Tele「ひび」歌詞の意味を徹底考察|“日々”と“罅”が重なる祈りのラブソング

Teleの「ひび」は、聴けば聴くほど“優しいのに痛い”曲です。タイトルから連想するのは「日々」という生活の連なり。でも歌詞を追うと、そこにはもう一つの「ひび」——“罅(傷・欠け)”が重なって見えてきます。
羽田行きの電車、枯れた未来に注がれるお湯、そして「皺に許しを、ひびには愛を」という言葉。どれも派手な物語ではなく、すれ違いのあとにも続いていく暮らしの手触りを残します。

この記事では、印象的なフレーズを軸に「ひび」が描くテーマを丁寧に読み解きながら、ラストの「あなたに祈りを」が意味する着地点まで考察します。“正しさ”よりも“慈愛”へ——この曲がそっと差し出す肯定のかたちを、一緒に見つけていきましょう。

結論:Tele「ひび」が描くのは“傷(罅)ごと日々を肯定する祈り”

この曲の核は、「うまくいかないところ(罅)を消す」のではなく、罅が入ったままの自分/相手を抱きしめて、今日を続けていくという肯定です。ラストで「すべての祈りを。あなたに祈りを。」と結ぶように、感情の結論は“反省”や“解決”ではなく、祈り=相手の生活が守られることを願う姿勢に落ち着いていきます。


曲情報と制作背景(収録作品・リリース時期・歌詞の位置づけ)

「ひび」は作詞作曲ともに谷口喜多朗で、リリースは2025年4月23日として掲載されています。また2ndアルバム残像の愛し方、或いはそれによって産み落ちた自身の歪さを、受け入れる為に僕たちが過ごす寄る辺の無い幾つかの日々について。の19曲目に位置づけられており、ツアー本編のラストで披露されていたことも報じられています。
さらにMVは2025年6月15日に公開とニュース化されています。アルバム終盤(=作品全体の着地点)に置かれた楽曲だとわかると、歌詞の“肯定のムード”がより腑に落ちます。


タイトル「ひび」の二重性──“日々”と“罅(ひび)”が重なる理由

検索キーワードで「日々」と表記されがちなのは、この曲が意図的に**“日々(生活)”と“罅(傷・欠け)”を重ねているからです。決定打は終盤の「あなたは、あなたの、日々を抱きしめて、わたしの罅すら愛したあなたへ。」という一節。
ここでタイトルが“生活の連続”でもあり、“壊れやすさの痕”でもあると明示されます。つまり「ひび」は、毎日の中で増える小さな罅であり、同時に
罅があっても続いていく毎日**でもある。曲名の時点で、すでにテーマを言い切っているタイプのタイトルです。


「わたし」と「あなた」は誰?歌詞の視点(語り手/聴き手/大切な人)

歌詞は一貫して「あなた」へ向かう語りで、距離のある場所からでも相手の呼吸を思って眠るなど、“同じ空間にいない”気配も漂います。
一方でBillboard JAPANのインタビューでは、「相手の側に立ってその日常を肯定していく感じ」がこれまでと違う、という指摘が出ています。ここから逆算すると、「あなた」は特定の恋人に限らず、聴き手が“自分の大切な誰か”を重ねられる余白を持って設計されている、と読むのが自然です。


モチーフ考察:「羽田行きの電車」が象徴する“生活”と“別れ(移動)”

「羽田行きの電車」は、羽田空港へ向かう“移動”の具体性を持ちつつ、描写はやけに生活的です。「人が溢れ出す」「ガラスが軋み」「誰も気にしていなかった」。
ここが上手いのは、旅立ちのドラマを盛り上げるのではなく、むしろドラマが起きていても社会は平然と回り続ける冷たさ/現実味を置く点。個人的な別れや痛みは、通勤ラッシュと同じように“処理されていく”。だからこそ、この曲は大事件ではなく、小さな暮らしの単位で相手を守ろうとする方向へ向かいます。


キーフレーズ①「枯れた未来にお湯を注ごう」──再生のイメージを読み解く

「枯れた未来にお湯を注ごう」は、未来を“花”や“木”のような生き物として捉えています。水ではなく“お湯”なのがポイントで、これは努力や根性よりも、ぬくもり・手当ての感触に近い。
未来が枯れるのは、何かを間違えたからというより、疲労や摩耗で“乾く”から。だから処方箋も「正解」ではなく、温度のあるケアになる——この曲全体の態度が、この一行に凝縮されています。


キーフレーズ②「皺に許しを、ひびには愛を」──欠けたまま抱きしめる優しさ

サビで繰り返される「皺に許しを、ひびには愛を」は、老い(皺)と傷(罅)をセットで肯定します。ここでの“許し”は、過去の失敗を裁かないこと。
そして“愛”は、治す/直すではなく、罅がある形のまま受け入れることです。さらに「その場凌ぎ構わないから、嘘すらあなたのままで」と続くことで、理想論ではなく、生き延びるための現実的な肯定に落ちていきます。完璧な誠実さより、今日を越えるための“あなた”を選ぶ——痛いほど優しい。


キーフレーズ③「正しさに舵を取らせたら」──正解探しが関係を割く瞬間

「正しさに舵を取らせたら、それはあなたを割いて消えました。」は、価値観の衝突を“勝ち負け”に変換した瞬間、相手が裂けてしまう感覚を言い当てています。
続く「誰も答えの知らない問いをさ、考える事にまた逃げている。」も刺さるところで、ここは“思考”自体を否定していません。問題は、考えることで行動や対話から逃げること。だからこの曲は、正解探しよりも「現在に慈愛を、過去に理解を」という、態度(ケア)へ着地していきます。


ラストの意味:「最後のことばはできれば墓場で」から“あなたに祈りを”へ

終盤の「最後のことばはできれば墓場で、あなたの暮らしの端々に居させて。」は、ロマンチックというより生活への執着です。「端々」=洗濯物、食器、帰宅時間、ため息……そういう細部に、ずっと関わっていたい。
さらに「彼方に消える街など忘れて。」は、過去の場所や記憶に縛られず、“これからの生活”へ目線を戻す命令形。結果としてラストは「あなたは、あなたの、日々を抱きしめて」へ——相手の生活を肯定し、祈りで閉じる。
この“祈り”の感触は、Real Soundでの発言(「祈り、いぇい。」など)からも、Teleの言葉遣いとして地続きに見えます。


残像の愛し方、或いはそれによって産み落ちた自身の歪さを、受け入れる為に僕たちが過ごす寄る辺の無い幾つかの日々について。とのつながり(アルバム文脈での考察)

アルバム自体が「残像(過去の影)」「歪さ(自分の欠け)」を受け入れる物語として語られていて、ツアー/アルバムの結びつきも強調されています。
Rolling Stone Japan掲載の情報でも「ひび」は終盤(19曲目)に配置され、SPICEもツアー本編ラストで披露された曲だと報じています。
つまり「ひび」は、作品の旅路の最後に用意された“結論”に近い。過去の残像や自分の歪さを抱えたままでも、相手(あるいは自分)の日々を肯定するところへ辿り着く——その着地の仕方が、アルバム全体のタイトルと呼応しています。


よくある疑問(FAQ):「結局なにを“許す”歌?」「誰に向けたラブソング?」

Q1:何を許す歌?
A:いちばんは“自分や相手が完璧じゃないこと”です。皺=時間の痕、罅=傷や欠け。そこを裁かず、今日を越えることを選ぶ歌です。

Q2:誰に向けたラブソング?
A:恋人として読めるだけの具体性はある一方で、聴き手が自分の「あなた」を重ねられる余白も大きい。インタビューでも“相手の日常を肯定する”変化が語られています。


まとめ:今日を生きるための言葉としての「ひび」—聴いた後に残るもの

「ひび」は、痛みの説明書ではなく、痛みの隣で続く生活の歌です。正しさより慈愛、解決より祈り。
もしこの曲が刺さったなら、サビの“処方箋”を自分向けに置き換えてみてください。

  • 枯れた未来にお湯を注ぐ(小さく温め直す)
  • 皺に許しを、ひびには愛を(欠けたまま肯定する)
    その瞬間、この歌は“考察対象”から、あなたの「日々」を支える言葉に変わります。