深遠な世界観で熱狂的なファンを惹きつけているバンド「amazarashi(アマザラシ)」。
今回は、『季節は次々死んでいく』の歌詞に込められた深い意味について、詳しく考察してみましょう。
人気アニメのエンディングテーマ
amazarashiの初のシングル『季節は次々死んでいく』は、2015年2月18日にリリースされました。
この楽曲は、同年1月から放送が開始されたアニメ『東京喰種 トーキョーグール√A』のエンディングテーマとして選ばれました。
このアニメの舞台では、「喰種(グール)」と呼ばれる怪物が、人間社会で偽装しながら生活しています。
彼らは人間を捕食し、生存のために栄養を摂取しています。
物語の中心には、ある出来事によって半ば喰種となった大学生の「金木研」がいます。
作品は、主人公の成長と葛藤が描かれつつ進行しています。
メッセージ性の強いMV
amazarashiの楽曲『季節は次々死んでいく』のミュージックビデオは、「命を摂取する」というテーマを映像で表現しています。
曲の冒頭では、「イノチはイノチを食べて生きています イノチを食べた私はいつかイノチに食べられる 私が美味しいといいのだけれど」という力強い詩が提示されます。
この詩は、谷川俊太郎の詩集『恐竜人間』からの引用です。
食物連鎖の頂点にいる人間は、自分が食べられることはないだろうと考えていることでしょう。
しかし、この安心感は人間だけに限らないのかもしれません。
映像の大部分は、歌詞から切り取られた生肉と、それを食べる女性の姿が占めています。
最初はナイフとフォークを使って礼儀正しく食事をする彼女ですが、次第に異変が起き、最終的には手で生肉の文字を平らげていきます。
その姿はまるで凶暴な肉食獣のようです。
この衝撃的でありながらもどこか薄暗い映像は、amazarashiの明快な歌声と鮮やかに対比し、深く心に残る印象を刻みます。
ボーカル秋田の想い
季節は次々死んでいく
絶命の声が風になる
色めく街の 酔えない男
月を見上げるのはここじゃ無粋
amazarashiの楽曲『季節は次々死んでいく』には、最初の音から心に深い衝撃を与える要素が存在します。
歌詞の中で季節が「死んでいく」と表現されることによって、過ぎ去る時間が永遠に戻ってこないことの厳然とした現実が強く感じられます。
その命が終わる瞬間に、それまで存在していたことさえも曖昧になる瞬間を描写しています。
楽しげな街の中で、周囲とは異なる雰囲気を持つ男性が独り歩いています。
月を見上げるために街が明るすぎると理由をつけて、孤独な自分を月に投影しているのでしょうか。
amazarashiのボーカル、秋田ひろむは青森県に住んでおり、リハーサルやレコーディングの際に上京します。
彼は五反田を宿泊先としてよく選ぶそうですが、その時に「自分がここにいる理由は何だろう」と考えることがあるそうです。
『季節は次々死んでいく』には、流れに身を任せてここまでたどり着いた秋田の思いが込められているのかもしれません。
自己評価が低い主人公
泥に足もつれる生活に
雨はアルコールの味がした
アパシーな目で 彷徨う街で
挙動不審のイノセント 駅前にて
主人公の荒れた生活が明確に描写されています。
歌詞中の「泥に足もつれる生活」の一節から、主人公がお酒に溺れている可能性が考えられます。
その結果、雨さえもアルコールの風味を感じるほどに酩酊状態になっているようです。
「アパシー」という言葉は、意欲が低下し、物事に対する興味を持てない状態を指します。
そして「イノセント」とは純粋で無垢なことを意味します。
要するに、何も感じない虚ろな目を持つ主人公が、街を放浪し、駅前で呆然と立ち尽くしている光景が浮かび上がってきます。
僕が僕と呼ぶには不確かな
半透明な影が生きてる風だ
雨に歌えば 雲は割れるか
賑やかな夏の干涸らびた命だ
まるで初めて自己を意識したばかりの子供のような主人公が描かれています。
自分が本当に自分の意志で生きているのだろうかと、どこか他人の出来事のように感じられる心情が浮かび上がります。
「賑やかな夏」と「干涸びた命」という対照的な表現が、周囲の状況と主人公の内面のギャップを強調しているようです。
曲の冒頭で登場する「色めく街の酔えない男」という言葉も、主人公が周囲と比べてうまくいかず、自分を評価する自信が著しく低いことを暗示しています。
過去と決別し未来へ
拝啓 忌まわしき 過去に告ぐ
絶縁の詩
最低な日々の 最悪な夢の
残骸を捨てては行けず
ここで息絶えようと
サビには、現在から過去への切断を示す意味が込められているようです。
過去の無力感との決別を表現していると思われます。
たとえ過去を断ち切れずに未来への希望を見失っても、主人公はあきらめることはありません。
後世 花は咲き君に伝う
変遷の詩
苦悩にまみれて 嘆き悲しみ
それでも途絶えぬ歌に
陽は射さずとも
主人公はもがき苦しみながらも歌い続けています。
彼にとって、太陽の光が注ぐ瞬間が永遠に訪れないのかもしれません。
たとえ今の世界で叶わない夢であっても、将来主人公の熱い思いが開花する日が来た際には、それを受け継ぎ、次の世代に繋いでほしいという望みが込められているようです。
「後世」という表現は、主人公がこの世界から去った後の時代を指している可能性も考えられます。
しかし、同時にこれは、過去から抜け出そうとする今の自分から未来の自分へ向けた、希望に満ちたメッセージとも受け取れるのです。
過去も肯定し進む
拝啓
今は亡き過去を思う
望郷の詩
最低な日々が
最悪な夢が
始まりだったと思えば
随分遠くだどうせ花は散り
輪廻の輪に還る命
苦悩にまみれて
嘆き悲しみ
それでも途絶えぬ歌に
陽は射さずとも
季節は次々生き返る
楽曲のラストサビでは、かつて避けたいと思っていた過去が「望郷の詩」とたとえられています。
過去を切り離したい気持ちはある一方で、自分にとって唯一無二の過去は、故郷のような温かさを秘めているようです。
たとえ過去が完璧なものではなくても、その出発点が今の自分の存在の礎であると感じているようです。
「季節は次々死んでいく」で始まった楽曲が、「季節は次々生き返る」で幕を閉じます。
この点について、秋田は次のように述べています。
「日の目を見なくても、やりたいことをやっていれば誰かが見てくれてる」
「自分が思うままにやりたいことをやっているうちに季節も状況も変わる」
これにより、前向きなメッセージを感じ取ることができます。
まとめ
「季節は次々死んでいく」は、そのすべての歌詞が力強いエネルギーに充ちた楽曲でした。
自分の人生を燃やして、困難な道を進みながらも、精一杯生きる姿は、他に代え難い尊さがありますね。
amazarashiの楽曲は、通常私たちが見過ごしがちな側面に深く切り込んだ作品が多いと感じます。
暗い要素が存在する世界観の中に、小さな光明を見出すことができるのが、非常に印象的なアーティストです。