ねぐせ。「愛してみてよ減るもんじゃないし」歌詞の意味を考察|“恋人じゃなくていい”に隠れた諦めと執着

ねぐせ。の「愛してみてよ減るもんじゃないし」は、好きな相手を振り向かせようとする女の子の気持ちを、軽快なバンドサウンドに乗せて描いた楽曲です。

一見すると、恋に夢中な主人公のかわいらしい姿を歌ったラブソングに聴こえるかもしれません。

しかし、歌詞を丁寧に追っていくと、二人は恋人同士ではないことが分かります。

一緒に眠るほど身体の距離は近いのに、心の距離は縮まらない。主人公は相手の言動に期待しながらも、自分が本命ではない可能性に気づいています。

それでも関係を終わらせられないのは、なぜなのでしょうか。

この記事では、「愛してみてよ減るもんじゃないし」というタイトルの意味や二人の関係、主人公が抱えている執着、そして明るい曲調に隠された切なさを考察します。

ねぐせ。「愛してみてよ減るもんじゃないし」とは?

「愛してみてよ減るもんじゃないし」は、2023年4月12日に配信リリースされた、ねぐせ。のデジタルシングルです。

作詞・作曲は、ギターボーカルのりょたち。編曲は、ねぐせ。と江口亮が担当しています。

2024年2月14日に発売された1stフルアルバム『ファンタジーな祝日を!!!』にも、2曲目として収録されました。ねぐせ。公式ディスコグラフィ、ソニーミュージック公式アルバム情報

公式に紹介された歌詞の設定は、好きなのに叶わない、少しこじらせた恋心を抱える女性の視点です。

ポップな言葉遣いと親しみやすいメロディの中に、現代の曖昧な恋愛関係が持つ苦しさが閉じ込められています。

タイトル「愛してみてよ減るもんじゃないし」の意味

タイトルには、主人公の強気な態度と弱気な本音が同時に表れています。

「愛してほしい」と真正面から頼むのではなく、「試しに愛してみて」と軽く持ちかけているのが重要です。

さらに、「減るものではない」と付け加えることで、愛することに大きな責任は必要ないと相手を説得しようとしています。

表面的には、堂々とした恋の誘いに見えるでしょう。

しかし、本当に自信があるなら、相手に愛の負担が小さいことを説明する必要はありません。断られるのが怖いからこそ、主人公は冗談のような言い方で気持ちを差し出しているのです。

つまり、このタイトルは強気な告白ではありません。

相手に拒絶されないよう、自分の願いをできるだけ小さく見せた、切実な交渉の言葉なのではないでしょうか。

身体は近いのに恋人にはなれない二人

歌詞の冒頭で描かれるのは、主人公が好きな相手の隣で眠っている場面です。

二人は、ただ遠くから思い続けるだけの関係ではありません。家で一緒に過ごし、互いの呼吸を感じられるほど近くにいます。

ところが、二人の関係には明確な名前がありません。

主人公は相手のそばにいられることに幸せを感じながらも、そこに恋人としての約束がないことを理解しています。

この曲の苦しさは、会えないことではなく、会えてしまうことにあります。

完全に拒絶されれば諦められるかもしれません。しかし相手は会うことを拒まず、ときには自分から誘ってくる。その小さな好意が、主人公に「いつか本当に愛されるかもしれない」という期待を抱かせます。

相手にとっては気軽な関係でも、主人公にとっては恋の途中なのです。

スマートフォンの通知に支配される恋

主人公の日常は、相手からの連絡によって大きく揺れ動いています。

返信が来るかどうかを気にし、すぐに既読がつくことを期待し、会えない時間にも相手のことで頭がいっぱいになる。

本来、スマートフォンは離れた人同士をつなぐための道具です。しかしこの曲では、二人の心の距離を可視化する装置になっています。

連絡が来ればうれしい。来なければ不安になる。

返信が早ければ期待し、遅ければ嫌われた理由を探してしまう。主人公の気持ちは、自分ではなく相手の反応によって決められています。

さらに、枕越しに見えたメッセージから、相手には自分以外の誰かがいる可能性も示されます。

主人公は、関係の危うさに気づいていないわけではありません。むしろ、気づいているからこそ苦しんでいるのです。

駆け引きをするほど相手から離れられなくなる

主人公は、相手を振り向かせるためにさまざまな方法を試しています。

あえて距離を置いたり、服装や髪型を相手の好みに近づけたり、自分から関係を動かそうとしています。

一見すると積極的な行動ですが、その中心にあるのは自分の希望ではありません。

何を着たいかではなく、相手が何を好むか。いつ会いたいかではなく、相手からいつ連絡が来るか。主人公の生活は、少しずつ相手を基準にして組み替えられていきます。

恋をかなえるための努力だったはずが、努力を重ねるほど本来の自分が見えなくなってしまうのです。

また、距離を置くという行動も、相手を忘れるためではありません。自分が離れたときに相手が追いかけてくれるかを確かめるための駆け引きです。

離れようとする行動さえ、相手への執着を深める結果になっています。

「恋人でなくてもいい」は本心なのか?

歌詞の後半で、主人公は恋人という立場にこだわらず、今だけでも相手のそばにいたいと願うようになります。

しかし、これは本当に望んでいる関係なのでしょうか。

主人公は、相手からはっきり愛されたいと思っています。だからこそ、言葉や連絡の一つひとつに期待し、自分を相手の好みに変えようとしてきました。

恋人にならなくてもよいという言葉は、本心というより、関係を失わないために下げた条件だと考えられます。

欲しいものを諦めたのではありません。

「恋人になりたい」と伝えて拒絶されるよりも、曖昧なままそばにいる方を選んだのです。

今だけ楽しい時間を過ごせればよいと自分に言い聞かせながら、本当はその「今」がいつまでも続くことを願っています。

“夢”が表す幸せと自己欺瞞

この曲では、二人で過ごす時間が現実離れした夢のようなものとして描かれています。

主人公にとって、相手の隣で眠る時間は確かに幸せです。しかし、その幸せが長く続かないことも分かっています。

夢は心地よい一方で、いつか必ず目を覚まさなければなりません。

主人公は、二人の関係に未来がない可能性や、自分以外の相手の存在に気づきながら、それを正面から確かめようとはしません。

真実を知れば、この夢が終わってしまうからです。

そのため主人公は、相手にだまされているだけではなく、自分からも現実を見ないようにしています。

この曲が描いているのは、恋によって判断力を失った人というより、現実を理解したうえで、それでも幸せな錯覚を手放せない人なのです。

明るい曲調が主人公の痛みを隠している

物語だけを取り出せば、「愛してみてよ減るもんじゃないし」はかなり切ない楽曲です。

主人公は愛されている確信を持てず、連絡を待ち、相手に合わせながら、曖昧な関係にしがみついています。

それでも、楽曲全体には重苦しい悲壮感がありません。

弾むようなリズムや軽やかなギター、勢いのあるベースによって、恋をしているときの高揚感が前面に押し出されています。

この明るさは、単に歌詞と反対の雰囲気を作っているのではないでしょう。

主人公自身が、関係の苦しさを恋の楽しさで覆い隠しているのです。

不安や嫉妬を抱えていても、相手から連絡が来れば一瞬でうれしくなる。傷ついているはずなのに、会えると思うと心が弾んでしまう。

曲調と歌詞のずれは、理性ではやめた方がよいと分かっていても、感情が止まらない恋の状態そのものを表しています。

MVが描く「もてあそばれる恋」

公式MVでは、歌詞の世界が男女の日常を描いたドラマとして表現されています。

女性を森下愛里沙、相手の男性を朝倉滉生が演じ、監督は映像作家のnesuが担当しました。

公開時の記事では、男性は女性の気持ちをもてあそぶ人物として紹介され、映像の最後には関係の見え方を変える展開が用意されていると説明されています。BARKS

MVによって強調されるのは、主人公が一方的に思い込んでいる恋ではないという点です。

男性側も、主人公が自分に好意を持っていると分かったうえで、期待を完全には否定しません。近づきすぎず、しかし離れてもいかない態度が、主人公を関係の中にとどめています。

この曖昧さこそが、二人の恋を長引かせている原因なのでしょう。

「愛してみてよ減るもんじゃないし」が伝えるもの

この曲は、単純に「悪い男性に振り回される女性」を描いた歌ではありません。

主人公は相手の態度に問題があることも、自分が真剣になりすぎていることも理解しています。それでも、好きという気持ちだけは理屈で止められません。

タイトルでは、愛しても何も減らないと訴えています。

けれども、曖昧な関係を続けるなかで、主人公の時間や自信、自分らしさは少しずつ削られています。

愛は減らないのかもしれません。

しかし、愛されるのを待ち続けることで、自分自身が減ってしまうことはあるのです。

明るくかわいらしい言葉の奥に、そんな恋愛の危うさが隠されているからこそ、この曲は同じような関係に悩んだ経験を持つ人の心に深く刺さるのでしょう。

まとめ

ねぐせ。「愛してみてよ減るもんじゃないし」が描いているのは、恋人ではない相手を本気で好きになり、曖昧な関係から抜け出せなくなった主人公の物語です。

相手のそばにはいられる。しかし、愛されている確信はない。

主人公は現実に気づきながらも、関係を失うことを恐れ、自分の願いを小さくして相手の隣に残ろうとします。

だからタイトルの言葉は、強気な告白であると同時に、これ以上拒絶されたくない主人公の最後のお願いでもあります。

ポップなサウンドに包まれているのは、恋の楽しさだけではありません。

やめた方がよいと分かっていても、相手からの連絡を待ってしまう。そんな理性と感情のずれを、ねぐせ。は軽やかで切実なラブソングとして描いているのです。

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