【東京/くるり】歌詞の意味を考察、解釈する。

京都出身のロックバンドくるり。

高校時代の同級生だった岸田繁(Vo.&Gt.)と佐藤征史(Ba.)がオリジナルメンバーとして活動している。
デビューシングルである「東京」は1998年10月に発売。
翌年1999年4月に発表された1stアルバム「さよならストレンジャー」にも収録された。

「東京」はインディーズ時代に販売した「もしもし」というアルバムにも収録されている。
デモ音源であることから演奏や歌詞がデビューシングルと異なっており貴重な一曲である。

上京を経てくるりが描く「東京」とはどんな意味が込められているのだろうか。
デモ段階から変化した歌詞も含めて探ってみたいと思う。

「東京」は岸田の予想とは裏腹に大絶賛された

くるりのソングライターである岸田繁は「東京」について

「肩の力を抜いて作った曲なのに、あとに残るようないいもんができたな」

とインタビューで答えている。

東京の街に出て来ました

あい変わらずわけの解らない事言ってます

上京する前の自分と東京の生活を始めた自分は何も変わっていないことを手紙口調で語っている部分。

岸田は「東京」の曲について当時のくるりの音楽とはかけ離れていると感じていた。

しかし周囲のスタッフからは大絶賛される。
岸田は「東京」のカップリング曲として収録されている「尼崎の魚」のほうがくるりらしい音楽だと思っていたという。

東京に出てきたことで、自分自身は変わってはいない。

いままでのくるりの音楽を変えようと思っているわけではない。

そんな気持ちを伝えようとしている歌詞である。

「東京」は所持金500円時代に作られた曲

恥ずかしい事ないように見えますか

駅でたまに昔の君が懐かしくなります

岸田はSNSで

「所持金と口座の残高合わせて500円くらいのときに書いた曲」

と発言。

故郷にいる恋人には東京に行って活躍している姿をみせたいのに、極貧生活を強いられている姿なんて見せられないと気落ちしている場面にも取れる。

雨に降られて彼等は風邪をひきました

あい変わらず僕はなんとか大丈夫です

よく休んだらきっと良くなるでしょう

今夜ちょっと君に電話しようと思った

彼等=他のメンバーや周囲のスタッフと捉える。
よく休んだら=話し合ったらバンドの状況も良い方向へ変わるかもしれないと読み解く。
デビューをしてこの先バンドがどうなっていくのかという不安や演奏面での技術力、でも自分は大丈夫だと思いたい葛藤。
慣れない東京での生活やバンド活動への不安。
それらから逃れるために「君に電話しようと思った」ということだろう。

君がいない事 君と上手く話せない事

君が素敵だった事 忘れてしまった事

まさに恋人と離れた東京で寂しさや不安を表している歌詞である。

デビュー盤の「東京」はデモ段階の歌詞と比べると「君が素敵だった」と過去形になっているのだ。

過去形を用いることで恋人と別れる決意しているようにも捉えられる。

話は変わって今年の夏は暑くなさそう

あい変わらず季節に敏感でいたい

早く急がなきゃ飲み物を買いにゆく

ついでにちょっと君にまた電話したくなった

東京での日常を綴っている。

京都と東京では夏の暑さの種類が違うだろう。

盆地と平野の暑さを語っているのかもしれない。

そんな日常の一場面でふと離れた恋人を思い出している。

岸田はデビューが決まると、いままでの自分を捨てて東京に行きたい気持ちが勝ったと語っている。

憧れだけで上京してみると、苦難が待ち受けていた。
慣れない土地での生活や自分のやりたい音楽ではない曲への絶賛で周囲の意見を受け入れなければならない状況。

自分は故郷にいたときと変わっていないと思っていても、変化を強いられている姿。
それは故郷の恋人に胸を張ってみせられる姿ではない。

新しい生活に慣れてゆく自分。

様々な葛藤や不安の中で思い出される故郷の恋人との関係を表現しているのだろう。

「東京」の歌詞は新しい場所で生きていく決意の気持ちを表していた

君がいるかな 君と上手く話せるかな

まぁいいか

でもすごくつらくなるんだろうな

君が素敵だった事 ちょっと思い出してみようかな

結局、歌詞の主人公は故郷の恋人に電話をかけないのである。

それは「君が素敵だった」と恋人を過去の人物にしている自分がいたからではないだろうか。

岸田はSNSで

「遠く離れた恋人のことがどうでも良くなったような気持ちになって、

すごく不安になったけど、なんだか東京の夜風がそよそよと心を吹き抜けて行ってくれた時、

とてもいい気分になって書いた歌」

と発言している。

デビューが決まって上京したが、いろんな葛藤や不安が襲う。
故郷にいたときの自分の姿のままでいるつもりだが、本当は新しい自分へ進化したいと願っていたのかもしれない。
その中で故郷の恋人との距離や関係性が不安になったけれど、東京という街が受け入れてくれたように感じたことを綴った曲なのではないだろうか。
そして岸田は自分のやりたい音楽の追求から周囲へ溶け込む決意をする。

その決意はのちの活躍を表しており、いまもバンド活動を続け新しい楽曲を生み出しているのだ。

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