羊文学の「ロマンス」には、恋をしているときの高揚感と、好きな人のことで頭がいっぱいになる危うさが重なっています。
力強い言葉が印象に残る一方で、その言葉を口にする主人公は、どこか落ち着かない。そんな揺れを読み解く手がかりになるのが、作詞・作曲を手がけた塩塚モエカのインタビューです。
本記事では、本人が語った制作背景を確認したうえで、歌詞に描かれた恋心や執着、強くありたいという願いを考察します。
羊文学「ロマンス」の収録作品と制作背景
「ロマンス」は、2019年7月3日にfelicityから発売されたEP『きらめき』の2曲目に収録されています。レーベルはこのEPを、女の子というテーマを通して、ありのままの自分を認めることに取り組んだ作品として紹介しています。出典:felicity『きらめき』作品情報
作詞・作曲は、ともに塩塚モエカです。歌詞全体は、歌ネット「ロマンス」で確認できます。
この曲について塩塚は、以前好きだった人をネットで追ううちに、主人公の気持ちがエスカレートしていく物語だと説明しています。そして、その危うい内容をポップに表現することに面白さを感じたと語っています。出典:OTOTOY・羊文学インタビュー
この制作背景を踏まえると、歌詞の勢いにも違った意味が見えてきます。相手を好きでいる楽しさが、いつの間にか自分でも扱いきれない感情へと変わっていく。その境目にいる主人公として読むことができるのです。
以下は、この本人発言を手がかりにした歌詞の解釈です。
恋心を隠す主人公は、誰に気づいてほしいのか
冒頭では、街に向けた呼びかけから、特定の相手への思いが浮かび上がります。しかし主人公は、その本音を秘密にしようとしています。参照:歌ネット掲載歌詞
ここにあるのは、気づいてほしい気持ちと、自分からすべてを明かすことへのためらいです。
好きな人に関心を向けてもらえたらうれしい。けれど、自分がどれだけ相手を気にしているかまでは知られたくない。そんなちぐはぐな心の動きとして捉えると、主人公のもどかしさが伝わってきます。
相手との距離を縮めたいのに、本音を隠すことで距離が残ってしまう。その隙間を想像で埋めるほど、気持ちだけが先へ進んでしまうのかもしれません。
ネットで相手を追うという制作背景も、この読み方につながります。相手について知っていることが増えても、二人の関係が同じように深まるとは限りません。知っているつもりの相手と、実際に向き合える相手との隔たりが、この曲の恋を不安定にしているように思えます。
「悪魔のタネ」が表す、膨らみ続ける執着
歌詞に登場するこの比喩は、小さかった感情が、自分でも抑えにくいものへと育っていく過程を表していると解釈できます。参照:歌ネット掲載歌詞
最初は、好きな人のことをもう少し知りたいという好奇心だったのかもしれません。それが積み重なると、相手の動向が気になって仕方なくなり、自分の気分まで左右されるようになる。恋心の中に、執着の芽が混じり始めます。
小さな種から育つものには、始まりと現在の姿に大きな差があります。だからこそ、この比喩には、最初からこんな気持ちになるつもりではなかった、という戸惑いも読み込めそうです。
さらに、悪魔という不穏なイメージを選んでいる点にも注目したいところです。主人公自身も、自分の思いが穏やかな好意だけでは済まなくなっていると、薄々気づいているように感じられます。
恋をしている自分に勢いを感じながら、その勢いを少し恐れてもいる。この二つの感覚が同居しているところに、歌詞の緊張感があります。
「無敵」は、自分に言い聞かせるための言葉
強さを宣言するくだりについて、塩塚は、自分自身がそう思いたくて書いたと説明しています。聴き手への励ましとして受け取れる言葉にも、まず自分に向けた願いがあったことがわかります。出典:OTOTOY・羊文学インタビュー
この発言を踏まえると、歌詞の力強さは、すでに手に入れた自信というより、自信を持とうとする瞬間のものとして響いてきます。
恋愛では、自分の気持ちが強いほど、相手の反応に揺さぶられることもあります。そんな状態で自分の強さを言い切る行為には、不安にのみ込まれないよう踏ん張る意味もあるのでしょう。
ただ、その言葉を単なる強がりと片づけるのも惜しい気がします。口にしたことで、実際に少し勇気が出ることもあるからです。傷つきやすさを抱えたままでも、自分の感情を引き受けようとする力は生まれます。
その一方で、自分を奮い立たせる言葉が、気持ちの暴走を後押しする可能性もある。「ロマンス」の強さには、心を支える面と、ブレーキを緩めてしまう面の両方があると考えられます。
ポップな曲調が、恋の危うさを際立たせる
2019年のDIGLE MAGAZINEのインタビューで、ベースのゆりかも「ロマンス」をポップで明るい曲として振り返っています。出典:DIGLE MAGAZINE・羊文学インタビュー
この明るさは、主人公の状態を考えるうえでも意味を持ちます。恋に夢中になっている本人にとって、気持ちが膨らむことは、苦しさだけでなく楽しさでもあるはずです。
相手のことを考えている時間には高揚感があり、普段とは違う大胆さも生まれる。その感覚をポップな表現で受け止めることで、聴き手も主人公の勢いに近づきやすくなります。
そこへ執着や不安を感じさせる言葉が入り込むため、明るさの中に小さな引っかかりが残ります。楽しくなっている本人の感覚と、その様子を少し離れて見たときの危うさが、同時に伝わる構造として捉えられるでしょう。
タイトル「ロマンス」から見えてくる、恋の内側
ここまでの歌詞と制作背景を踏まえると、「ロマンス」というタイトルは、恋をしている本人の主観に光を当てているように思えます。
相手を思って気分が高まり、些細な出来事が特別な意味を持ち始める。その人にとっては、確かに心を動かす恋の物語です。しかし、気持ちの強さだけでは、相手との関係までは決められません。
この曲には、恋する自分を肯定したい気持ちと、その恋が自分を振り回してしまう感覚があります。どちらか一方に整理できないところが、タイトルの甘さにも複雑な響きを与えています。
歌の中で強さが宣言されるたびに、その言葉を必要としている主人公の不安も見えてくる。恋に夢中なときのまぶしさと、自分では見えにくい危うさを、同じ瞬間の感情として描いているところに「ロマンス」の面白さがあります。
『きらめき』に収録されたほかの曲については、こちらの記事でも歌詞を考察しています。


