一緒にいたいと思うほど、その人に寂しいと言い出しにくくなることがあります。気持ちを知られて重いと思われるくらいなら、平気な顔をしていたほうがいい。そんな強がりを二人とも選んだとき、隣にいるのに、どちらも自分だけが寂しいと思ってしまう。MON7A「素直」が描くのは、そういう関係のもどかしさです。
「素直」は、2026年11月7日に配信されたMON7Aの5作目のシングルです。本人が作詞・作曲を手がけ、ドラマ『ふったらどしゃぶり メロウレイン』のエンディング主題歌として書き下ろされました。 ユニバーサル ミュージック公式のリリース情報
強がり合う二人は、なぜ「独り」になるのか
サビでは、強がる二人を描く中で「一人」と「独り」が使い分けられています。二人それぞれを指す「一人」に続き、「独り」には、自分だけが取り残されたような寂しさがにじみます。同じ「ひとり」という音のまま、表記が変わるところに二人の心の距離が表れます。 MON7A「素直」の歌詞
会いたかったのに平気なふりをすると、相手には気にしていないように見えます。相手も同じように振る舞えば、今度はこちらが、自分ばかり会いたかったのだと思ってしまう。歌詞の強がりが切ないのは、二人の願いが似ているからこそ、同じすれ違いを繰り返してしまうところです。
サビで語り手は、相手が隠したがる一面も知りたいと伝え、自分の寂しさも口にします。胸の内を見せることと、見せても受け止めると伝えること。その二つが同じサビにあるので、二人の間でようやく会話が始まる瞬間に聞こえます。
結び方の変化に表れる、弱さを見せるまでの心の動き
歌の序盤には、きつく結ぶあまり、息が詰まりそうになる描写があります。相手を大切に思うほど、つながりを確かめたくなる。その確かめ方に力が入りすぎて、肝心の相手に気持ちを話す余裕まで失ってしまう。結び目の苦しさには、離れたくない人の焦りが表れているように思えます。
サビでは、結び目にかける力が変わります。愛されたいという願いはそのままに、力を抜き、相手を抱きしめる場面が置かれます。結び目を固くして安心を得ようとしていた語り手が、相手の体温を感じられる距離で、もう一度つながろうとする。その変化に、この曲が描く「素直」の手触りがあります。
「僕」と「君」を、自分の中の二人として読む
MON7Aは主題歌の発表時、恋愛では自分の気持ちに素直でいることを大切にしていて、自分の中にいる二人が混ざり合うことでそれができると語っています。本人が描いた配信ジャケットにも、相反する二人が混ざり合うという発想が込められています。 MON7A本人のコメント / ジャケットについての公式発表
この言葉を手がかりにすると、「僕」と「君」のやりとりは、自分の中で起きている会話としても読めます。序盤では、愛されたい、一番に思ってほしいという気持ちが表に出た直後に、その願いを持つ自分を許せるのかという問いが浮かびます。相手にどう思われるかを気にする以前に、自分で自分の寂しさを持て余しているのです。
そう考えると、相手が隠したがる一面も受け止めたいというサビは、自分が押し込めてきた寂しさへの返事にも聞こえます。寂しがる自分も、傷つかないように強がる自分も、同じ人の中にいていい。そう思えたとき、愛されたいという気持ちを、自分の言葉として引き受けられるのかもしれません。
ドラマ『ふったらどしゃぶり メロウレイン』のエンディングで響く理由
第1話で、萩原一顕(武藤潤)と半井整(伊藤あさひ)は4か月ぶりに再会します。整は離れていた間に一顕の気持ちが変わったのではと不安を抱き、一顕は整の本当の気持ちを確かめようとします。 MBS公式の第1話あらすじ
この場面に「素直」を重ねると、相手の本音を聞きたいときほど、自分から不安を打ち明けるのは難しいと気づきます。恋人になった二人には、付き合うまでとは違うためらいがある。すでに大切な関係があるからこそ、言葉ひとつで今の距離が変わるのが怖い。曲の結び目の比喩は、関係が始まったあとに生まれるその怖さにも響きます。
最後に「素直」は問いとして残る
サビの中で、語り手はいったん素直になると決意します。最後にサビが戻ってきても、その結びは、自分は素直になれるだろうかという問いのままです。
寂しさを一度声にできても、次に同じように心を開けるかは分かりません。最後の問いには、一歩近づいた相手と、これからどう気持ちを伝え合っていくかを手探りする人の声が聞こえます。
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