くるりの楽曲「ポケットの中」は、2022年に公開された映画『リラックマと遊園地』の主題歌として書き下ろされた一曲です。
穏やかなメロディとやさしい歌声、そしてどこか懐かしさを感じさせる言葉たちが、聴く人の胸に静かに沁み込んでいきます。
一見するとシンプルで短い歌詞。しかし、そこに込められているのは「失うこと」「手放すこと」「それでも残るぬくもり」といった普遍的なテーマです。
この記事では、そんな「ポケットの中」の歌詞の意味を、フレーズごとに丁寧に読み解いていきます。
1. 歌詞冒頭に見る「失うことばかり考えて」の心理とテーマ
歌い出しの《失うことばかり考えている》という一節は、くるりらしい“内省”の始まりを告げます。
この言葉に共感する人は多いでしょう。私たちは日々、手にしたものよりも「いつかなくしてしまうかもしれないもの」に心を奪われがちです。
くるりの岸田繁は、以前から「時間の流れ」や「変化する世界の中での自分」というテーマを繰り返し描いてきました。
この曲でも、“何かを大切に思うほど失う怖さが増していく”という矛盾した感情を、やわらかく包み込むように表現しています。
「失うことばかり考えている」という自己告白から始まることで、リスナーはすぐに心の奥を見つめるモードに導かれます。
それは悲しみではなく、「それでも誰かを想うことをやめない」人間らしい愛情の証なのです。
2. 「ポケット」の比喩が示す“守るべきもの”、 “手の中の安心”とは何か
タイトルにもなっている「ポケット」は、この曲の核心的なモチーフです。
ポケットとは、小さな空間でありながら、外の世界と隔てられた“安心の場所”。大切なものをしまい込む場所でもあります。
歌詞の中で「ポケット」は、“思い出”や“ぬくもり”、そして“失っても残る心”を象徴していると考えられます。
たとえば、子どものころに拾った小石やお守り、誰かからもらった小さな紙切れ——そんなものをポケットに入れた経験は誰にでもあるでしょう。
それらはやがて形を失っても、「心のポケット」に残り続けます。
つまり、「ポケット」とは“喪失を受け入れるための小さな箱”でもあるのです。
なくしたくない気持ちをそのまま抱え込むのではなく、そっとポケットにしまうことで、前に進む勇気を得る。
この優しい比喩が、くるりの詩世界らしい温度感を生んでいます。
3. 「思いはずっとポケットの中にある」—時制・記憶・存在の視点から
サビにかけての《思いはずっとポケットの中にある》というフレーズには、「時間を超える想い」のテーマが込められています。
ここで注目したいのは、「ある(is)」という現在形が使われている点。
過去に失ったもの、あるいはもう会えない誰かへの想いであっても、それは“いまもここにある”と歌われているのです。
この構造は、くるりが長年描いてきた「現在と過去の共存」というテーマに直結しています。
たとえば「ばらの花」や「奇跡」でも、“時間の流れの中に生きる感情”が描かれていました。
「ポケットの中」ではそのテーマがさらにシンプルに、より日常的な形で結晶化しています。
“ポケットの中”にあるものは、他人からは見えないけれど、確かに存在する。
それは「記憶」でもあり、「祈り」でもあり、「愛そのもの」なのです。
4. 主題歌としての位置づけ:リラックマと遊園地との関係性と「くるりらしさ」
「ポケットの中」はNetflixアニメ『リラックマと遊園地』のために書き下ろされた曲です。
リラックマというキャラクターの世界観は、「ゆるさ」「優しさ」「ノスタルジー」。
まさにくるりの音楽と通じる部分が多く、両者の組み合わせは奇跡的に自然です。
アニメの物語は、“終わりゆく遊園地で過ごす一日”を描いています。
楽しかった時間が終わる切なさ、でもその思い出はずっと心に残る——まさに「ポケットの中」の歌詞と重なります。
くるりの楽曲は、派手なメッセージではなく、“静けさの中の真実”を伝えるスタイルです。
この曲もまた、映画のテーマを直接説明するのではなく、余白と余韻で感じさせる作り。
それがリラックマの“言葉少なさ”と見事に共鳴しているのです。
5. 制作背景とサウンド構成から読み解く、この曲が持つ“シンプルさ”と“余韻”
音楽的には、くるりらしい温もりのあるアコースティック・サウンドが基調となっています。
ギターと穏やかなベースライン、そして空間を感じさせるドラムが心地よく響きます。
装飾を削ぎ落としたアレンジは、歌詞の“静かな感情”を際立たせています。
特に印象的なのは、岸田繁の歌声の「抜け感」。
声量で押すのではなく、まるで語りかけるように歌われており、“日常の中の奇跡”をそっと伝えるようです。
このアプローチは、『琥珀色の街、上海蟹の朝』や『春風』など、くるりが積み上げてきた「柔らかな表現の系譜」に連なります。
制作インタビューでは岸田が「何気ない日常の中にある幸せを歌いたかった」と語っており、
その意図はまさにこの曲全体に貫かれています。
音と言葉の“余白”が、聴き手に解釈を委ねる——それこそが、くるりの真骨頂です。
まとめ:「ポケットの中」は“なくしたくない気持ち”を抱えて生きるすべての人へ
「ポケットの中」は、失うことへの不安や寂しさを抱えながらも、それを否定せず受け入れるための“優しい歌”です。
ポケットの中には、過去の思い出も、大切な人への想いも、そしてこれからの希望もすべて入っている。
くるりはこの曲を通して、「変わっていくことを恐れないで」と伝えているのかもしれません。
失ってもなお、心の中には確かに残るものがある。
その小さな温もりをポケットに入れて、今日も前を向いて歩いていく——そんな風景が浮かぶ一曲です。


