【蜃気楼/10-FEET】歌詞の意味を考察、解釈する。

2019年7月24日に『ハローフィクサー』をリリースし、夏には『京都大作戦』という大規模な音楽フェスを開催することで知られる『10-FEET』は、コンサートや音楽フェスのファンから高い支持を受けています。

このバンドが放つ数々のヒット曲の中でも、特に人気のある『蜃気楼』について、その歌詞の意味深さを掘り下げてみます。

10-FEETのライブ魅力と『蜃気楼』歌詞の深掘り

10-FEETは、その多彩な楽曲で知られ、情熱的で力強いナンバーから、心温まるメロディーによって心の琴線に触れる曲まで、様々な感情に寄り添う音楽を提供しています。

このバンドが最も光を放つのはライブステージ上であり、その魅力はライブでのパフォーマンスにあります。

彼らが主催する『京都大作戦』をはじめとした多くの音楽フェスティバルやイベントで、頻繁にトップアクトを務めることもその証拠です。

例えば、ライブでしか味わえない一体感を生み出す『RIVER』では、サビをその場所の川の名前に置き換えて歌うことで観客を巻き込み、『CHERRY BLOSSOM』では、サビでタオルを空に投げ上げる独特のパフォーマンスが特徴です。

このようなライブ特有の演出とアレンジは、数多くのファンやフェス参加者を虜にします。

その中でも、ライブで特に注目を集める『蜃気楼』の歌詞について深く探求してみました。

『蜃気楼』歌詞解析:悲しみから幸せへの転換を拒む心情

『蜃気楼』はライブで演奏されると間違いなく観客を沸かせるヒット曲であると同時に、その背後には微かな「悲しみ」が感じられます。

笑ってみても (笑ってみても) 泣いてみても (泣いてみても)
あの頃の様な高揚も弱さも無くて

歌が始まるとすぐに心がつかまれるような感覚、大人になったことの孤独感を呼び覚ます。

「あの頃」とは、一体どの時期を指しているのだろう?

歌詞では過去の具体的な出来事には触れていない。

まさに、具体的に描写されていないからこそ、歌詞を目にした瞬間、さまざまな記憶が蘇るのだ。

私にとっては、何もかもが新鮮で感動的だった子供時代の景色が思い出される。


優しそうな (優しそうな) 少し困った (少し困った)
母親にしがみついて泣いてた少年を
見てこぼした笑みは少し堅くて
僕はまた無邪気さを無くした気がしたんだ

感情を体全体で表現し、母親のもとへ駆け寄る泣きじゃくる子供。

かつては自分も同じように感情を露わにしていたにも関わらず、時間が経つにつれて感情を見せることが恥ずかしいと感じるように変わってしまった。

見ず知らずの親子を見て、自分の過ぎ去った日々を思い出し、それが二度と戻らないという空虚感に包まれる。

ライブでのこの曲のコーラス部分は特に盛り上がりを見せるが、それと同時に、過去への郷愁と失われたものへの切なさが強く感じられる。


10-FEETのコンサートでは、ダイビングやモッシュピットが頻繁に見られ、そのエネルギッシュな雰囲気が印象的です。

そう聞いて、10-FEETについてあまり詳しくない人でも、彼らの音楽を「ポジティブで活気ある」とイメージすることが多いかもしれません。

しかし、『蜃気楼』のような楽曲の歌詞に目を通すだけで、彼らの表現の幅がそれだけではないことが明らかになります。

日々に擦り切れて 青空が切なくて 見え透いた優しさが綺麗で
みんなは優しくて あなたには会えなくて 明日は来て

このフレーズからは、「大事な人を失った」ことに対する深い悲しみや沈痛な気持ちを乗り越えてきたことが感じられる。

「みんなが優しいけど」と「明日もやってくる」の言葉の間に、「でもあなたにはもう会えない」とさりげなく挿入される部分から、時間が経過する中での切なさと避けられない現実を垣間見る。

そして、歌詞はそこからさらに展開していく。


悲しみは (悲しみは) 幸せの (幸せの)
原石だけれど乗り越えなきゃ
ただの石ころだって淋しそうな顔で
紅茶を残してまた出かけた

『蜃気楼』における「悲しみは幸せへの未加工の石」という表現は、一見して希望に満ちたものと受け取れる。

現在はただの「悲しみ」として存在しても、将来的には幸福への養分に変わるだろうという考えが込められた言葉だ。

それでも、歌詞の中の「僕」や「私」は、そういった「未加工の宝石」を単なる「石ころ」として退けてしまう。

結局、決して楽観的になるわけでも、事態を好転させようとするわけでもない。

タイトルである蜃気楼のごとく、ぼんやりとした過去への思いに浸りつつ、そんな状態で生きていく姿が読み取れる。

10-FEETの楽曲:沈む心を温かく包み込むメッセージ

10-FEETの楽曲には、沈んでいる心を勇気づけるような歌詞が含まれていることも多いです。

『蜃気楼』と同様に人気を博している『2%』や『その向こうへ』、『VIBES BY VIBES』のように、エネルギッシュな歌詞は直接心に届く力を持っています。

しかし、10-FEETは『蜃気楼』のように、前向きになれない時や停滞してしまっている人々の気持ちにも寄り添う曲を多く提供しています。

単に励ますだけではなく、静かに支えるような優しさや温もりを表現するバンドです。

10-FEETのこのような優しさは、歌詞から感じ取ることができ、ライブでの表情やメンバーの言葉からは、さらに心に深く響くものがあります。

疲れてしまったり、日々の生活に空虚さを感じる時には、10-FEETのライブを体験してみることをお勧めします。