キタニタツヤの楽曲「ユーモア」は、2023年公開の映画『四月になれば彼女は』の主題歌として書き下ろされた楽曲です。一見して淡々とした日常描写で構成されるこの歌詞には、深く繊細な感情の断片が巧みに織り込まれており、「ユーモア」というタイトルが持つ意味もまた多層的に機能しています。
この記事では、「ユーモア/キタニタツヤ」の歌詞を丁寧に読み解きながら、その意味や背景、作品が伝えようとしているテーマについて考察していきます。特に、文学的要素や映画との関連にも触れつつ、楽曲の奥深さに迫ります。
歌詞全体の構造と冒頭~サビまでの流れ
「ユーモア」の歌詞は、日常のワンシーンを切り取ったような描写から始まります。
冒頭の「冷蔵庫の音が 部屋を支配している」という一節は、静けさや孤独を強調するものであり、視覚ではなく聴覚を使った描写が印象的です。
そこから徐々に、自分と「君」の関係、過去と現在の乖離が描かれていきます。
特徴的なのは、感情を直接的に語らない表現方法。代わりに、何気ない描写の中に「喪失」や「愛しさ」が染み込んでいます。
サビでは「僕らはユーモアで 涙を覆っている」という印象的なフレーズが登場。ここで一気に楽曲のテーマが明らかになります。
ユーモア=冗談=誤魔化し、とも取れるこの言葉の選び方に、表現者キタニタツヤのセンスが光ります。
「ユーモア」というタイトルの意味と二重構造
タイトルにもなっている「ユーモア」という言葉は、この楽曲の中心的なテーマと言えます。
表面的には軽やかさや笑いを意味するユーモアですが、この曲では「悲しみを包むための皮肉」として機能しています。
たとえば、「抱きしめあえない星座たち」という表現では、本来なら結ばれない関係性や距離感を、夜空というロマンティックな比喩に置き換えています。
このように、悲しみや切なさを“美しく包む”技術としての「ユーモア」が全編に漂っているのです。
また、英語の “humor” には「体液」や「気質」といった古代的な意味もあり、人間の内面に根ざした感情のバランスを示す言葉でもあります。
感情の流れを整える役割としてのユーモア——それがこの楽曲の深層にあるのかもしれません。
日常的な描写に潜む “喪失” と “記憶” のテーマ
歌詞中には、特に強い感情や衝動的な言葉は使われていません。
その代わりに、何気ない「生活音」や「家具」「照明」といったモチーフが頻繁に登場します。
これは、かつて誰かと過ごしていた時間を今なお“日常”に見出してしまう様子を描いています。
つまり、形のない「記憶」が今も部屋に染み付いていることを暗示しているのです。
喪失とは、ある日突然すべてが消えることではなく、「あるはずのものがない」と日々の中で気づいてしまう体験。
キタニはその感情を、過剰な表現を一切排しながら、静かに、しかし確かに描いています。
映画主題歌としての背景:ゆきてかへらぬ/中原中也の文学との関連
この楽曲は、映画『四月になれば彼女は』の主題歌として書き下ろされました。
映画そのものが「失われた愛」と「記憶」をテーマにしており、キタニの楽曲はまさにそれと重なります。
また、映画の原作小説の中では詩人・中原中也の詩「ゆきてかへらぬ」が重要なモチーフとして引用されています。
この詩は「失われたものへの追悼」とも言える内容であり、「ユーモア」の歌詞にも同様のニュアンスが流れています。
文学的な深みと映像的な繊細さ、それに音楽が加わることで、本作はより多層的なメディア作品となっているのです。
歌詞のキーフレーズ解釈:冷蔵庫の音/抱きしめあえない星座たち など
最後に、歌詞の中でも特に象徴的なフレーズについて考察します。
- 冷蔵庫の音:他に何も聞こえない空間=孤独。無機質な音が、感情の不在を際立たせる。
- 抱きしめあえない星座たち:交わることのない2人。遠くからお互いを見つめることしかできない関係性。
- 君のいない日々の中で僕は君を育ててる:実在の君ではなく、記憶や幻想の中での“君”が育っていくという皮肉。
これらのフレーズは、ひとつひとつが詩的でありながら、リアルな情景として脳裏に浮かびます。
感情を過剰に語らずとも、読み解くことでその深さに触れることができるのが、キタニタツヤの歌詞の魅力です。
【Key Takeaway】
「ユーモア/キタニタツヤ」は、静かな日常の描写を通じて「喪失」と「記憶」を浮かび上がらせる極めて文学的な楽曲です。
タイトルの「ユーモア」は、感情の緩衝材であり、時に悲しみを包み隠す皮肉のような存在。
歌詞に散りばめられた比喩や象徴は、深い読み解きによってこそ本質が見えてきます。
映画との親和性も高く、あらゆる角度から味わい尽くすことのできる一曲です。

 
  
 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      
