【歌詞考察】TOMOO「Lip Noise」の意味|言葉になる直前の“音”が描く、近さと遠さ

TOMOOの「Lip Noise」は、甘い言葉で気持ちを言い切るタイプのラブソングではありません。むしろ印象に残るのは、声になる前の“口元の音”——言おうとして、ためらって、飲み込んでしまう瞬間の気配です。タイトルの「Lip Noise」は、告白や説明の“完成形”ではなく、本音が言葉になる直前にだけ漏れる揺れを象徴しているように思えます。

歌詞には、呼吸の合間、透明さ、ガラス越しの触感、そして錆びない棘のような痛みが散りばめられ、近いのに届かない距離が何度も描かれます。この記事では、そうしたキーワードを手がかりに、「Lip Noise」が描くのは愛情なのか、それとも執着なのか——“言えなさ”ごと抱えてしまう感情の正体を、丁寧に読み解いていきます。作品全体の空気感はDEAR MYSTERIESにも通じる部分があるので、あわせて触れながら考察してみましょう。

LIP NOISEとは?歌詞全体を貫くテーマ(距離/沈黙/身体性)

「Lip Noise」という言葉自体、日常会話ではあまり聞き慣れません。録音・収録の現場でいうリップノイズは、唇や舌の動きで生まれる「ぺちゃっ」「ぴちゃっ」といった微細な“口の音”のこと。つまり声(言葉)そのものではなく、声が生まれる手前の身体音です。

この前提を置くと、歌詞全体に通うテーマが見えやすくなります。

  • 距離:触れたいのに、届かない。近さと遠さが同居する。
  • 沈黙:言葉にできない時間、言いよどみ、ためらい。
  • 身体性:呼吸・唇・肌感覚など、“気持ち”を身体のディテールで描く。

恋愛の歌なのに、甘い言葉で押し切らない。むしろ「言えなさ」「触れられなさ」を真正面から抱え、その緊張が音とことばの両方に張りついている——それが「Lip Noise」の入口だと思います。


タイトル「リップノイズ」が象徴するもの:言葉にならない“本音”の音

リップノイズが象徴するのは、上手に整えた告白や説明ではなく、本音が口元でつっかえる瞬間です。何かを言おうとして、でも言葉が定まらず、唇だけが先に鳴ってしまう。そこには「勇気」も「怖さ」も「期待」も混ざる。

上位の解釈記事でも、リップノイズを「切り出しの言葉を迷った末に口にした瞬間の音/口にできず漏れた雑音」と捉え、「その瞬間ごと抱きしめたい」という読みが見られます。
ここが大事で、抱く対象は“完成した言葉”ではありません。未完成な震え、あるいは言えなさそのもの。だからこそ切実で、うつくしい。


冒頭「呼吸と呼吸の合間」「透明」:近さと遠さが同居する感覚

「呼吸の合間」という発想が、まず詩的です。呼吸は生きている証拠であり、同時に沈黙のリズムでもある。声が出る直前、言葉が立ち上がる一瞬前——そこに“透明”が覗く、という感覚は、相手の核心を見た気がしたのに、掴めないという体験に近い。

透明という言葉は、一般に「純粋」「澄んでいる」イメージを持ちます。でもこの曲の透明は、褒め言葉で終わりません。
透明=見えるのに触れられない/輪郭があるのに手応えがない。
その二面性が、恋の高揚と不安を同時に走らせます。

MVの紹介でも「静と動」「緊張と解放」が交錯する、と語られていましたが、まさにこの冒頭の“間(ま)”が、曲全体の緊張を支える核になっています。


「ガラス越しに肌を触って」:触れたいのに触れられない関係性の比喩

「ガラス越し」は、恋の比喩として強烈です。ガラスは、

  • 見える(相手はそこにいる)
  • 近い(距離はほぼゼロ)
  • でも触れられない(決定的な隔たり)

つまり、関係が始まる直前の距離にも、もう近づけない距離にも読める。どちらにせよ“隔たり”の存在がポイントです。

この比喩は、ただ切ないだけじゃなく、少し残酷でもあります。触れた気になれるのに、実際の体温は届かない。だからこそ主体(“僕”)は、言葉よりも先に身体の感覚へと頼り、呼吸や唇の音へと沈んでいく——そんな流れが感じられます。


「飼い慣らす秘密」「ねじれそう」:感情が矛盾していく瞬間を読む

“秘密”を「飼い慣らす」という表現が面白い。秘密は普通、隠すか、守るか、抱えるもの。でもここではコントロールしようとしている。言い換えるなら、気持ちが暴れないように、毎日しつけるように抑えている。

ところが、抑えれば抑えるほど「ねじれそう」になる。ここに恋のリアルがあります。

  • 近づきたい
  • でも壊したくない
  • だから平静を装う
  • けれど内側は歪んでいく

この“矛盾の蓄積”が、後半の切実さへつながる。リップノイズが「言葉にならない本音の音」だとすると、ねじれはその直前の圧力です。音になる前に、まず内側がよじれる。


「リップノイズと錆びない棘」:痛みごと抱く=愛情か、執着か

ここで出てくる「棘」が、“錆びない”のが重要です。時間が経っても鈍らない痛み。つまり、傷が治らないというより、傷を手放していないニュアンスがある。

そして、リップノイズ(未完成の本音)と棘(痛み)をセットで「欲しい」とする。これは恋の危うさをはらんでいます。
愛情は本来、相手をラクにする側面もある。でもこの曲は、ラクにするより先に、痛みを含む真実がほしいと言ってしまう。聴き手としてはここで問われます。
これは愛なのか、それとも執着なのか。

ただ、上位の考察でも指摘されていたように、この欲しがり方は“支配”というより“渇き”に近い。鈍ってしまった感覚を取り戻すために、痛みでさえ輪郭として必要だった——そんな切迫感が漂います。


「真澄と澱みの境目」:清さと濁りのグラデーションが描く“君”

「真澄(ますみ)」と「澱み(よどみ)」。真逆の質感が並べられることで、“君”は単純な理想像ではなくなります。
清いところもある。濁るところもある。どちらも同じ人の中にある。

そして“境目”に惹かれてしまうのが、この曲の恐ろしさであり魅力です。境目は、最も揺れる場所。矛盾が露出する場所。相手の人間味が滲む場所。そこに「透明」を見るというのは、相手を神聖化しているというより、相手の曖昧さを美として見てしまう感覚に近い。

恋は相手を理解したくなる一方で、理解しきれない部分が魅力にもなる。その“理解不能の輝き”を、この曲は「透明」として扱っているように思えます。


終盤の反復「君が生きてることが ことが」:存在確認としての祈り

言葉が反復されるとき、そこにはたいてい「言い切れなさ」があります。言い切れないから、もう一度言う。確かめるように、祈るように。

終盤の反復は、恋の願いが「一緒にいたい」や「好きだ」からさらに奥へ沈み、存在そのものの肯定に触れていく瞬間だと読めます。
君が生きている。それだけで世界が動く。だけど同時に、それすら不安で確かめたくなる。ここまで来ると、恋は甘さではなく、ほとんど信仰に近い熱量を帯びます。

リップノイズ=言葉の手前の音、という設定が最後まで効いていて、結局この曲は「うまく言えない」からこそ「確かめ続ける」歌なんだと思わされます。


DEAR MYSTERIESの文脈で読む:抽象度の高い言葉が狙う余白

「DEAR MYSTERIES」というアルバム名自体が、“わからなさ”に手紙を書くような響きを持っています。そこに「Lip Noise」が収録されているのは象徴的で、“わからないもの/触れられないもの”へ向かう姿勢が、作品の核にあると考えられます。

実際、楽曲紹介でもこの曲が“触れられない美しさ”を探し求める痛みに向き合った一曲だ、と伝えられています。
だから歌詞が抽象的でも、逃げているわけではありません。むしろ抽象度を上げることで、聴き手それぞれの「触れられない何か」を差し込める余白が生まれる。ここがTOMOOの言葉選びの強さです。


サウンド/息遣い/空間表現から補助線を引く(Bialystocks制作面の話題も含めて)

この曲を読むときは、歌詞だけで完結させないのがおすすめです。なぜなら「Lip Noise」という題材自体が、**音(しかも微細な音)**の話だから。

ポイントは3つ。

  1. ピアノの硬質さ:緊張を保ったまま進むことで、“触れられない距離”が音として持続する。
  2. 間(ま)と息の気配:言葉と沈黙の境界が、歌詞の世界観と直結している。
  3. 重厚さと透明感の同居:プロデュース/アレンジに菊池剛を迎えたことで、ピアノを軸にしつつ重厚で透明感のあるサウンドに仕上がった、と報じられています。

歌詞の「透明」を、単なる美しさで終わらせず、「近いのに触れられない」感覚として立ち上げる——その“補助線”を、音が引いてくれる。だからこそ、読むほどに聴き直したくなる曲だと思います。