BUMP OF CHICKEN「なないろ」歌詞の意味を考察|雨の記憶が虹へ変わる本当の理由

雨がやんだ朝には、世界が生まれ変わったように見えることがあります。

雲の間から光が差し込む。

濡れた道路が輝く。

昨日まで重く感じていた空気が、少しだけ軽くなる。

けれど、雨がやんだからといって、昨日の出来事まで消えるわけではありません。

心を傷つけた言葉。

眠れなかった夜。

取り戻せない失敗。

忘れたふりをしている悲しみ。

朝になって太陽が昇っても、それらは自分の中に残っています。

BUMP OF CHICKENの「なないろ」は、苦しみを忘れて明るく生きようとする歌ではありません。

雨の記憶を抱えたまま、新しい朝へ歩き出す歌です。

この曲で印象的なのは、太陽が雨の痕跡を消していないことです。

地面には水が残っています。

昨日の雨が作ったものは、朝の光を受けて輝き始めます。

つまり、悲しみがなくなったから世界が美しくなったのではありません。

悲しみの痕跡があるからこそ、光が見えるのです。

では、タイトルの「なないろ」は虹を意味しているのでしょうか。

なぜ漢字の「七色」でも、直接的な「虹」でもなく、ひらがなの「なないろ」なのでしょうか。

そして、この曲が描く「朝」は、本当に希望だけを表しているのでしょうか。

本記事では、BUMP OF CHICKEN「なないろ」の歌詞に込められた意味を、『おかえりモネ』との関係や楽曲の象徴表現から詳しく考察します。

  1. BUMP OF CHICKEN「なないろ」とは
  2. 【結論】「なないろ」は傷を消さず、光を見つけ直す歌
  3. タイトル「なないろ」の意味
  4. なぜタイトルは「虹」ではないのか
  5. ひらがなの「なないろ」が持つ柔らかさ
  6. 雨が象徴するもの
  7. 昨夜の雨を太陽は覚えていない
  8. 水たまりは消えなかった悲しみ
  9. 光は傷を消していない
  10. 「雨の後には虹が出る」という歌ではない
  11. 靴ひもが象徴する「自分の生活」
  12. ほどけた靴ひもは失敗ではない
  13. 呼吸は最も小さな「帰還」
  14. 「おかえり」という言葉とのつながり
  15. 『おかえりモネ』と天気のモチーフ
  16. 天気は善悪で分けられない
  17. なぜ「朝」の歌なのか
  18. 朝は何度でも訪れる
  19. 七色は人間のさまざまな感情
  20. 七色は人と人との違いでもある
  21. 「信じる」ことは根拠が必要なのか
  22. 希望は自信ではない
  23. 「なないろ」は誰かを励ます歌なのか
  24. 自分への歌という解釈
  25. ミュージックビデオで二人の少女が描かれる意味
  26. 一人では見つけられない色
  27. 「Flare」と共通するもの
  28. 「なないろ」が長く聴かれる理由
  29. 「なないろ」に関するよくある疑問
    1. 「なないろ」はどのような歌ですか?
    2. タイトルの「なないろ」は虹のことですか?
    3. なぜ漢字ではなく、ひらがななのですか?
    4. 雨にはどのような意味がありますか?
    5. 水たまりが輝くのはなぜですか?
    6. 靴ひもにはどのような意味がありますか?
    7. 『おかえりモネ』とどのように関係していますか?
    8. 「なないろ」は単純な応援歌ですか?
    9. 「なないろ」はいつリリースされましたか?
    10. 「なないろ」はどれほどヒットした曲ですか?
  30. まとめ|「なないろ」は雨を忘れる歌ではなく、雨と一緒に朝へ帰る歌

BUMP OF CHICKEN「なないろ」とは

「なないろ」は、BUMP OF CHICKENが2021年5月18日に配信開始した楽曲です。2021年度前期のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の主題歌として制作され、同年12月には「Flare」「Small world」とともにCDシングルへ収録されました。

作詞・作曲は藤原基央が担当。ドラマの制作スタッフから作品へ懸ける思いを聞いた藤原が、その熱量に心を動かされ、制作チームの一員として曲作りに向き合ったことが伝えられています。

2026年7月15日発表のオリコン週間ストリーミングランキングでは、累積再生数1億回を突破。BUMP OF CHICKENにとって6作目の1億回突破作品となりました。配信開始から5年以上を経ても聴かれ続けているロングヒット曲です。

【結論】「なないろ」は傷を消さず、光を見つけ直す歌

「なないろ」の意味をひと言で表すなら、過去の悲しみや不安を消そうとするのではなく、それらを抱えた現在の自分で、もう一度世界の光を見つけようとする歌です。

主人公は、すべての問題を解決した人物ではありません。

迷いがあります。

傷があります。

未来を信じ切れない日もあります。

それでも、朝は訪れます。

自分の心が立ち直るのを待たず、世界は新しい一日を始めます。

この曲が優しいのは、その速度に無理に追いつくよう求めないことです。

立派な目標を持たなくてもよい。

昨日を完全に乗り越えなくてもよい。

まずは呼吸をする。

足元を確かめる。

自分のそばにいる人や、窓の外の光へ気づく。

その小さな行為によって、今日とのつながりを取り戻していきます。

タイトル「なないろ」の意味

「なないろ」から最初に連想されるのは虹です。

虹は一般に、雨がやんだ後に現れる希望の象徴として使われます。

苦しい時間が終わり、明るい未来が訪れる。

そのような物語に見えるでしょう。

しかし、「なないろ」が描くのは、雨の後に現れる完成された虹だけではありません。

雨。

雲。

太陽。

水たまり。

そこへ映る光。

虹が生まれるまでのすべての要素が含まれています。

幸福だけが一色で存在しているのではありません。

悲しさも、不安も、喜びも、懐かしさも混ざり合っている。

その複雑な感情の総体が「なないろ」なのでしょう。

なぜタイトルは「虹」ではないのか

タイトルが「虹」であれば、曲の意味は分かりやすくなります。

雨の後には虹が出る。

苦しみの後には希望がある。

しかし、それでは結論が美しく整いすぎます。

現実には、雨がやんでも虹が出ない日があります。

悲しい経験をしても、すぐに意味を見つけられるとは限りません。

一方、「なないろ」は特定の形を持たない言葉です。

空に架かる虹だけでなく、日常に散らばるさまざまな色を想像できます。

朝の光。

濡れた地面。

誰かの表情。

その日の気分。

昨日とは少し違う自分。

主人公は空に大きな希望を探すのではなく、自分の周囲にある小さな色を一つずつ見つけているのです。

ひらがなの「なないろ」が持つ柔らかさ

「七色」と漢字で書けば、色の数が明確になります。

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫という、虹の構造を強く意識させるでしょう。

しかし、タイトルにはひらがなが使われています。

ひらがなの「なないろ」は、輪郭が柔らかく、意味を一つに固定しません。

人の感情は、七種類にきれいに分けられるものではありません。

うれしいけれど寂しい。

安心しているのに不安。

前へ進みたいのに、過去へ戻りたい。

複数の感情が同時に存在します。

ひらがなの題名は、名前を付け切れない心の色まで受け入れているのでしょう。

雨が象徴するもの

この曲における雨は、単なる天候ではありません。

主人公が昨夜まで抱えていた痛みや不安を象徴していると考えられます。

涙を流した時間。

先が見えなかった夜。

自分や誰かを信じられなかった瞬間。

雨は視界を遮り、身体を濡らします。

進む方向を分かりにくくし、外へ出ることをためらわせます。

しかし、雨は世界を壊すだけではありません。

土や植物へ水を与えます。

空気を洗い、地面へ新しい景色を作ります。

苦しかった経験も、すぐには分からなくても、未来の自分へ何かを残すことがあります。

「なないろ」は、雨を必要だったものとして美化しているわけではありません。

雨によって生まれたものを、なかったことにしない歌なのです。

昨夜の雨を太陽は覚えていない

朝の太陽は、昨夜に雨が降っていたこととは関係なく昇ります。

世界は、自分が眠れなかったことを知りません。

どれほど傷ついていても、朝になれば時計は動き、人々は生活を始めます。

この無関心さは、冷たく感じられるかもしれません。

自分はまだ立ち直っていないのに、なぜ一日は始まってしまうのか。

しかし、太陽が昨日を覚えていないことは、救いにもなります。

世界は、主人公を昨日の失敗へ固定しません。

昨日うまく生きられなかったとしても、今日の光は同じように届きます。

新しい朝は、主人公へ反省や説明を要求しません。

ただそこに存在しています。

水たまりは消えなかった悲しみ

雨がやんでも、地面には水たまりが残ります。

これは、苦しい出来事が終わっても、心に残り続ける傷のようです。

問題が解決した。

関係が終わった。

時間が経った。

それでも、痛みがすぐに消えるとは限りません。

一般的な応援歌であれば、水たまりを避けて前へ進むよう促すかもしれません。

しかし「なないろ」では、その水たまりが朝の光を受けます。

消すべきものだった雨の痕跡が、最も美しく輝く場所へ変わるのです。

光は傷を消していない

太陽の光が差したからといって、水たまりがなくなったわけではありません。

主人公の悲しみも同じです。

希望を見つけたから、過去が消えたわけではない。

笑えるようになったから、傷つかなかったことになるわけでもない。

光が行うのは、悲しみの削除ではありません。

悲しみの見え方を変えることです。

以前はただ苦しいだけだった記憶が、時間の経過によって別の意味を持つことがあります。

誰かの痛みを想像できるようになった。

大切なものへ気づいた。

自分の弱さを認められるようになった。

傷が必要だったと考える必要はありません。

それでも、その傷を抱えて生きた自分の中に、新しい色が生まれることはあります。

「雨の後には虹が出る」という歌ではない

「なないろ」は、苦しみの後には必ず幸福が訪れると約束する歌ではありません。

雨が降れば、毎回虹が出るわけではないからです。

努力しても報われないことがある。

長い夜を越えても、すぐには元気になれない場合もある。

大切なのは、立派な虹を発見することではありません。

水たまりの小さな反射でもよい。

雲の隙間から見える光でもよい。

何も変わっていないように見える朝の中で、昨日とは異なる色を一つ見つける。

「なないろ」が描く希望は、未来の大成功ではなく、現在の小さな変化です。

靴ひもが象徴する「自分の生活」

歌詞には、足元の身近なものへ意識を向ける場面があります。

靴ひもは、非常に日常的な存在です。

ほどけていれば結ぶ。

外出するために靴を履く。

その程度の小さな行為です。

しかし、心が疲れているときには、身支度さえ難しく感じることがあります。

遠い未来を決める前に、まず靴ひもを結ぶ。

人生の目的を見つける前に、今日を始める準備をする。

主人公は壮大な答えではなく、自分の手が届く行動から生活へ戻ろうとしています。

ほどけた靴ひもは失敗ではない

靴ひもは、一度結べば永遠にほどけないものではありません。

歩けば緩みます。

走れば、また結び直す必要があります。

心も同じです。

一度立ち直ったからといって、二度と落ち込まなくなるわけではありません。

昨日は元気だったのに、今日は動けない。

前向きになれたと思ったのに、再び過去を思い出す。

それは回復の失敗ではありません。

人間は何度でもほどけます。

そして、ほどけたときには何度でも結び直せばよい。

「なないろ」は、二度と迷わない強さではなく、迷うたびに自分の生活へ戻ってくる力を歌っているのでしょう。

呼吸は最も小さな「帰還」

主人公は、大きな決意によって人生を再開するわけではありません。

まず、自分が呼吸していることへ気づきます。

呼吸は、普段は意識しない生命活動です。

しかし不安や緊張が強いとき、人は息が浅くなります。

過去や未来のことばかり考え、自分が今どこにいるのか分からなくなることもあります。

一度息を吸い、吐く。

身体の感覚へ戻る。

それは、自分自身の現在へ帰ってくる行為です。

何かを成し遂げなくても、主人公はすでに生きています。

呼吸しているという事実だけで、新しい一日は始まっています。

「おかえり」という言葉とのつながり

「なないろ」が主題歌となった『おかえりモネ』は、宮城県気仙沼市と登米市、そして東京を舞台に、主人公・永浦百音が気象予報の仕事を通して人々と向き合っていく物語です。

タイトルの「おかえり」には、故郷へ戻ることだけではなく、自分自身や大切な人との関係へ帰るという意味も重ねられます。

「なないろ」の主人公も、遠い目的地へ向かっているようで、実際には自分の生活へ戻ろうとしています。

息をする。

足元を整える。

朝の光を見る。

昨日の自分を完全に捨てず、今日の自分として立ち上がる。

それは、自分自身へ「おかえり」と伝えるような行為なのです。

『おかえりモネ』と天気のモチーフ

『おかえりモネ』の主人公は、天気と向き合う仕事を目指します。

天気は、誰かの意思によって自由に変えられるものではありません。

雨を止めることはできない。

台風を消すこともできない。

しかし、予測し、伝えることで、誰かの行動を支えることはできます。

人の心も似ています。

相手の悲しみを消すことはできません。

苦しい経験を代わりに引き受けることもできない。

それでも、そばにいる。

話を聞く。

一緒に備える。

「なないろ」が描く優しさは、相手を救済する力ではありません。

変えられない天気の中で、一人にしないための優しさです。

天気は善悪で分けられない

晴れは良い天気、雨は悪い天気と考えられがちです。

しかし、農作物にとって雨は必要です。

暑い日が続けば、曇り空に救われることもあります。

天気の意味は、見る人や状況によって変わります。

感情も同じです。

悲しみは悪く、喜びは良いと単純には分けられません。

悲しむことによって、自分にとって大切だったものを知る場合があります。

怒りによって、自分が傷つけられていたことへ気づくこともあるでしょう。

「なないろ」は感情を晴天だけに統一しようとしません。

雨の日も曇りの日も、自分の人生の色として受け入れています。

なぜ「朝」の歌なのか

「なないろ」は、夜の苦しみそのものを描く歌ではありません。

夜を越えた直後の朝を描いています。

朝は、問題が解決した時間ではありません。

今日も同じ悩みが続くかもしれない。

昨日と変わらない自分がいる。

それでも、一日には新しい余白があります。

まだ何が起こるか分からない。

誰と会うかも、どのような言葉を受け取るかも決まっていない。

朝の希望とは、必ず良い日になるという保証ではありません。

今日がまだ完成していないということです。

朝は何度でも訪れる

人生を変えるような大きな再出発は、何度も経験するものではありません。

しかし、朝は毎日訪れます。

昨日うまくできなかったとしても、今日が始まる。

今日も苦しかったとしても、次の朝が来る。

主人公は一度の決意ですべてを変えようとはしていません。

毎朝、自分の状態を確かめながら、今日を始め直します。

この反復が、「なないろ」の希望を現実的なものにしています。

七色は人間のさまざまな感情

一人の人間には、多くの顔があります。

強い自分。

弱い自分。

誰かに優しくできる自分。

嫉妬してしまう自分。

未来を信じる自分。

すべてを諦めたくなる自分。

どれか一つだけが本当の自分なのではありません。

すべてが同じ人間の中に存在しています。

主人公は、暗い色の自分を消し、明るい色だけになろうとはしていません。

さまざまな色を持つ存在として、自分を受け入れようとしています。

「なないろ」とは、理想的な一色へ変わることではありません。

複雑なままの自分が、一つの存在として生きることなのです。

七色は人と人との違いでもある

七色は、一人の感情だけでなく、人間同士の違いを表しているとも考えられます。

同じ雨を見ても、感じることは人によって異なります。

恵みの雨だと思う人。

予定を壊す雨だと思う人。

過去の記憶を思い出す人。

誰かを心配する人。

自分が見ている世界と、相手が見ている世界は同じではありません。

だからこそ、人は言葉を交わす必要があります。

自分の色だけを正しいと考えず、相手には別の色があると想像する。

異なる色が並ぶことで、初めて一つの景色が生まれます。

「信じる」ことは根拠が必要なのか

曲の冒頭では、確かな根拠がなくても、何かを信じようとする主人公の姿が描かれています。

一般的には、根拠のない信頼は危険だと考えられます。

失敗するかもしれない。

裏切られるかもしれない。

期待しなければ、傷つかずに済む。

しかし、未来のすべてに確かな根拠を用意することはできません。

明日も生きられる。

相手と分かり合える。

自分はもう一度立ち上がれる。

それらは、完全に証明してから信じるものではないでしょう。

信じることは未来の事実を知ることではありません。

何も分からない状態でも、次の一歩を選ぶことです。

希望は自信ではない

主人公が持つ希望は、「自分なら絶対に大丈夫」という強い自信ではありません。

大丈夫かどうかは分からない。

また失敗するかもしれない。

それでも歩いてみる。

その不確かな姿勢です。

自信が持てるまで動けないと思えば、多くの人はいつまでも始められません。

自信は、行動する前に完成しているものではなく、歩いた後に少しずつ生まれる場合があります。

「なないろ」が肯定するのは、迷わない人ではありません。

迷いながらも、今日へ触れようとする人です。

「なないろ」は誰かを励ます歌なのか

この曲は聴き手へ向けた応援歌として受け取れます。

しかし、上から励ますような言葉ではありません。

主人公自身も、完全には立ち直っていないからです。

自分も昨日は雨の中にいた。

今も水たまりは残っている。

それでも、そこに光が映っている。

同じ場所から語りかけるため、聴き手は置いていかれません。

頑張れと言われるのではなく、一緒に朝を見てみようと誘われているように感じられます。

自分への歌という解釈

「なないろ」は、主人公が自分自身へ語りかける歌としても読めます。

昨日の自分を責めすぎないこと。

今日の自分へ戻ってくること。

誰かの評価だけで、自分の価値を決めないこと。

心の中には、前へ進みたい自分と、まだ休みたい自分がいます。

一方を排除するのではなく、両方の声を聞きながら歩く。

七色とは、自分の中にいる複数の自分でもあるのでしょう。

ミュージックビデオで二人の少女が描かれる意味

「なないろ」のミュージックビデオでは、双子の少女たちが空中を落下しながら、心理的な距離を縮めていく姿が描かれています。実写撮影とVFXを組み合わせた映像として制作されました。

落下することは、一般的には制御を失う怖さを表します。

足場がない。

どこへ向かうか分からない。

自分の力だけでは止まれない。

その不安定な状況の中で、二人は互いの存在へ近づいていきます。

人生を完全に制御できなくても、誰かとつながることはできる。

MVは、曲に描かれる人と人との関係を、空間的な距離として表現しているのでしょう。

一人では見つけられない色

一人で世界を見ていると、自分の感じ方だけがすべてになります。

しかし誰かと出会えば、自分にはなかった視点を知ります。

同じ景色を見ても、相手は違う場所へ気づく。

自分が嫌いだった部分を、相手は大切だと言うかもしれない。

人と関わることによって、世界の色は増えていきます。

同時に、人と関わるから傷つくこともあります。

「なないろ」は、他者との関係を無条件に美化していません。

傷つく可能性も含めて、それでも一人では得られない色があると歌っているのでしょう。

「Flare」と共通するもの

藤原基央は、「なないろ」と「Flare」が近い時期に書かれ、異なる角度や温度でありながら、根底では似たことを歌っていると説明しています。

「Flare」には、暗闇の中で自分の内側にある小さな光を確かめるような感覚があります。

一方、「なないろ」では、その光が外の世界へ広がっています。

昨夜の雨。

朝の太陽。

水たまり。

自分以外の人。

内側で守っていた火が、世界のさまざまな色へ触れていく。

二曲を並べると、一人で夜を耐える時間と、その後に朝へ戻る時間のようにも感じられます。

「なないろ」が長く聴かれる理由

「なないろ」は2021年の朝ドラ主題歌ですが、2026年にオリコン累積再生数1億回へ到達しました。

長く支持される理由は、特定の時代だけに通用する成功物語ではないからでしょう。

雨の夜は何度も訪れます。

大人になっても迷う。

立ち直った後に、再び傷つくこともある。

そのたびに「なないろ」は、完全な解決ではなく、次の朝を差し出します。

何年前に聴いても、その日の自分に合った色を見つけられる。

それが、この曲の普遍性につながっています。

「なないろ」に関するよくある疑問

「なないろ」はどのような歌ですか?

過去の悲しみや不安を消すのではなく、それらを抱えたまま新しい朝へ戻り、日常の中にある小さな光を見つける歌です。

タイトルの「なないろ」は虹のことですか?

虹を連想させますが、それだけではありません。

雨や太陽、人間のさまざまな感情、異なる人々の視点など、複数の色が共存する世界を表していると考えられます。

なぜ漢字ではなく、ひらがななのですか?

感情を七種類へ明確に分類せず、名前を付けにくい気持ちまで含めるためだと解釈できます。

ひらがなによって柔らかさと余白が生まれています。

雨にはどのような意味がありますか?

悲しみ、不安、失敗、過去の傷などを象徴していると考えられます。

ただし、雨は否定されるだけではなく、新しい景色を作るものとしても描かれています。

水たまりが輝くのはなぜですか?

痛みの痕跡が消えなくても、時間や新しい視点によって、その見え方が変わることを表しているのでしょう。

悲しみを消すのではなく、悲しみが光を映す場所へ変わっています。

靴ひもにはどのような意味がありますか?

自分の日常を整え、今日を始めるための小さな行動を象徴しています。

人生の答えを出す前に、まず足元から生活へ戻る姿が描かれています。

『おかえりモネ』とどのように関係していますか?

気象予報を通して人々と向き合うドラマの物語と、雨や太陽、朝の光を通して人の心を描く楽曲が重なっています。

変えられない天気の中で、誰かに寄り添うというテーマも共通しています。

「なないろ」は単純な応援歌ですか?

明るさはありますが、苦しみを忘れて頑張るよう求める歌ではありません。

傷や迷いが残った状態でも、もう一度呼吸し、今日を始めてよいと伝える歌です。

「なないろ」はいつリリースされましたか?

2021年5月18日に配信が開始されました。後にCDシングルや2024年発売のアルバム『Iris』へ収録されています。

「なないろ」はどれほどヒットした曲ですか?

2026年7月15日発表のオリコン週間ストリーミングランキングで累積再生数1億回を突破し、BUMP OF CHICKENにとって6作目の達成曲となりました。

まとめ|「なないろ」は雨を忘れる歌ではなく、雨と一緒に朝へ帰る歌

BUMP OF CHICKENの「なないろ」は、暗い夜が終わり、明るい未来だけが始まる歌ではありません。

昨夜の雨は、確かに存在していました。

主人公が苦しんだ時間も、傷ついた事実も消えません。

朝になっても、地面には水たまりが残っています。

しかし、その水たまりへ太陽の光が差し込みます。

ここに、この曲の重要な考え方があります。

悲しみが消えたから輝けるのではありません。

悲しみの痕跡が、光を受け取る場所になります。

過去の傷を無理に肯定する必要はありません。

つらい経験にはすべて意味があったと考えなくてもよいでしょう。

それでも、その経験をした自分まで否定しなくてよい。

昨日の雨に濡れた自分も、今日の朝を生きる自分と同じ人間です。

主人公は、人生を一度に変えようとはしません。

遠い未来の成功を誓うこともありません。

靴ひもを整える。

呼吸をする。

窓の外を見る。

足元に映る光へ気づく。

その小さな行為によって、現在へ戻ってきます。

人は、何度でも心を乱します。

一度結んだ靴ひもが再びほどけるように、立ち直った後にも迷います。

それでも、ほどけたら結び直せばよい。

毎朝、今日を始め直してよい。

「なないろ」が与える希望は、二度と傷つかない強さではありません。

傷つくたび、自分の生活へ帰ってこられることです。

タイトルが「虹」ではなく「なないろ」であることにも意味があります。

完成された美しい虹を見つけなくてもよい。

心の中に、明確な希望が架からなくてもよい。

雨の灰色。

朝の光。

水面の輝き。

自分と誰かの異なる感情。

それらはすべて、世界を作る色です。

人間の心も、一つの色ではありません。

強くありたい自分。

休みたい自分。

誰かを信じたい自分。

もう傷つきたくない自分。

矛盾しているように見える感情も、同じ人間の中に共存しています。

どれか一色だけが本当の自分なのではありません。

多くの色を抱えている姿こそ、自分なのです。

『おかえりモネ』との関係を考えると、この曲の「朝」は帰還の場所としても見えてきます。

故郷へ帰る。

大切な人のもとへ帰る。

そして、過去や未来へ心を奪われていた自分が、現在の身体へ帰る。

呼吸へ気づくことは、自分自身に「おかえり」と告げることなのかもしれません。

雨を止めることはできません。

相手の悲しみを完全に消すこともできないでしょう。

けれど、雨が降る場所で一緒に立つことはできます。

朝になったとき、足元の光を一緒に見ることもできます。

「なないろ」は、誰かを劇的に救う歌ではありません。

変えられないものを抱えながら、互いの存在によって今日を始める歌です。

BUMP OF CHICKENの「なないろ」は、雨の記憶を消して虹を探す歌ではなく、雨が残した水たまりの中に、自分だけの光と色を見つけ直す歌なのではないでしょうか。