アニメ『鋼の錬金術師』で大成功を収めたASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)の代表曲『リライト』は、多くのファンに愛される鉄板の楽曲として知られています。
『リライト』の歌詞は、一部のファンの間で「難解」とされることもありますが、その魅力について考えてみましょう。
後藤正文氏の世界
「リライト」はアジアン・カンフー・ジェネレーション(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の楽曲の中でも特に有名な作品です。
初めてリリースされたのは2004年の8月で、当時はアニメ『鋼の錬金術師』のオープニングソングとして発表されました。
そして、二度目のレコーディングが行われたのは2011年の11月です。
この時はアジカンのセカンドアルバム『ソルファ』に収録されるために再録されたのです。
この曲は、一度きりで終わらせたくなかったメンバーの強い想いが込められた作品であり、まさに〝リライト〟したいという願望が込められています。
アジアン・カンフー・ジェネレーション(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の楽曲では、センターでギター&ヴォーカルを担当している後藤正文氏が作詞・作曲を手掛けています。
バンドが結成された当初は、ギターの喜多氏やベースの山田氏も曲作りに参加していたとのことですが、現在ではほぼ全ての楽曲の作詞・作曲は後藤氏が担当しています。
後藤正文のこだわり
アジアン・カンフー・ジェネレーション(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の楽曲の歌詞は、長年のファンであっても理解が難しく、中には「意味不明」と感じる人も多いようです。
ファンたちは歌詞の解釈についてのヒントを求めることもありますが、実際には後藤氏が楽曲のリリース時に歌詞について解説を行うことは非常に稀です。
これには後藤氏が「言葉に対する強いこだわり」を持っていることが影響しているようです。
アジアン・カンフー・ジェネレーション(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の後藤正文氏は、バンドが結成された当初から他のメンバーに対して「長文のダメ出しメール」を頻繁に送っていました。
理由は、「口頭で伝えるよりも文章にした方が、自分の思いがより伝わるという自信があった」ためです。
後藤氏が送るダメ出しメールの内容は常に非常に深く考えられており、メンバーたちにとっては心に深く刺さるものでした。
そのため、一部のメンバーは戸惑うこともあったかもしれませんが、彼の言葉選びに対する徹底的な姿勢は、ある意味で「後藤の基本姿勢」とも言えるでしょう。
中身のない日々
消してリライトして
くだらない超幻想 忘られぬ存在感を
起死回生 リライトして
意味のない想像も 君を成す原動力
全身全霊をくれよ
タイトルになっている「リライト」は、英語で「Rewrite」と表現され、直訳すると「(本などを)書き直す・(歴史などを)塗り替える」という意味があります。
この意味を基に、歌詞を見ていくと、この意味につながる部分がいくつか見受けられます。
『リライト』に限らず、アジカンの歌詞は特定のワードが印象的であり、歌詞全体のストーリーが理解しづらくても、脳裏にインプットされやすい特徴があります。
たとえば、中間部に現れる以下の部分
芽生えてた感情切って泣いて
所詮ただ凡庸知って泣いて
〝感情切って〟〝凡庸知って〟・〝腐った心を〟〝薄汚い嘘を〟というフレーズは、韻を踏んで対になっています。
これらのワードは、明確な関連性が理解できなくても、メロディと共に聴かれると印象的なフレーズとして脳に直接刻まれるようです。
これらの言葉は、聞いた人が脳内で独立した要素として感じ取ることで、この歌が〝意味深い〟ものであるという印象を与えるのかもしれません。
『リライト』という曲は、「書き換える・塗り替える」というコンセプトが聞き手に対する強いメッセージとともに、メンバー自身のストイックな精神を表現しています。
特に印象深い箇所は次の部分です
軋んだ想いを吐き出したいのは存在の証明が他にないから
掴んだはずの僕の未来は「尊厳」と「自由」で矛盾してるよ
歪んだ残像を消し去りたいのは自分の限界をそこに見るから
軋んだ想い=「自分自身が納得できない想い」この想いを自分の〝証明〟(存在意義)にすることは誤りだという感覚。
自分が目指して掴んだ今(過去から見た未来)は〝尊厳〟(ネガティブな意味)と〝自由〟(ポジティブな意味)との間で葛藤している。
歪んだ残像=自分が納得できない自分自身 を消し去りたい理由は、自分の未熟さをどこかで自覚しているから。
聞いた人の間でも特に解釈が分かれるのが次の部分です
歪んだ残像を消し去りたいのは
自分の限界をそこに見るから
自意識過剰な僕の窓には
去年のカレンダー 日付けがないよ
この部分に関してはファンの間で解釈が分かれるところです。
ただ、〝自意識過剰〟と自分自身に対してネガティブな感情を持っていることから、窓にかかっている〝日付のないカレンダー〟は自分自身の高慢さや油断、中身のない日々に対しての批判的な感情を表していると捉えることができるでしょう。
二つのMVも必見
『リライト』の二度のMV撮影を見比べてみると、初回のMV収録から7年を経て収録された2011年ver.のMVでは、映像のクオリティが大幅に向上していることが分かります。
これだけでもファンにとっては見ごたえ十分と言えるでしょうが、特に注目したいポイントは曲の中間部分です。
歌詞で言うと〝芽生えてた感情~〟から始まる部分ですね。
初回のMVでは、メンバーがワイヤーで釣り上げられ宙づりになるという演出がされていますが、二度目のMVではメンバーが水中にゆっくりと沈んでゆく演出に変更されています。
この中間部分の特徴としては、どこか現実味がない雰囲気が漂っていますが、二度目のMVでは音響エフェクトとしてエコーが多めにかかっており、「ゆっくりと暗い水中を沈んでゆく」という映像と相まって、さらに非現実的な印象を強めているようです。