【桜の季節/フジファブリック】歌詞の意味を考察、解釈する。

桜の季節が過ぎ去り、ゴールデンウィークが迫っている時期になると、毎年聴きたくなる曲があります。
それが「桜の季節」という曲で、これはフジファブリックのメジャーデビュー曲であり、人気のある楽曲です。
この曲は、メロディや演奏が少し異なる雰囲気を持っており、それがフジファブリックというバンドの特徴を表していると言える素晴らしい楽曲です。
歌詞も含めて、この曲は非常に切ない印象を与えますが、その切なさの理由や歌のストーリーが歌詞に明示的に表現されているわけではありません。
では、なぜ「桜の季節」の歌詞が切ないのでしょうか?
それには、各フレーズに独自の特徴があるからです。

印象的な要素が巧みに織り交ぜられている

志村正彦は、生前、フジファブリックのほとんどの楽曲の作詞を担当しており、その中でも「桜の季節」の歌詞がどのように独自の雰囲気と切なさを持っているのかを考察してみましょう。
この曲は他のソングライターの作品とは異なり、独自の魅力を持っています。

「桜の季節」の歌詞を全編読んでも、主人公の状況や遠くに行ってしまう人物との関係性が最後まで明確には描かれていません。
J-POPのヒット曲は通常、歌詞の中でストーリーや状況をAメロからBメロにかけて詳細に説明することが多いですが、フジファブリックの歌詞はそれとは異なり、少し理解が難しい部分があります。
他の人気バンド、例えばback numberなどは、状況をAメロからBメロで明示的に説明することが多いですが、フジファブリックはそのようなスタイルをほとんど取りません。

つまり、フジファブリックの歌詞は少し分かりにくいと言えますが、それでも印象的です。
歌詞のフレーズは何となく物語を語っているようであり、印象的な要素が巧みに織り交ぜられています。

どうしようもない悲しみや無力感

桜の季節過ぎたら遠くの街に行くのかい?

桜のように舞い散ってしまうのならば やるせない

この部分は「桜の季節」のサビの歌詞であり、曲の冒頭に登場するフレーズでもあります。
志村正彦がここで使った表現は、他の作詞家があまり用いないものです。
具体的には、「桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない」という部分です。
通常、桜の花が散ることは一般的に「切ない」と表現されることが多いと思われます。
しかし、志村正彦はここで、「やるせない」という言葉を使い、桜の花が舞い散ることに対して、単に切ないだけでなく、どうしようもない悲しみや無力感を比喩しているのです。

「変態の心」に訴えかける歌詞

ならば愛を込めて手紙をしたためよう

作り話に花を咲かせ僕は読み返しては感動している

ここでも注目すべき表現が見られます。
「作り話に花をさかせぼくは読み返しては感動している」という部分です。
よく考えると、この文脈では、感動しているのは相手から受け取った手紙ではなく、自分が書いた手紙を読み返している可能性が高いのではないでしょうか?
さらに、その手紙が真実の出来事や自分の本当の気持ちではなく、作り話を含むものであることも考えられます。

志村正彦はこのような独特の表現を用いることで、他とは異なる視点や感情を表現し、その魅力を発揮しています。
彼はしばしば鬼才と評されたり、変態とも称されたりしましたが、その変わり者的なアプローチに共感し、ファンになる人々も多かったでしょう。
志村は多くの人々の中に潜んでいる「変態の心」に訴えかける歌詞を書いた可能性があります。
そして、この曲が桜に関連していることから、「作り話に花を咲かせる」という比喩的な表現を用いることが、さらに素晴らしいと感じられるのでしょう。

「桜が枯れる」という表現

その町にくりだしてみるのもいい

桜が枯れた頃 桜が枯れた頃

この部分で注目すべき表現は、「桜が枯れた頃」というフレーズです。
「桜の季節」の歌詞では、「桜が散る」という表現と「桜が枯れる」という表現が使い分けられています。
一般的に、「桜が枯れる」という表現はあまり一般的ではなく、珍しいと感じるかもしれません。
桜の寿命について考えると、有名なソメイヨシノでも寿命は約60年程度であり、他の種類の桜は100年を超えるものから1000年を超えるものまでさまざまです。

したがって、「その町にくりだすのが桜が枯れたころ」という表現は、もう二度とその相手に会えない、出会うことはないという意味を含んでいる可能性があります。
つまり、Bメロで作り話を書いた手紙を書いたのは、もう二度と会えない可能性が高い相手に向けて、嘘であっても自分を忘れないように印象付けたかったのかもしれません。

個人的には、この部分が歌詞の中でも最も切ない要素であると感じています。

「2度と会わない」という決断

坂の下手を振り別れを告げる 

車は消えていく

そして追いかけてく

諦め立ち尽くす

心に決めたよ

このシーンでは、主人公が相手との別れを迎える瞬間を描いていますが、「心に決めたよ」というフレーズについて、どのような決断を下したのかについて考えてみましょう。
おそらく、彼は「心に決めたよ」と言うことで、もう相手とは会わないことを心に決めたのかもしれません。
歌詞の前までは、多分会うことはないだろうという不確かな状況だったかもしれませんが、この瞬間で「2度と会わない」という決断をしたのかもしれません。

その後、歌詞ではBメロと同じ歌詞が続きます。

一般的な言葉を避け、より深い別れの悲しみや切なさを表現している

ならば愛を込めて手紙をしたためよう

作り話に花を咲かせ僕は読み返しては感動している

Bメロと同じ歌詞が繰り返されますが、Bメロの時とは異なる感情がここで表現されているように感じます。
Bメロでは、おそらく好きな相手に楽しい作り話や面白いエピソードを提供するために手紙を書いたのかと思われました。
しかし、ここでは、もう会わないという決断をしたにも関わらず、相手に会いに行くという覚悟が込められているのではないかと感じられます。
最後にはサビの歌詞を歌い、曲が終わります。

桜の季節すぎたら遠くの町に行くのかい?

桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない

したがって、この曲は、別れを経験し、最終的にどうしようもなく別れざるを得なかった主人公が、もう相手に会うことはないと心に決めたことを歌ったものであると言えるでしょう。
別れの瞬間にもかかわらず、通常使われる「会いたい」や「切ない」といった一般的な言葉を避け、より深い別れの悲しみや切なさを表現している点が、このフジファブリックの「桜の季節」の特徴です。
そのため、詳細な説明をせず、わかりにくい表現であっても、不思議と人々の心に残り、多くの感動を引き起こしているのかもしれません。

フジファブリックの楽曲には他にも素晴らしい曲や歌詞がたくさんあります。
桜の季節だけでなく、彼らの他の曲もぜひ聴いてみていただきたいと思います。