TWS「SODA SODA」歌詞の意味を考察|“SODA”と「そうだ」に隠された恋の気づき

TWSの「SODA SODA」は、炭酸のように弾けるサウンドと、夏らしい爽やかさが印象的な楽曲です。

タイトルだけを見ると、好きな相手をソーダにたとえた、明るい青春ラブソングのように思えるでしょう。

しかし、歌詞を丁寧にたどると、描かれているのは恋が成就した幸福な瞬間ではありません。

主人公は相手に惹かれながらも、それが本当に恋なのか確信を持てず、近づいては離れることを繰り返しています。

そして曲が進むにつれて、名前のなかった感情をようやく認めていくのです。

結論からいえば、「SODA SODA」は告白の歌というより、

「そうだ、自分は君が好きなんだ」と、自分自身の恋に気づくまでを描いた歌

なのではないでしょうか。

今回は、タイトルに込められた二重の意味やラムネ瓶のビー玉、炭酸の泡、ミュージックビデオの物語などを手がかりに、「SODA SODA」の歌詞を考察します。

TWS「SODA SODA」はどんな曲?

項目内容
楽曲名SODA SODA
アーティストTWS
配信日2026年8月3日
CD発売日2026年8月4日
収録作品Japan 2nd Single『SODA SODA』
作曲参加メンバーKYUNGMIN、YOUNGJAE、JIHOON

「SODA SODA」は、TWSのJapan 2nd Single表題曲です。

公式には、青春のきらめく瞬間と、炭酸のように弾けるときめきを表現した日本オリジナル曲として紹介されています。

サウンドはモダン・シティポップを基調としており、爽快感の中に、夏が終わってしまうような淡い寂しさも感じられます。

また、KYUNGMIN、YOUNGJAE、JIHOONの3人が作曲に参加。KYUNGMINは、これまでとは異なる爽やかなエネルギーを表現するため、TWSらしい爽やかさについて考えながら制作したと語っています。

2026年8月12日公開のBillboard JAPAN Hot 100では、初登場1位を獲得。CDセールスとラジオの両方で好成績を記録し、日本でも大きな注目を集めています。

結論:「SODA SODA」は自分の恋に気づく歌

「SODA SODA」の主人公は、最初から自分の気持ちを理解しているわけではありません。

相手と視線が重なると心が揺れる。

近づきたいと思う一方で、「自分の勘違いかもしれない」と考えて距離を取る。

相手を追いかけてしまうのに、肝心な言葉は口にできない。

つまり、主人公が迷っているのは「告白するかどうか」だけではありません。

その前段階にある、

「これは本当に恋なのか」

という問いに、まだ答えを出せずにいるのです。

やがて抑えきれない感情が膨らみ、主人公は「そうだ」と気づきます。

炭酸飲料の「SODA」と、何かを発見したときの日本語の「そうだ」。

この二つの言葉が重なる瞬間、相手を表していたタイトルが、主人公自身の心の声へ変わるのです。

タイトル「SODA SODA」に込められた二重の意味

SHINYUは「SODA SODA」について、炭酸飲料のソーダと、日本語の「そうだ」を掛け合わせたタイトルだと説明しています。

曲の前半における「SODA」は、主に相手の印象を表す言葉です。

弾けるような笑顔。

見ているだけで気持ちが高鳴る存在。

夏の光の中で輝き、一瞬で心を奪っていく人物。

ところが物語が進むと、「SODA」は主人公の内側にも入り込んできます。

相手がソーダのように輝いているだけではありません。主人公の胸の中でも、抑えていた気持ちが炭酸のように膨らみ、今にも弾けそうになっているのです。

そして「SODA」という音が「そうだ」に変わったとき、主人公は自分の感情に答えを出します。

この曲の巧みな点は、英単語と日本語を使った単なる言葉遊びではなく、その変化自体を恋の物語にしているところでしょう。

ラムネ瓶のビー玉が象徴する「閉じ込められた想い」

歌詞の冒頭には、ラムネ瓶の中で揺れるビー玉が登場します。

ラムネ瓶のビー玉は、外からは見えているのに、簡単には取り出せません。

瓶を傾けるたびに動きますが、狭い場所に閉じ込められたままです。

これは、主人公の恋心によく似ています。

相手を見るたびに心は大きく揺れる。

気持ちは確かに存在している。

それでも、言葉として外へ出すことができない。

また、ビー玉によって瓶の中の飲み物が一度に流れ出ないように、主人公自身も感情があふれないよう、無意識に心を押さえていると考えられます。

そのため、ラムネ瓶は単なる夏らしい小道具ではありません。

伝えたいのに伝えられない感情を閉じ込めた、主人公の心そのもの

を表しているのではないでしょうか。

「泡みたいな距離感」はなぜ曖昧なのか

主人公は、二人の関係を炭酸の泡に重ねています。

泡は生まれた瞬間にははっきりと見えますが、すぐに形を失って消えてしまいます。

二人の距離も同じです。

目が合った瞬間には「相手も自分を意識しているのではないか」と感じる。

しかし次の瞬間には、それを自分の思い込みだと否定してしまう。

近いようで遠い。

両想いのようにも見えるのに、確かめられる言葉は何もない。

この不安定な関係が、浮かんでは消える泡として表現されているのでしょう。

主人公がその距離を飲み干したいと願うのは、恋心を諦めたいからではありません。

曖昧な関係を終わらせ、相手との距離を自分の中で確かなものにしたいのです。

気持ちは、蓋をするほど膨らんでいく

炭酸飲料は、蓋を閉めていても内部に圧力がたまります。

むしろ強く密閉するほど、開けた瞬間の勢いは大きくなります。

主人公の感情にも、同じことが起きています。

好きだと認めないようにする。

目が合っても気のせいだと思い込む。

言葉にしないまま、心の奥へ押し込む。

けれど、感情は消えません。

抑えようとするほど相手を意識し、胸の中で大きくなっていきます。

ここで描かれているのは、恋に落ちた瞬間というより、すでに始まっていた恋を認める瞬間です。

主人公は相手と目が合ったときから、恋をしていたのでしょう。

ただ、その事実に心が追いつくまで時間がかかったのです。

なぜ日本語の歌に「サランヘ」が登場するのか

「SODA SODA」は日本語を中心とした楽曲ですが、途中には韓国語で愛情を表す「サランヘ」が登場します。

これは韓国発のグループであるTWSらしさを残す表現であると同時に、主人公が抱える「言葉にできなさ」を強調しているとも考えられます。

日本語でも言えない。

韓国語に置き換えても言えない。

問題はどの言語を選ぶかではなく、自分の本心を相手へ差し出す勇気が持てないことにあります。

一方で、この言葉が入ることによって、TWSが日本語の歌を一方的に歌うのではなく、自分たちの背景も残しながら日本のリスナーへ思いを届けているようにも感じられます。

日本語の「そうだ」と韓国語の「サランヘ」が一曲の中で共存する構成は、TWSだからこそ成立する表現でしょう。

二人は最後に付き合ったのか

歌詞の中では、主人公が相手へ告白し、交際が始まったとは明言されていません。

主人公が手に入れたのは、相手からの返事ではなく、自分の気持ちに対する答えです。

終盤では「次の夏」へ意識が向けられます。

この未来表現からは、二人の関係がこれからも続いていくという希望を感じられますが、恋が成就したとまでは断定できません。

むしろ、結末を描かないことに意味があるのでしょう。

恋は、告白が成功した瞬間にだけ始まるものではありません。

誰かを目で追ってしまうこと。

その人と過ごす時間を終わらせたくないと思うこと。

来年も一緒にいたいと願うこと。

主人公は、自分の中に生まれたそれらの感情を認めたことで、初めて恋のスタート地点に立ったのです。

MVの「そうだはうす」が示す、終わっていく夏

「SODA SODA」のミュージックビデオは、夏の終わりの海の家「そうだはうす」を舞台にしています。

物語が始まる時点で、海の家の撤去までは残りわずかです。

メンバーはそこで働き、笑い合い、森へ出かけ、泥だらけになって遊びます。しかし、どれだけ楽しい時間を過ごしても、夏の終わりを止めることはできません。

最後には海の家が撤去され、花火とともに夏の時間が閉じられます。

このMVが描いているのは、永遠に続く青春ではありません。

終わると分かっているからこそ、大切にしたくなる一瞬

です。

歌詞の主人公も、夏が過ぎていくなかで、今の気持ちを逃したくないと考えています。

炭酸は時間がたてば気が抜けます。

夏もやがて終わります。

相手と目が合った瞬間も、言葉にしなければ過去になってしまいます。

だからこそ主人公は、消えてしまう前に自分の感情を認める必要があったのでしょう。

MVでは特定の恋愛相手が登場しないため、歌詞の「君」は恋人候補だけでなく、仲間、ファン、夏そのもの、大切な思い出などへ広げて解釈することもできます。

明るい曲なのに、どこか切なく聞こえる理由

「SODA SODA」のサウンドや振り付けは、非常に明るく爽やかです。

JIHOONによると、振り付けにはラムネ瓶を上下に振るような動きが取り入れられ、炭酸が弾ける爽快感を表現しています。

しかし、楽曲全体からは明るさだけでなく、淡い切なさも感じられます。

その理由は、歌詞とMVの両方に「いつか終わる時間」が流れているからです。

炭酸の泡は消える。

夏は過ぎる。

海の家は閉じる。

今の距離感も、いつまでも同じではいられない。

「SODA SODA」は一瞬のきらめきを歌いながら、その一瞬を失う怖さも同時に描いています。

だからこそ、ただ楽しいだけの夏曲では終わりません。

今しかない時間を抱きしめたいという願いが、楽曲に奥行きを与えているのです。

「SODA SODA」が伝える本当の意味

「SODA SODA」が伝えているのは、恋心を隠し続けることの苦しさです。

主人公は相手との関係を壊すことが怖くて、自分の気持ちに蓋をします。

しかし、恋は否定したからといって消えるものではありません。

むしろ閉じ込めるほど強くなり、やがて炭酸のように弾けようとします。

最終的に主人公がたどり着いた答えは、告白の成功でも、相手からの愛の言葉でもありません。

「自分はこの人が好きだ」と認めることでした。

つまりこの曲は、

誰かを好きになる物語であると同時に、自分の本心を受け入れる物語

なのです。

「SODA SODA」に関するよくある疑問

タイトルの「SODA」にはどんな意味がある?

炭酸飲料のソーダと、日本語の「そうだ」が掛けられています。相手の弾けるような魅力と、主人公が自分の恋心に気づく瞬間の両方を表したタイトルです。

「君はSODA」とはどういう意味?

相手の笑顔や存在が、ソーダの泡のように主人公の心を刺激し、感情を弾けさせるという意味だと考えられます。

二人は両想い?

相手も主人公を意識しているように読める場面はありますが、両想いだとは断定されていません。歌詞の中心は、相手の気持ちよりも主人公自身の感情の変化です。

最後に告白した?

明確な告白場面や相手からの返事は描かれていません。主人公はまず、自分が恋をしているという事実を認めた段階だと考えられます。

MVの「そうだはうす」にはどんな意味がある?

楽しい夏の時間と、その時間が必ず終わることを象徴する場所です。海の家の閉鎖は、今の瞬間を永遠には保存できないという楽曲の切なさを強調しています。

まとめ

TWS「SODA SODA」は、炭酸のように弾ける爽やかな夏曲です。

しかし歌詞の奥に描かれているのは、恋を成就させた二人ではありません。

好きだと認められず、近づいては離れ、抑えるほど膨らんでいく感情に戸惑う主人公です。

ラムネ瓶のビー玉は、閉じ込められた想い。

炭酸の泡は、形を保てない二人の距離。

蓋の内側にたまる圧力は、隠しきれなくなった恋心を表しているのでしょう。

そして「SODA」が日本語の「そうだ」へ変わったとき、主人公はようやく自分の本心に気づきます。

「SODA SODA」は、夏の恋を歌った作品であると同時に、

自分の中ですでに始まっていた恋を、自分自身が発見する歌

なのではないでしょうか。

参考資料

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主なテーマ:邦楽の歌詞考察・楽曲解説

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