングとして書き下ろされた楽曲であり、他の中島みゆきによるタイアップ楽曲と同様、この番組といえばこの曲というイメージが定着している楽曲でもある。
楽曲のクオリティはもちろんだが、タイアップ内容に寄り添う楽曲をイメージし、新たな物語を作り上げる。
この技術に関しては中島みゆきに並ぶものはないと言っても差し支えないだろう。
個人的には唯一、さだまさしが比較対象として肩を並べられる存在ではあるが、さだの楽曲は「北の国から」「道化師のソネット」「防人の歌」に見られるように、新たなもう一つの物語というよりも作品自体と一体化した楽曲という印象がある。

今回は数ある中島みゆきの楽曲の中でも一際高い評価を受けるこの「地上の星」を紐解いてみたい。

地上の星=人間

風の中のすばる

砂の中の銀河

みんな何処へ行った 見送られることもなく

草原のペガサス

街角のヴィーナス

みんな何処へ行った 見守られることもなく

地上にある星を誰も覚えていない

人は空ばかり見てる

つばめよ 高い空から教えてよ 地上の星を

つばめよ 地上の星は今 何処にあるのだろう

崖の上のジュピター

水底のシリウス

みんな何処へ行った 見守られることもなく

名立たるものを追って 輝くものを追って

人は氷ばかり掴む

つばめよ 高い空から教えてよ 地上の星を

つばめよ 地上の星は今 何処にあるのだろう

名立たるものを追って 輝くものを追って

人は氷ばかり掴む

風の中のすばる

砂の中の銀河

みんな何処へ行った 見送られることもなく

つばめよ 高い空から教えてよ 地上の星を

つばめよ 地上の星は今 何処にあるのだろう

前項でも触れたが「地上の星」はNHKのテレビ番組「プロジェクトX~挑戦者たち」の主題歌である。

この番組はあまり表立って取り上げられることの少ないジャンルや業界にスポットを当て、もがきながらも苦難に立ち向かう市井の人々を追ったドキュメンタリー番組であり、例えば松下電器産業の創始者、松下幸之助や本田技研の創始者である本田宗一郎、あるいはソフトバンクの孫正義や楽天の三木谷浩史、ユニクロの柳井正、またアップルコンピュータのスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのビル・ゲイツなどの歴史に名を刻んだパイオニアに焦点を当てた番組ではない。
地味ながらも「誰かがやらなければならない」仕事を引き受け、一般の人々が気づかないようなところで人々の生活を支える、そんな無名の人々を追った番組である。

中島みゆきはそんな人々を「地上に光る星」に例える。
一般の人々は華々しく活躍する芸能人やスポーツ選手、あるいは先程触れたようなカリスマ性を持ち合わせたビジネスマンを星になぞらえて空を眺めるが、誰も見ていない地上にこそ星は光っている、というのがこの楽曲における最大のメッセージである。

私は中島みゆきがそういった「無名の人々」を地上の星になぞらえたのにはもう一つ理由があると思う。
宇宙には強く光り輝く星だけでなく、弱々しく光を放つ星が無数に存在する。
そして、「プロジェクトX」に登場する「地上の星」は強く光を放つ孤高のカリスマではなく、「力を合わせて寄り添う数多の人々」である。
加えて、中島みゆきがこのタイアップを引き受けるきっかけの一つとなったのが「富士山頂に気象レーダーを建設する男たち」という企画である。
一人でなし得るプロジェクトではない。
弱い力を合わせ、知恵を出し合い、局地での苦難に立ち向かう無名の人々。
中島みゆきはそれを「地上に光る名もなき数多の星」に例えたのではないだろうか。

中島みゆきが歌わなければ、この番組に主題歌はつけない

この楽曲が生まれるきっかけとなったのが「プロジェクトX」プロデューサーの今井明の発案である。

今井明は番組プロデューサーとして全国各地を飛び回る忙しい生活を送っていた。
仕事に追われ、疲れ果てた彼を救ったのが中島みゆきの、特に「命の別名」という楽曲である。

くり返す哀しみを

照らす灯をかざせ

君にも僕にも すべての人にも

命に付く名前を 「心」と呼ぶ

名もなき君にも 名もなき僕にも

命の別名

「プロジェクトX」を立ち上げる際にもこの楽曲は今井明の脳裏をよぎり、「弱者の目線を歌えるのは中島みゆきしかいない」と感じた今井明は中島みゆきが所属するヤマハに書き下ろしの打診をするも交渉は難航。

「中島みゆきの歌でなければ主題歌はいらない」とまで考えていた今井明は中島みゆき本人に手紙と企画書を送る。
それを読んだ中島みゆきは書き下ろしを承諾し、「地上の星」という歌が誕生したのである。

今井明のこのまっすぐな熱意も、「プロジェクトX」に登場する数多の星たちに共通する想いではないだろうか。

この楽曲がNHK「紅白歌合戦」で披露された際、NHKは最大限の敬意と労力を払い、「プロジェクトX」で取り上げられた黒部ダムからの中継という異例の形での歌唱となった。
きっとそこには「プロジェクトX」で取り上げられてもおかしくないくらいの紅白スタッフに降りかかる苦難があったであろうことは想像に難くないが、歌唱されたのが華々しく大きな舞台でも、光降り注ぐ演出が施されたステージでもない、極寒の黒部川第四発電所地下道にあるトロッコの資材置き場という事実がこの楽曲の真髄を如実に物語っている。
黒部ダムは映画「黒部の太陽」で描かれている通り、世紀の難工事と呼ばれ多くの犠牲者を出した上に完成した過酷なプロジェクトであった。
まさに「プロジェクトX」を象徴するプロジェクトと呼ぶに相応しいその場所で中島みゆきは歌った。
世に、地上に存在する数多の無名の星を歌った。
この楽曲はリリース後初登場15位と、そこそこの滑り出しであったがこの紅白歌合戦での歌唱をきっかけに発売後二年以上もかけてシングルチャート一位を記録。
異例のロングセラーとなり中島みゆきを代表する一曲となったのである。
中島みゆきはこのチャート一位で70年代(わかれうた)、80年代(悪女)、90年代(空と君のあいだに、旅人のうた)そして00年代でのこの楽曲と4つの西暦10年代のシングルチャート一位を記録した。
この記録は中島みゆきの他にはサザンオールスターズのみが成し遂げた偉業である。

そして、この事実は中島みゆきという稀代のシンガーソングライターが「時代に左右されない人間の本質」を歌い続けている、という証左として十分な説得力を持つものだと私は思う。

数多く存在する中島みゆきの名曲にあって一際強く光り輝くこの「地上の星」に今一度耳を澄ませてみてはどうだろうか。