失恋したあと、相手そのものよりも先に「一緒にいた頃の日常」を思い出してしまうことがあります。
料理の仕方。
冷蔵庫の中身。
部屋の汚れ。
いつも届いていた荷物。
My Hair is Bad「パスタに涙」が描いているのは、そんな生活の隅々に残った恋人の痕跡から逃げられない主人公です。
主人公は、空腹ではないのに食べ続けます。
そして、自分で作ったパスタから別れた相手を思い出してしまう。
つまりこの曲で失われたのは、単に「恋人」だけではありません。
二人で作っていた生活そのものが、突然なくなってしまった。
だから主人公は、一人になった部屋で以前と同じように暮らそうとしても、何をしても相手の存在へたどり着いてしまうのでしょう。
本記事では「パスタに涙」の歌詞に込められた意味を、過食、パスタ、郵便物、水、花、汚れていく部屋といったモチーフから考察します。
- My Hair is Bad「パスタに涙」とは
- 結論|「パスタに涙」は“君がいた生活”を失った歌
- なぜ主人公はお腹が空いていないのに食べ続けるのか
- なぜ料理が「パスタ」なのか
- “君の味”とは何を意味しているのか
- 「吐き出す」という行為が意味するもの
- 開けられない封筒が象徴する「まだ終わっていない生活」
- ミネラルウォーターが届かなくなった意味
- ベランダの花は主人公自身なのか
- 部屋が汚れていくことで初めて気づく「君がしてくれていたこと」
- なぜ主人公は最後に後悔するのか
- タイトル「パスタに涙」に込められた意味
- 『cats』で描かれる“大人になったMy Hair is Badのラブソング”
- 「青いソファの上で」と対照的な二つの恋
- まとめ|忘れられないのは「君」だけではなく、君がいた日常
- 参考資料
My Hair is Bad「パスタに涙」とは
「パスタに涙」は、My Hair is Badが2026年7月31日に先行配信した楽曲です。
2026年9月9日発売の7thアルバム『cats』では3曲目に収録されています。『cats』は前作『ghosts』以来、約2年2か月ぶりとなるアルバムで、全13曲を収録しています。
作詞・作曲は椎木知仁さん。
FM802では、椎木さん自身がストレスを感じたときに食べ過ぎてしまう経験をきっかけに生まれた曲であり、部屋から出ず食べ続ける主人公を描いた作品だと紹介されています。
また、アルバム『cats』について椎木さんは、自分たちの強みやMy Hair is Badらしさを改めて考えながら制作し、最初に出てきた言葉を疑いすぎずに書いたと語っています。
その言葉どおり、「パスタに涙」には特別な事件が起こるわけではありません。
描かれるのは、食べること、料理すること、郵便物を見ること、鏡を見ること。
しかし、その何気ない生活の一つひとつから、別れた相手への未練が浮かび上がってきます。
結論|「パスタに涙」は“君がいた生活”を失った歌
結論からいえば、「パスタに涙」は、
恋人との別れによって、自分の日常まで崩れてしまった人の歌
だと考えられます。
もちろん主人公は、別れた相手をまだ好きなのでしょう。
しかし、本当に苦しんでいる理由は、それだけではありません。
恋人がいなくなったことで、料理、飲み物、部屋の掃除、郵便物といった、それまで何気なく続いていた生活の意味まで変わってしまったのです。
別れた瞬間、人は恋人だけを失うわけではありません。
二人で食事をした時間。
相手が自分のためにしてくれていたこと。
自分でも気づかなかった生活の習慣。
そうした小さなものが、あとになって次々と失われていたことに気づきます。
「パスタに涙」が痛いのは、主人公がその事実に別れたあとで気づいてしまうからです。
なぜ主人公はお腹が空いていないのに食べ続けるのか
この曲の冒頭で印象的なのが、主人公の過食です。
食べる必要がないのに、また何かを作る。
これは空腹を満たすためではありません。
むしろ主人公が埋めようとしているのは、恋人がいなくなったことで生まれた空白なのでしょう。
寂しい。
考えたくない。
何かしていたい。
だから食べる。
しかし、食べれば満たされるわけではありません。
むしろ料理をするほど、かつて恋人と過ごした時間を思い出してしまいます。
忘れようとして始めた行為が、逆に記憶を呼び戻してしまう。
ここに「パスタに涙」の苦しさがあります。
主人公は食べ物を口に入れていますが、本当に飲み込みたいのは食べ物ではなく、処理できない感情なのかもしれません。
なぜ料理が「パスタ」なのか
タイトルにもなっている「パスタ」は、この曲で最も重要なモチーフです。
主人公にとってパスタは、単なる好物ではありません。
かつて相手が料理する姿を見ながら覚えたものとして描かれています。
つまり主人公は、一人で料理をしているにもかかわらず、その手順の中に恋人の記憶をなぞっていることになります。
包丁を使う。
鍋を火にかける。
具材を入れる。
味を整える。
一人でやっているはずなのに、その動作自体が二人の思い出になっている。
だから、パスタを作れば作るほど相手を忘れられません。
普通なら料理とは「自分で生活できている」ことの象徴です。
一人で自炊できるのだから、主人公は少なくとも表面上は新しい生活を始めています。
しかし、この曲では逆です。
一人で料理できるようになったことが、二人だった頃を証明してしまう。
この逆説こそが、パスタというモチーフの切なさなのではないでしょうか。
“君の味”とは何を意味しているのか
主人公が作った料理には、なぜか“君の味”が残っています。
もちろん、実際にまったく同じ味になったという意味だけではないでしょう。
味覚は記憶と強く結びついています。
昔よく食べた料理を口にした瞬間、場所や人、会話まで急に思い出すことがあります。
主人公に起きているのも同じです。
パスタを口にした瞬間によみがえるのは、料理そのものではありません。
隣にいた人。
二人で食卓を囲んだ時間。
相手が料理していた姿。
そうした記憶です。
つまり“君の味”とは、
恋人と暮らした時間そのものの味
だと考えられます。
だから主人公にとって、それは懐かしいだけの味ではありません。
まだ忘れられていない自分を突きつけてくる味でもあります。
「吐き出す」という行為が意味するもの
この曲では、「食べる」と「吐き出す」という対照的な行為が重要になっています。歌詞では、主人公が相手を思い出させる料理に耐えられず、それを身体の外へ出してしまう場面があります。
食べることは、内側へ取り込むこと。
吐き出すことは、外へ出そうとすることです。
主人公は思い出を忘れたい。
恋人への気持ちも捨てたい。
だから身体の中へ入ってきた「君との記憶」を、何とか外へ追い出そうとします。
しかし、当然ながら記憶まで吐き出すことはできません。
ここには、
忘れたいのに、身体が覚えている
という失恋の残酷さがあります。
頭では終わった恋だと理解していても、暮らし方や味覚には相手が残っている。
だから主人公は、簡単には次へ進めないのです。
開けられない封筒が象徴する「まだ終わっていない生活」
曲の途中では、別れた相手の名前を見ただけで過去を思い出してしまうような郵便物も登場します。
この描写が非常に現実的です。
恋愛が終わったとしても、生活はその瞬間に完全には切り替わりません。
住所変更が間に合わない。
契約や配送先が以前のままになっている。
相手宛てのものが届く。
つまり、二人の関係は終わっているのに、社会の中にはまだ「二人で暮らしていた痕跡」が残っているのです。
主人公が苦しいのは、思い出そうとしているからではありません。
忘れようとしていても、向こうから記憶が届いてしまう。
封筒は、その象徴なのではないでしょうか。
ミネラルウォーターが届かなくなった意味
さらに印象的なのが、以前は生活の中にあった水の存在です。
かつて当たり前のように届いていたものが、恋人がいなくなったことで届かなくなる。
一見すると、とても小さな変化です。
しかし、失恋後に最も大きな寂しさを感じるのは、こうした小さな瞬間なのかもしれません。
記念日ではない。
旅行の思い出でもない。
ただ、水が届かない。
それだけで、その水を注文していた相手がもういないことを実感する。
この曲は、ドラマチックな回想ではなく、こうした生活の欠落によって失恋を描いています。
そこが非常にMy Hair is Badらしいところでしょう。
ベランダの花は主人公自身なのか
歌詞には、弱っていく花を世話するイメージも登場します。
この花は、主人公自身の姿と重ねて読むことができます。
完全に枯れてしまったわけではない。
しかし、元気でもない。
毎日どうにか水を与えながら、生き延びている。
主人公も同じです。
仕事や生活そのものをすべて投げ出しているわけではないのでしょう。
食事もする。
水も飲む。
花にも水をやる。
それでも、心は以前と同じではありません。
だからこの花は、
失恋後、最低限の生活を続けながら何とか自分を保っている主人公
を映しているように見えます。
部屋が汚れていくことで初めて気づく「君がしてくれていたこと」
別れたあと、主人公は自分の周囲が以前より整っていないことに気づきます。
ここで重要なのは、恋人がいなくなったことで初めて、相手が自分の生活を支えていたことに気づく点です。
付き合っているときには、それが日常になっていた。
部屋がきれいであること。
必要なものが届くこと。
料理を一緒にすること。
それらを特別な愛情表現だとは思っていなかったのかもしれません。
しかし、相手がいなくなると、その「当たり前」が消えます。
そこで主人公は初めて知るのです。
自分は一人で生活していたつもりだったけれど、本当はかなりの部分を相手に支えられていた。
これは単なる「家事をしてくれる人がいなくなった」という話ではありません。
愛されていた証拠は、別れたあとに日常の中から発見される。
そんな残酷な構造になっています。
なぜ主人公は最後に後悔するのか
物語の最後で主人公がたどり着くのは、怒りでも開き直りでもありません。
後悔です。
ここまで主人公は、食べることで気持ちをごまかし、生活を雑にすることで別れを受け入れようとしてきました。
しかし、一人でパスタを作って食べるという行為を最後まで終えたとき、逆に答えがはっきりしてしまいます。
一人でも料理はできる。
一人でも食事はできる。
一人でも生活は続けられる。
それでも、
二人だった頃のほうがよかった。
主人公が本当に欲しかったのは、おいしいパスタではありません。
同じものを一緒に食べる相手だったのでしょう。
だからこの曲の失恋は、「一人では生きられない」という話ではありません。
一人でも生きられる。
でも、一人で生きられることと、一人でいたいことは同じではない。
そこに気づいてしまった瞬間、主人公の後悔が完成します。
タイトル「パスタに涙」に込められた意味
「パスタに涙」というタイトルは、少しユーモラスにも聞こえます。
失恋ソングのタイトルとしては、あまりにも生活感があります。
しかし、この生活感こそがこの曲の核心です。
人は失恋したからといって、毎日ドラマのように泣いているわけではありません。
お腹は空く。
料理をする。
荷物が届く。
鏡を見る。
花に水をやる。
生活は続きます。
ところが、その普通の生活のあらゆるところに相手の記憶が残っている。
だから、ただパスタを食べているだけなのに泣けてしまう。
タイトルの「パスタ」と「涙」は、
日常と感情
の組み合わせです。
失恋という大きな出来事を、ありふれた食事の風景まで小さくすることで、むしろ喪失の大きさを感じさせています。
『cats』で描かれる“大人になったMy Hair is Badのラブソング”
『cats』について椎木知仁さんは、自分にしかできない言葉で改めてラブソングに向き合ったと語っています。
7ぴあのインタビューでは、今作には生々しい感情だけではなく、甘い記憶や哀愁を感じさせる曲も増え、年齢を重ねたことが歌詞やメロディにも表れていると紹介されています。また「パスタに涙」については、センチメンタルな感情を明るいパワーポップのサウンドが包む楽曲として触れられています。
この「明るさ」は重要です。
もし同じ物語を悲しいバラードとして歌えば、純粋な失恋ソングになります。
しかし「パスタに涙」は、どこか軽やかです。
主人公自身も、自分の情けなさを少し離れた場所から見ています。
笑えるような日常の中に、本気の寂しさがある。
この距離感によって、「パスタに涙」は単なる未練の歌ではなく、
大人になってから経験する、生活ごと失う別れ
を描いた曲になっているのではないでしょうか。
「青いソファの上で」と対照的な二つの恋
同じアルバム『cats』に収録される「青いソファの上で」と比べてみると、「パスタに涙」の特徴がさらに見えてきます。
「青いソファの上で」が描くのは、昔好きだった相手との再会によって、止まっていた恋心が再び動き出す瞬間です。
一方、「パスタに涙」で描かれるのは、その逆。
すでに相手はいません。
残っているのは、部屋と生活と記憶だけです。
「青いソファの上で」では、目の前に相手がいるのに未来へ踏み出せない。
「パスタに涙」では、相手がいなくなったあとに過去から抜け出せない。
どちらも違う形で、
時間に取り残された人物
を描いていると考えられます。
恋が始まりそうな部屋と、恋が終わったあとの部屋。
同じ『cats』の中にこの二つの物語が置かれていることも興味深いポイントです。
まとめ|忘れられないのは「君」だけではなく、君がいた日常
My Hair is Bad「パスタに涙」が描いているのは、失恋後の派手な絶望ではありません。
むしろ、もっと小さな喪失です。
料理をすると相手を思い出す。
届かなくなったものから相手を思い出す。
部屋を見て相手を思い出す。
一人で食事をして相手を思い出す。
別れた恋人はもういないのに、生活のあちこちにはまだその人がいる。
だから主人公は前へ進めません。
そして最後には、自分が失ったものの大きさに気づきます。
主人公が恋しがっていたのは、恋人という存在だけではなかったのでしょう。
一緒に料理し、一緒に食べ、同じ部屋で暮らしていた「二人の日常」そのものだった。
だから「パスタに涙」という何気ないタイトルが、最後には強烈な失恋の言葉へ変わります。
忘れようとして作ったパスタ。
一人でも生きていけることを証明するはずだった料理。
それを食べ終えたことで、逆に分かってしまった。
一人でも食べられる。
けれど、二人で食べたかった。
「パスタに涙」は、そんな失ってから初めて愛されていた日常に気づく歌なのではないでしょうか。
参考資料
・UNIVERSAL MUSIC JAPAN「My Hair is Bad 7th ALBUM『cats』」リリース情報
・FM802「ROCK KIDS 802」My Hair is Badゲスト記事
・FM802「UPBEAT!」My Hair is Badゲスト記事
・7ぴあ Web magazine My Hair is Badインタビュー
・歌ネット「My Hair is Bad パスタに涙」楽曲情報


