SEKAI NO OWARI「RAIN」歌詞の意味を考察|なぜ“雨”が希望になる?『メアリと魔女の花』との関係

SEKAI NO OWARI「RAIN」は、雨、虹、傘、魔法といった幻想的な言葉で彩られた楽曲です。

一見すると、

雨=悲しみや困難
虹=その先に待つ希望

という、比較的わかりやすい応援歌にも聞こえます。

しかし、制作背景を調べると、この曲はそれほど単純ではありません。

Fukaseは「雨」を最初から悪いものとして扱ったのではなく、長く降り続いた雨が、その人の中に何を残したのかを考えて歌詞を書いたことを明かしています。ABEMA TIMES|SEKAI NO OWARIインタビュー

さらに『メアリと魔女の花』の西村義明プロデューサーは、制作途中のSEKAI NO OWARIへ、「誰かに守られるだけで終わるのではなく、自分で立ち、やがて誰かを助けられる人へ」という方向性を伝えていました。スタジオポノック公式ブログ

この背景まで踏まえると、「RAIN」が描いているのは、

「雨が止めば幸せになれる」

という物語ではありません。

むしろ、

「雨に濡れた経験も、誰かに傘を差してもらった記憶も、自分を作った一部になる。そして次の雨では、自分から動けるかもしれない」

という成長の歌なのではないでしょうか。

SEKAI NO OWARI「RAIN」の基本情報

項目内容
楽曲名RAIN
アーティストSEKAI NO OWARI
発売日2017年7月5日
作詞Fukase・Saori
作曲Nakajin・Fukase・Saori
編曲小林武史・SEKAI NO OWARI
収録シングル『RAIN』
タイアップ映画『メアリと魔女の花』主題歌
映画公開日2017年7月8日

SEKAI NO OWARI公式ディスコグラフィーでも、2017年7月5日発売のシングルであり、『メアリと魔女の花』主題歌であることが確認できます。SEKAI NO OWARI公式

作詞・作曲・編曲のクレジットは歌ネットでも確認できます。

「RAIN」は『メアリと魔女の花』のために作られた曲

ここは現記事で特に補強したいポイントです。

「RAIN」は、すでに存在した曲が映画へ使われたのではありません。

『メアリと魔女の花』のために制作された書き下ろし主題歌です。

2016年末、SEKAI NO OWARIのメンバーは米林宏昌監督、西村義明プロデューサーと打ち合わせを行い、映画の重要な場面やストーリーについて説明を受けました。

そこから楽曲制作が始まっています。スタジオポノック公式

SEKAI NO OWARI自身も、主人公メアリの心の動きを空模様になぞらえ、映画を見終わった人がメアリと一緒に一歩を踏み出せるような主題歌を目指したと説明しています。

つまり、「RAIN」を映画と切り離して完全に抽象的な人生論だけで解釈すると、制作意図のかなり重要な部分を失ってしまうのです。

「雨=悲しみ」だけではない

「RAIN」というタイトルを理解するうえで、最も重要なのがここでしょう。

歌の世界では、雨はしばしば悲しみや涙、苦難の比喩として使われます。

実際、米林監督も「RAIN」について、人生には悲しみが突然訪れることがあるという趣旨のコメントをしています。

しかしFukaseが注目したのは、その先でした。

一般的な「雨=ネガティブ」という発想だけではなく、

「長い間心に降っていた雨は、本当に何も残さない悪いものだったのか」

と考えたのです。ABEMA TIMES

ここで「RAIN」の見え方が変わります。

雨はつらい。

濡れたくない。

できれば晴れていてほしい。

それでも、雨が降ったから育ったものもある。

この曲は、悲しみそのものを美化しているわけではありません。

「苦労すれば必ず成長できる」と説教しているわけでもない。

過去の雨を消そうとするのではなく、

「その雨を通ってきた今の自分には、何が残っているだろう」

と問い直している歌なのだと思います。

なぜタイトルは「RAIN」で「RAINBOW」ではないのか

ここからは、公式情報を踏まえた本記事独自の考察です。

この曲では虹も重要なモチーフです。

普通の応援歌なら、雨をつらい時期、虹を成功や幸福として、「雨を乗り越えれば虹が出る」と結論づけてもよさそうです。

ところが「RAIN」は、虹が永遠には残らないことまで見ています。

ここが非常に重要です。

虹は美しいけれど消える。

一方、雨が育てた植物や、その後に咲く花は残る。

つまりこの曲が本当に価値を置いているのは、目に見える「虹」というご褒美よりも、雨によって起こった内側の変化なのではないでしょうか。

だからタイトルも「RAIN」なのだと考えると、とても腑に落ちます。

成功した瞬間より、そこへ至るまでの日々。

笑えるようになった瞬間より、泣いていた時間。

結果よりも、その人を作った経験。

「RAIN」というタイトルには、そんな視点が宿っているように思えます。

「魔法」が解けることは、なぜ悲劇ではない?

冒頭から登場する「魔法」も、『メアリと魔女の花』を知ると意味が大きく変わります。

映画のメアリは、不思議な花によって一時的に魔法の力を手にします。

しかし、物語の核心にあるのは「魔法が使えるようになること」ではありません。

スタジオポノックの西村プロデューサーは、映画が伝えようとしているものについて、魔法という特別な力を失ったときにこそ、自分の中にもともとあった力に気づく物語だと説明しています。スタジオポノック公式ブログ

だから「RAIN」に登場する魔法も、映画との関係では非常に具体的です。

魔法とは、自分を一時的に特別な存在にしてくれる力。

しかし、それは永遠には続かない。

重要なのは、特別な力を失った後にも歩けるかどうかです。

これは映画を離れても成立します。

成功、才能、環境、誰かからの助け。

人生には、自分を一時的に強くしてくれる「魔法」のようなものがあります。

でも、それがなくなったときに残るものこそ、本当の自分なのかもしれません。

「傘を差し出す君」が意味するもの

「RAIN」では傘も非常に重要なモチーフです。

曲の前半では、「僕」は「君」によって雨から守られる側にいます。

現記事ではこの場面を「他人から見える自分と、本当の自分のギャップ」「社会的なマスク」などと解釈しています。

しかし、この読みには公式な根拠がありません。

制作背景を踏まえるなら、もっと素直に、

「君は、つらいときの僕を守ってくれた人」

と読む方が自然です。

誰かから愛情や優しさを受け取ったから、雨の中でも立っていられた。

ただし、傘を差してもらったからといって、それまで雨に濡れたという事実まで消えるわけではありません。

ここに「RAIN」らしさがあります。

助けてもらうことと、傷ついた経験がなくなることは同じではない。

それでも、誰かが隣にいてくれた記憶は残るのです。

「僕」と「君」はメアリとピーターなのか?

『メアリと魔女の花』主題歌であるため、

「僕=ピーター、君=メアリなのでは?」

と考えたくなります。

しかし、そこまで固定しない方がよいでしょう。

SEKAI NO OWARI自身が明言しているのは、「RAIN」がメアリの心を空模様になぞらえた楽曲だということです。スタジオポノック

一方、歌自体は特定の映画キャラクターがそのまま一人称で語るようには作られていません。

つまり、

「映画からメアリの心の動きを受け取って、誰にでも重ねられる“僕と君”の歌へ変換した」

と考えるのが自然でしょう。

「君」が恋人なのか、友人なのか、家族なのかも明示されません。

大切なのは正体ではなく、

「雨の日に自分を守ってくれた存在」

という役割なのだと思います。

ラストで「自分から傘を探す」ことが最大の変化

そして「RAIN」の核心が終盤です。

最初の「僕」は傘を差してもらう人でした。

しかし最後には、次に雨が来たときのため、自分から傘を探しに動き始めます。

この変化は偶然とは考えにくいものがあります。

西村義明プロデューサーは、初期デモを受け取った際のSEKAI NO OWARIへの手紙を公開しています。

その中で求めていたのが、

守られる
→勇気をもらう
→自分で立つ
→いつか誰かを助けられる側になる

という変化でした。

初期デモの段階では「君から優しさをもらった僕」という受け身の状態が強かったため、物語の最後では「僕自身がどうするのか」まで進んでほしい、と伝えていたのです。スタジオポノック公式ブログ

完成版の終わり方は、まさにこの思想と響き合っています。

ここを単に「次の困難に備えて自己防衛する」と解釈するだけでは、少し足りません。

大切なのは「傘」そのものより、

「誰かが動いてくれるのを待つ人から、自分で動く人へ変わった」

ということなのでしょう。

その傘は、自分のため?誰かのため?

ただし、もう一歩慎重に考える必要があります。

完成版の歌詞では、探す傘を誰に使うのかまでは明言されていません。

自分自身を守る傘かもしれない。

大切な誰かと一緒に入る傘かもしれない。

かつて自分がしてもらったように、誰かへ差し出すための傘かもしれない。

制作段階の西村プロデューサーの文章では、「助けてもらった人が、次は誰かに手を差し伸べられる人になる」という方向まで示されています。

そのため、

「自分を守れるようになった」

だけでなく、

「受け取った優しさを、いつか他者へ渡せる人になった」

というところまで読む余地があります。

この「優しさの継承」こそ、「RAIN」を単純な自己啓発ソングと分ける部分ではないでしょうか。

「ファフロツキーズ」とは何?

検索者が特に気になる言葉が「ファフロツキーズ」です。

fafrotskiesとは、本来空から降るはずのない魚やカエルなどが落下してくるような、不思議な現象を表す言葉です。「falls from the skies」に由来します。英辞郎 on the WEB

ただし、

「なぜ『RAIN』でファフロツキーズを登場させたのか」

について、FukaseやSaoriが意味を断定した一次資料は今回確認できませんでした。

したがって、現記事のように「無意識の願望を意味する」「自己探求を象徴する」と断定するのは避けた方がよいでしょう。

ここからは一つの考察です。

「RAIN」では普通の雨も、ファフロツキーズも、どちらも「空から何かが降ってくる」という点でつながっています。

ただし、

雨=現実に起こるもの
ファフロツキーズ=現実離れした異常なもの

という違いがある。

さらに楽曲では、夢と目覚め、魔法と現実も行き来します。

そう考えるとファフロツキーズは、「現実と幻想の境界が揺らぐ場面」を作るための言葉として機能しているようにも思えます。

主人公自身も、そのときの感情にうまく名前を付けられません。

普通の言葉では説明できない気持ちだからこそ、「普通ではない雨」の夢が登場する。

そう読むと、SEKAI NO OWARIらしい幻想性と、メアリの魔法世界が自然につながります。

ただし、これはあくまで歌詞構造からの考察として分けておくべきでしょう。

1番をFukase、2番をSaoriが書いている

「RAIN」は歌詞の制作方法も興味深い楽曲です。

インタビューによると、最初にFukaseがコンセプトを作り1番を書き、その後2番をSaoriが担当しました。

Saoriは、Fukaseが作ったコンセプトへ合わせて書く作業が難しかったことも振り返っています。ABEMA TIMES

2番では、かつて自分自身と向き合えなかった状態が、すでに遠い過去になりつつあることが描かれます。

ここで歌は単なる「今つらい」という状態から、「以前の自分と今の自分を比べられるところまで来た」という時間軸へ進みます。

雨が止んだから突然別人になったわけではありません。

振り返ったとき、自分がすでに少し変わっていたことに気づく。

この静かな成長は、映画のメアリともよく重なります。

サウンドも『メアリと魔女の花』と一緒に作られた

映画との関係は歌詞だけではありません。

Nakajinによれば、最初に米林監督から楽曲が流れる場面を聞いたとき、歌とピアノから始まるイメージが浮かび、そこからデモ制作を開始。

Fukaseが別セクションのアイデアを持ち込み、さらにSaoriがサビを磨くなど、メンバー同士で楽曲を組み上げていきました。リットーミュージック

さらに映画の劇伴でも使われているハンマーダルシマーを、主題歌にも取り入れています。

これは映画制作側からの要望でした。

つまり「RAIN」は、

「セカオワの曲を映画の最後に置いた」

というより、

「映画制作チームとSEKAI NO OWARIが一緒に世界観を作った曲」

と表現した方が近いのです。

Nakajin自身も、何度もスタジオポノックを訪れ、映画制作チームの一員のような気持ちで制作したと振り返っています。

「RAIN」が本当に伝えていること

「RAIN」は、よくある「苦しいことのあとには必ず良いことがある」というだけの応援歌ではありません。

なぜなら、この曲は「もう雨は降らない」で終わらないからです。

未来にも、また雨は来る。

悲しいこともある。

自信をなくす日もある。

大切なものを失うこともある。

それでも、以前の自分とは違う。

一度雨に濡れたことがある。

誰かに傘を差してもらったことがある。

雨のあとに何かが育ったことも知っている。

だから次は、自分で傘を探しに行ける。

ここに「RAIN」の希望があります。

希望とは「これからずっと晴れること」ではない。

「また雨が降っても、自分はもう一度歩き出せると知っていること」。

そう考えると、この曲のタイトルが「RAIN」である理由も見えてきます。

虹はいつか消える。

魔法もいつか終わる。

でも、その時間を通って変わった自分までは消えません。

雨をなくす歌ではなく、

雨とともに生きられる人へ変わっていく歌。

それこそが、SEKAI NO OWARI「RAIN」の本当の美しさなのではないでしょうか。

よくある質問

SEKAI NO OWARI「RAIN」は何の主題歌?

2017年公開、米林宏昌監督のアニメーション映画『メアリと魔女の花』の主題歌です。映画のために書き下ろされました。スタジオポノック

「RAIN」の雨は悲しみを意味する?

悲しみや困難と重なる部分はありますが、それだけではありません。Fukaseは、雨を単純なネガティブ表現として扱わず、その雨によってメアリの中に何が生まれたのかを考えて制作しています。

ファフロツキーズとは?

魚やカエルなど、本来空から降るはずのないものが降ってくる不思議な現象を指します。ただし、「RAIN」の中で何を象徴するかについて公式な説明は確認できないため、断定は避けるべきです。

「僕」と「君」はメアリとピーター?

公式にはそのような対応関係は明言されていません。「RAIN」はメアリの心を空模様に重ねた曲ですが、歌詞自体は誰にでも重ねられる「僕」と「君」の関係として描かれています。

最後に傘を探す意味は?

最初は誰かから守られていた「僕」が、自分から行動する人へ変化したことを示していると考えられます。制作時にも、受け身から能動へ進むことが重要なテーマとして映画側から提示されていました。

「RAIN」の歌詞は誰が書いた?

作詞クレジットはFukaseとSaoriです。インタビューでは、1番をFukase、2番をSaoriが担当したことが語られています。ABEMA TIMES

参考資料

この記事を書いた人
yuya
yuya

運営者:yuya
担当:記事の企画・執筆・編集・事実確認
運営開始:2021年
主なテーマ:邦楽の歌詞考察・楽曲解説

当サイトを運営しているyuyaです。

音楽作品には、言葉だけを追ったときには見えなかった感情や物語が隠れていることがあります。

記事を執筆する際は、一部分の歌詞だけで結論を出すのではなく、楽曲のタイトル、歌詞全体の流れ、語り手の視点、曲調、ミュージックビデオ、アーティストの公式コメントなどを可能な範囲で確認しています。

作者の意図を一方的に決めつけるのではなく、「このように読むこともできる」という視点を提示することを大切にしています。

yuyaをフォローする
SEKAI NO OWARI