銀杏BOYZ「BABY BABY」歌詞の意味を考察|19歳の峯田和伸が“妄想”で描いた純愛

銀杏BOYZの代表曲として長く歌われている「BABY BABY」。

とてもまっすぐなラブソングですが、歌詞だけを読んでいると不思議なことがあります。

主人公は「君」を激しく求めているのに、二人が現実に恋人同士だったことを示す具体的な場面がほとんどないのです。

二人が近づくのは夢の中。

目が覚めれば、主人公は一人です。

その理由を考えるうえで、決定的ともいえる本人発言があります。

峯田和伸は2022年、「BABY BABY」を19歳ごろに作った当時、女性との交際経験がなく、妄想によって書いた曲だったと明かしています。

さらに現在では同じような曲を書こうとしても難しいとして、当時の作品について「純度だけがものすごく高い」と振り返りました。U-NEXT/PR TIMES

つまり「BABY BABY」は、

「昔の恋人との思い出を歌った失恋ソング」

として読むより、

「まだ経験したことのない“誰かを愛すること”を、19歳の青年が想像力だけで極限まで膨らませた歌」

と考えた方が、制作背景に近いのです。

この事実を知ると、夢、月、幻想、そして「永遠」という大げさなほど大きな言葉まで、一本につながって見えてきます。

「BABY BABY」の基本情報|原曲は銀杏BOYZではなくGOING STEADY

まず押さえておきたいのが、この曲の来歴です。

項目内容
楽曲名BABY BABY
作詞・作曲峯田和伸
初出名義GOING STEADY
初出「星に願いを / BABY BABY」
初出発売日2000年8月25日
アルバムGOING STEADY『さくらの唄』
『さくらの唄』発売2001年7月6日
銀杏BOYZ版収録『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』
銀杏BOYZ版発売2005年1月15日
銀杏BOYZ版収録位置9曲目

「BABY BABY」は銀杏BOYZの曲として広く知られていますが、最初に世へ出たのはGOING STEADY時代です。

「星に願いを」とのシングルとして2000年8月25日に発表され、翌2001年の2ndアルバム『さくらの唄』にも収録されました。Apple Music歌ネット・GOING STEADY版

GOING STEADY解散後、2005年1月15日発売の銀杏BOYZ『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』にも9曲目として収録されています。銀杏BOYZ公式サイト

したがって、

「2005年の銀杏BOYZの新曲」

として説明するのも正確ではありません。

そのさらに前、19歳ごろの峯田和伸から生まれた歌なのです。

結論|「BABY BABY」は何を歌った曲なのか

本記事では「BABY BABY」を、

「恋愛をまだ知らない青年が、“いつか誰かをこれほど愛せたら”という感情を想像し、その想像の中で永遠の愛にまで到達してしまった歌」

と解釈します。

だから、この曲には普通の恋愛ソングにあるような情報がありません。

いつ出会ったのか。

付き合っているのか。

なぜ離れているのか。

別れたのか。

そうした事情がほとんど説明されない。

あるのは、

「君が途方もなく愛しい」

という感情だけです。

言い換えれば、ストーリーを極限まで削り、恋をしたときの衝動だけを残した歌。

これこそ、後年の峯田が語った「純度」の正体ではないでしょうか。

「BABY BABY」は失恋ソングなのか?

歌詞には、相手を思い出して苦しくなる主人公や、夢から覚めたあとに涙を流す姿があります。

そのため、

「別れてしまった恋人を思う失恋ソング」

と解釈したくなります。

しかし、二人が過去に交際していたとは書かれていません。

むしろ制作背景を考えると、安易に失恋の実体験へ結びつけない方がよいでしょう。

峯田本人が「女性と付き合った経験がなかった19歳ごろ」に妄想によって書いたと説明しているからです。U-NEXT/PR TIMES

もちろん、現実に好きな女の子がいた可能性まで否定する必要はありません。

しかし少なくとも、

「恋人との別れを経験し、それをそのまま歌詞にした」

という曲ではない。

ここが非常に重要です。

主人公が苦しいのは、失ったからとは限りません。

そもそも手に入っていない。

近づきたいのに近づけない。

だからこそ、現実で叶わない距離を「夢」が埋めている、と考えることもできます。

なぜ「君」は現実の女性以上に眩しく描かれるのか

冒頭で面白いのが、街の電飾と「幻想」を意味する言葉が韻によって結び付けられていることです。

つまり、現実の街を見ているはずなのに、「君」を思った瞬間から風景が幻想へ変わっていく。

主人公にとって「君」は、一人の人間であると同時に、ほとんど夢そのもののような存在になっています。

これは峯田本人が語った「妄想」という制作背景とも非常によく重なります。

まだ恋人として生活したことがない。

相手の嫌な部分も知らない。

すれ違いや倦怠期も経験していない。

だから想像の中の恋は、どこまでも美しくできる。

現実の人間には欠点があります。

しかし想像の中の「君」には限界がない。

「BABY BABY」の異様なまでのまっすぐさは、恋愛経験の豊富な人物がたどり着いた達観ではなく、むしろ恋愛を知らなかったからこそ生み出せた純粋さだったのでしょう。

シュークリームに深い象徴を求めなくてもいい

歌詞では、甘い菓子の名前と「最高・至高」を意味する英単語が韻を踏むように並べられています。

ここも無理に、

「シュークリームは○○の象徴」

と深読みする必要はないと思います。

むしろ重要なのは音です。

街の風景から幻想へ。

甘い食べ物から「最高の君」へ。

意味だけでは直接つながらない言葉が、音の気持ちよさによって飛躍していく。

この飛躍そのものが、恋をした頭の中に似ています。

恋をすると、普段なら関係のないものまで好きな人へつながることがあります。

街の光を見ても思い出す。

甘いものを食べても思い出す。

何を見ても「君」になる。

「BABY BABY」は論理的なストーリーより、そんな恋愛時の連想を音で作っている歌ともいえるでしょう。

「月面のブランコ」は何を意味する?

現記事では「月面のブランコ」を、

「不安定な恋愛関係の象徴」

として解釈しています。

可能性の一つではありますが、そこまで限定する根拠はありません。

むしろ直前から続く流れを見ると、「現実にはない夢の風景」と考えた方が自然です。

街にいたはずなのに、いつの間にか月へ行く。

そして夢の中では、二人は現実の身体の制約からも解放されている。

ここでは論理が消えています。

しかし、それこそ夢です。

そして「恋愛経験がなかった時期に妄想で書いた」という本人発言を知ると、さらに面白くなります。

この曲そのものが、一種の夢なのです。

現実ではまだ経験していない恋を想像し、

誰かと手をつなぎ、

誰かを愛し、

誰かに愛され、

永遠まで考えてしまう。

だから月面という現実離れした場所は、「二人の関係が不安定」というネガティブな象徴よりも、

「想像力だけならどこへでも行ける恋」

を視覚化した風景として読むことができます。

夢の中では近づける。でも目覚めれば一人

この曲で最も重要なのは、「夢」と「現実」の落差でしょう。

夢の中では二人の距離がなくなる。

ところが目覚めた瞬間、その幸福は消えます。

そこで主人公は泣く。

これだけで、二人の現実に距離があることは伝わります。

ただし、その理由は示されません。

片思いなのかもしれない。

遠く離れているのかもしれない。

架空の理想の恋人なのかもしれない。

そこを説明しないのが「BABY BABY」の強さです。

大切なのは、

「夢の中でしか実現できないほど会いたい」

という感情そのものだからです。

そして銀杏BOYZ版では最後に、夢の中でどれほど相手を求めていたかを、その相手自身は知らないという趣旨の独白まで置かれます。歌ネット・銀杏BOYZ版

つまり主人公の内部では巨大な恋が起きているのに、「君」はその大きさを知らない。

ここにも片思いに近い非対称性があります。

「君を愛したい」だけではなく「自分も愛されたい」

サビにはもう一つ重要な変化があります。

最初は主人公側から相手を抱きたいという願い。

しかし、その後には自分の方も相手から抱いてほしいという願いが出てきます。

これは小さいようで大きな違いです。

主人公は、

「君を一方的に守ってあげたい」

と格好よく振る舞っているわけではありません。

自分も寂しい。

自分も触れてほしい。

自分も愛してほしい。

愛する側であると同時に、愛されることを激しく必要としている。

だから「BABY BABY」は、立派な愛について歌った曲ではありません。

もっと幼く、不器用で、切実です。

その未完成さこそが、19歳の峯田和伸が後年「純度」と表現したものなのではないでしょうか。

なぜ「永遠」が突然登場するのか

この曲では、わずかな恋愛描写から突然「永遠」という途方もなく大きなテーマへ飛躍します。

普通なら少し大げさです。

まだ相手との具体的な生活すら描いていないのに、もう永遠を考えている。

しかし、そこがまさに「BABY BABY」なのでしょう。

恋愛経験を積んだ大人なら、

「人の気持ちは変わる」
「恋愛だけでは生きられない」
「永遠なんて簡単には言えない」

という現実を知っています。

ところが、この曲を書いたのはまだそうした現実を十分経験していない青年でした。

だから愛の想像は途中で止まりません。

好きになる。

一緒にいたい。

離れたくない。

それなら、ずっと一緒にいたい。

それなら、永遠に生きたい。

非常に単純です。

しかし単純だからこそ強い。

さらに面白いのは、「永遠に生きる」と断定せず、それが可能なのかを問いかける形になっていることです。

永遠を願う自分と、人間が永遠には生きられないこと。

その矛盾を主人公自身もどこかで感じている。

だから明るく大きなサビなのに、曲の底には最初から切なさが流れているのです。

なぜ歌詞がこれほど短く、同じサビを繰り返すのか

「BABY BABY」には、一般的な恋愛ソングのような物語上の展開がほとんどありません。

出会い。

デート。

喧嘩。

別れ。

再会。

そうした出来事を次々に描く曲ではない。

短いイメージの連続のあと、大きなサビが繰り返されます。

これは欠点ではありません。

むしろ、

「事情なんてどうでもいい。ただ君が愛しい」

という曲だからこそ、この単純さが生きます。

物語を詳しく書けば書くほど、それは「ある特定の二人の恋」になります。

ところが「BABY BABY」は背景を書かない。

だから聴いている人が、自分自身の「君」をそこへ入れられる。

これが25年以上たっても曲が古びにくい理由の一つではないでしょうか。

19歳の妄想が、なぜ大人になった峯田にも歌えるのか

興味深いのは、峯田自身も年齢を重ねながら「BABY BABY」を歌い続けていることです。

2019年の『音楽と人』の鼎談で、峯田はこの曲について、年月がたつと同じ曲でも色が変わると語っています。

作った19歳には戻れない。

それでも歌えば、当時の景色が浮かぶことがある。

そんな趣旨の発言をしています。音楽と人

ここが面白いところです。

19歳の峯田が想像した「永遠」を、40代になった峯田も歌っている。

人間は永遠には19歳でいられません。

恋愛観も変わります。

バンドも変わる。

聴いているファンも年を取る。

それでも曲だけは同じ言葉を繰り返す。

すると「永遠」というテーマそのものを、「BABY BABY」という曲が時間をかけて体現していくことになります。

GOING STEADYから銀杏BOYZへ——曲そのものが時間を越えた

「BABY BABY」が特別なのは、一つのバンドの時代だけに閉じなかったことです。

2000年にGOING STEADYとして発表。

2001年に『さくらの唄』へ収録。

GOING STEADYは2003年1月15日に解散します。UK.PROJECT

それでも曲は終わらず、2005年には銀杏BOYZ名義で再び作品に収録されました。銀杏BOYZ公式

「永遠」を願った19歳の歌が、バンドの解散という明確な「終わり」まで乗り越えて歌われ続けたわけです。

これは偶然とはいえ、曲のテーマと非常によく響き合います。

ドラマ『恋仲』で「BABY BABY」が使われた意味

2015年にはフジテレビ系月9ドラマ『恋仲』でも印象的に使用されました。

第1話では、福士蒼汰演じる葵と本田翼演じるあかりが高校時代にイヤホンを分け合って聴く曲として登場。

第2話では、7年ぶりに再会した二人の距離が縮まる場面で世武裕子によるカバーバージョンが流れています。マイナビニュース

しかも、この縁から峯田本人が最終回にゲスト出演しました。

制作時には想像だけだった19歳の恋の歌が、15年後にはテレビドラマで若者の恋を結び付ける歌になった。

これも「BABY BABY」が特定の実話に縛られていないからこそ可能だった使われ方でしょう。

映画『バースデーカード』にも使用

2016年公開の映画『バースデーカード』でも、「銀河鉄道の夜」とともに「BABY BABY」が劇中で使用されています。

吉田康弘監督は、社会や学校で傷つき閉じこもった少女を音楽が支える設定について触れ、銀杏BOYZの純粋さと楽曲の躍動感が登場人物の心情に重なったと説明しています。Skream!

ここでもキーワードは「純粋さ」です。

峯田自身が後年語った「純度」と、映画監督が感じた銀杏BOYZの「純粋性」。

別々の発言ですが、「BABY BABY」が長く愛される理由をよく表していると思います。

「BABY BABY」は“恋愛を知らなかったから書けた恋愛歌”

ここまで踏まえると、この曲最大の魅力は逆説的です。

恋愛を知っているから書けたのではない。

まだ知らなかったから書けた。

現実の恋愛を知れば、もっと複雑になります。

相手にも都合がある。

好きな人にも欠点がある。

一緒にいれば喧嘩もする。

気持ちはいつか変わるかもしれない。

それでも19歳の主人公の想像には、そんなブレーキがありません。

君が好き。

君に会いたい。

触れたい。

触れてほしい。

永遠でありたい。

それだけ。

現実性という尺度なら「机上の空論」かもしれない。

しかし芸術としては、現実を知らないからこそ抽出できた感情があります。

恋愛のノウハウでもなければ、人間関係についての教訓でもない。

恋がまだ現実に汚される前の、

「誰かを好きになるって、きっとこんなにすごいことなんだ」

という憧れそのもの。

それが「BABY BABY」なのではないでしょうか。

「BABY BABY」が今も青春の歌であり続ける理由

青春とは必ずしも年齢ではありません。

まだ経験していないことを、途方もなく素晴らしいものだと信じられる時間。

その意味では、「BABY BABY」は青春そのものです。

19歳の峯田和伸は、まだ経験していない恋を想像した。

その想像の中では街まで輝き、月へ行き、夢の中で二人は現実の制約から自由になる。

そして、ついには永遠まで望んでしまう。

冷静に考えれば大げさです。

でも恋をする前の人間にとって、恋はそれくらい大きなものなのかもしれません。

だからこの曲を聴いた人は、自分自身の十代や初恋だけを思い出すのではない。

「こんなふうに誰かを好きになれたらいい」

という、まだ失っていない自分の感情に触れる。

それこそが、GOING STEADYから銀杏BOYZへ、そして時代を越えて「BABY BABY」が歌われ続ける理由なのだと思います。

「BABY BABY」は、経験を語った恋愛歌ではありません。

経験する前に夢見た恋愛を、そのまま音楽にしてしまった歌です。

だから現実よりも美しく、現実よりも大げさで、現実よりも純粋なのです。

よくある質問

「BABY BABY」は銀杏BOYZとGOING STEADY、どちらの曲?

最初に発表したのはGOING STEADYです。2000年8月25日の「星に願いを / BABY BABY」で発表され、2001年の『さくらの唄』にも収録。その後、2005年に銀杏BOYZ『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』にも収録されました。

「BABY BABY」は何歳のときに作られた?

峯田和伸本人が19歳ごろに作った曲だと複数の場で語っています。音楽と人

実体験を歌った曲?

少なくとも恋人との実体験をそのまま描いた曲ではありません。峯田は、当時は女性との交際経験がなく、妄想によって書いたと明かしています。U-NEXT/PR TIMES

失恋ソング?

失恋として聴くことはできますが、二人が交際して別れたとは明言されていません。制作背景まで考えれば、届かない相手への憧れや、まだ見ぬ恋愛を想像した歌と読む方が自然です。

「月面のブランコ」の意味は?

峯田本人が特定の象徴として解説した一次資料は確認できません。本記事では、不安定な恋愛関係の象徴と断定せず、夢・妄想によって現実から離れていく歌全体のイメージの一つとして解釈しました。

ドラマ『恋仲』で使われた?

はい。2015年の『恋仲』第1話で使用され、第2話では世武裕子によるカバーも使われています。マイナビニュース

参考資料

この記事を書いた人
yuya
yuya

運営者:yuya
担当:記事の企画・執筆・編集・事実確認
運営開始:2021年
主なテーマ:邦楽の歌詞考察・楽曲解説

当サイトを運営しているyuyaです。

音楽作品には、言葉だけを追ったときには見えなかった感情や物語が隠れていることがあります。

記事を執筆する際は、一部分の歌詞だけで結論を出すのではなく、楽曲のタイトル、歌詞全体の流れ、語り手の視点、曲調、ミュージックビデオ、アーティストの公式コメントなどを可能な範囲で確認しています。

作者の意図を一方的に決めつけるのではなく、「このように読むこともできる」という視点を提示することを大切にしています。

yuyaをフォローする
銀杏BOYZ