ハンバートハンバートの「笑ったり転んだり」は、NHK 連続テレビ小説「ばけばけ」の主題歌として書き下ろされた楽曲です。素朴なアコースティックサウンドに乗せて歌われるのは、「うまくいかない日々の連続」や「不安」「希望」、「それでも誰かと並んで歩いていく」──そんな生きることの真ん中にある感情。そのどれもが、優しさと痛みの混ざったリアルな言葉で丁寧に描かれています。
この記事では、曲の背景から歌詞解釈、リスナーに響く理由までを徹底的に深掘りします。ドラマとの関係や、歌詞に隠された比喩、さらには仏教・古典的なモチーフまでじっくり考察していきます。
1. 歌手・ハンバートハンバートと「笑ったり転んだり」誕生の背景
ハンバートハンバートは、佐藤良成と佐野遊穂による夫婦デュオ。日常に寄り添うような詞世界と、温かく透明感のある歌声で広く支持されています。「笑ったり転んだり」は、連続テレビ小説「ばけばけ」のために書き下ろされた楽曲で、「どんな失敗や困難があっても、私たちは笑いながらまた歩いていける」という、ドラマのテーマと一致したメッセージを込めて制作されています。
彼らはこれまでも「日々」「虎」「アセロラ」など、生活に根ざした言葉を大切にしてきました。本作もその延長線上にあり、「いま生きている人たちの小さな痛みと、小さな光」を丁寧にすくい取った歌と言えます。
2. ドラマ「ばけばけ」との深いリンク:主題歌としての役割
「ばけばけ」は“見える世界の裏側”をテーマにした物語で、人間の成長や迷いを描く作品です。主人公が日常の中で悩み、つまずき、それでも前に進もうとする姿は、まさに「笑ったり転んだり」の歌詞に重なります。
たとえば歌詞には、“難儀なことばかりだけれど、夕日はやけに綺麗で、野垂れ死ぬかもしれないねと笑い合う”という一節があり、これはドラマのキャラクターたちが「不安や恐怖を抱えながらも支え合う」物語の構造とピタリ一致しています。主題歌として、作品が描く“生きる苦さと優しさ”を象徴する役割を担っています。
3. 歌詞を段階別に読み解く:冒頭〜転機〜二人で歩む
この曲の歌詞は、日常の描写から始まり、人生の転機、そして二人で歩み続ける未来へと流れていきます。
●〈冒頭〉日常の難儀と、それでも続いていく毎日
歌詞の冒頭では、「毎日難儀なことばかり」という等身大の言葉が登場します。これは、特別な事件ではなく“どんな人にもある日々の重さ”。ここで早々に「人生はうまくいかないことだらけ」というリアルな視点を提示します。
●〈中盤〉不安とユーモアの同居
中盤では「夕日が綺麗だね/野垂れ死ぬかもしれないね」といった、優しさとブラックユーモアが交じる表現が登場。生きることの過酷さと同時に、「笑って乗り越えよう」という二人の関係性が見て取れます。
●〈終盤〉二人で進む未来への希望
終盤では“並んで歩く”イメージが繰り返され、主人公たちがどんな困難があっても寄り添い、支え合いながら前に進む姿が描かれます。ここで曲全体のメッセージが明確になります。
──人生は笑ったり転んだりの繰り返し。それでも私たちは一緒に歩いていく。
4. キーフレーズ考察:「毎日難儀なことばかり」「夕日が綺麗/野垂れ死ぬかもしれない」
「毎日難儀なことばかり」
“難儀”という言葉は古く、仏教的ニュアンスを含む「苦しみ」「困難」という意味を持ちます。現代語であえて使うことで、日々の小さな苦しみが“人生の本質的な重さ”と接続されます。
「夕日がとても綺麗」
困難の最中にふとした瞬間の美しさを見いだす、ハンバートハンバートらしい視点。夕日は「終わり」「一区切り」「明日へ続く移ろい」を象徴します。
「野垂れ死ぬかもしれないね」
一見強烈な言葉ですが、“死”を笑いに変換することで、「不安さえも二人で共有できる」という関係性を描く大切なフレーズ。ブラックジョークでありながら、温かさのある言葉です。
5. 豆知識で深掘り:古典・仏教・西向きの部屋…隠された意味
歌詞には、古典的・宗教的ニュアンスを思わせる言葉が多く散りばめられています。
- 「難儀」:仏教語で“苦しみ”。人生そのもののこと。
- 「西向きの部屋」:西は「死」「浄土」を象徴する方角とされ、夕日の方向でもある。
- ブラックユーモアとしての“死”の扱い:古い民話でも、死を笑いに変換することで生の強さを描く手法がある。
こうした点から、歌詞は「生と死」「終わりと始まり」「苦しみと楽しさ」という二項を行き来する構造を持っています。単なる日常描写ではなく、深い思想性を内包した言葉使いが魅力です。
6. 音楽的魅力:夫婦デュオのハーモニー、アコースティックの温もり
ハンバートハンバートの楽曲の大きな魅力は、佐藤良成と佐野遊穂の“生活者としての声”です。夫婦デュオならではの、寄り添うようなハーモニーが本曲でも際立ち、歌詞の温かさと痛みを立体的にしています。
また、アコースティックギターを中心とした素朴な編曲が、歌詞のメッセージをより際立たせています。派手な演出がないことで、「日常の中を歩く二人」の風景がそのまま浮かび上がるようです。
7. 現代へのメッセージ:日常に寄り添う“生き方の歌”
SNS疲れ、先の見えない未来、仕事・人間関係のストレス──現代のリスナーが抱える不安を、そのまま肯定してくれるのが「笑ったり転んだり」です。
“笑っても転んでもいいよ。そんな日が続くのが人生だし、そんな中でも誰かと歩けるのは幸せだよ”
この曲が多くの人の心に刺さる理由は、ここにあります。理想論ではなく、生活者の視点から描かれたリアルな励まし。肩に力が入りすぎないメッセージが、いまの時代の空気と強く共鳴します。
8. まとめ:この曲が届けるもの/リスナーに響く理由
「笑ったり転んだり」は、“人生はうまくいかなくて当たり前。でも、その混じり合った日々こそ愛おしい”というメッセージを静かに伝える曲です。
苦しみも、美しさも、恐れも、ユーモアも、全部まとめて抱きしめるような歌詞。そして、それを自然体のまま歌い上げるハンバートハンバートの声。このシンプルさが、多くの人の心に長く残る理由です。
ドラマの主題歌としての機能性と、普遍的な人生賛歌としての魅力を同時に備えた一曲。「笑ったり転んだり」の意味を深く理解することで、歌の世界はいっそう豊かに感じられるはずです。

