【ザ・クロマニヨンズ】甲本ヒロトの名言を紹介。

山程ある甲本ヒロトの名言

1987年のTHE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)のメジャーデビュー以来、↑THE HIGH-LOWS↓(ザ・ハイロウズ)やザ・クロマニヨンズといったキャリアを経る中で数々の名言を残してきた甲本ヒロト。

「売れているものがいいものなら世界一のラーメンはカップラーメン」に代表される、既存の価値観に振り回されない自由な哲学は自身が歌ってきた数々の名曲と同等かそれ以上に人々の心に突き刺さり、解放し、奮い立たせてきた。

今回は数々の名言から幾つかを抜粋し、(野暮にならない程度の)考察とともに紹介してみたい。


ガキンチョだますのがロックだと思う。

中島みゆきが吉田拓郎に書いた曲で「永遠の嘘をついてくれ」という歌がある。
曲作りのスランプに陥った吉田拓郎が中島みゆきに作詞作曲を依頼したという経緯があるのだが、シンガーソングライターである吉田拓郎が他者の作品を歌うというのは非常に珍しい。

歌の内容は「音楽が嘘だってことは知ってる、それでもあなたには私が騙されたような嘘をつき続けて欲しい」という、さながら「吉田拓郎に憧れていた中島みゆきからのメッセージ」とも取れる内容になっている。

ヒロトのこの言葉も、ロックが「嘘」であると知りつつ、嘘であっても構わないという振り切れた言葉となっている。


大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。
野球をやりたいというのが夢だ。

既に50歳を超え、それでも現役を続ける三浦知良というサッカー選手がいる。

早ければ20代後半、遅くとも30代後半から40代前半には引退するプロサッカー選手において、54歳で現役という三浦知良、カズのキャリアは異常だ。

カズの夢は何だろう。
ワールドカップの舞台に立つのが夢だった、という人もいる。
しかし、ただサッカーがしたい、たとえそこがJFLという場所でも真剣にサッカーができる場所であればどこでもいい、というのが我々が見ているカズの「夢」ではないだろうか。


死んだら死んだでいいさ、なんて俺は言えないわ。
俺は生きていたいんよ。

噂話である。

絶望したヒロトが自殺を考えた。
縄を下げ、首を吊ろうとしたヒロトがふとつけっぱなしのテレビに目をやると、ダウンタウンの「ガキの使いやあらへんで」が流れており、ヒロトは思わず松本人志のボケに笑った。
その時「俺、まだ笑えるじゃん」と自殺をやめ、「日曜日よりの使者」を書いた。


やりたくなければ、やめればいいんだよ。
ビートルズだってやめたんだし。

ヒロトは多くのバンドを経験してきた。
THE BLUE HEARTSの前にもラウンド・アバウト、THE COATSというバンドで活動。
THE BLUE HEARTS解散後は期間限定のヒューストンズを経て↑THE HIGH-LOWS↓、ザ・クロマニヨンズと活動を続けている。
別のインタビューでは「楽しけりゃいいんだよってことしかずっと言ってないんだけど、これは本質を煙に巻くためでも何でもなく。本当のことなんだ。それが本質なんだ」と発言しており、「楽しくなくなったらやめる」というのがヒロトの本音だろう。
例えそれが多くのヒット曲を持つTHE BLUE HEARTSでも。
純粋に「楽しい」という感情で作られたからこそ「リンダリンダ」や「TRAIN TRAIN」その他数々の名曲は輝きを放ち続けるのかも知れない。


かっちょよく死ぬ瞬間を逃してしまったんだよ。
俺たち人類は、もうさ生きのびちゃったんだからさ。
もうかっこよく終われないんだよ。
だからかっこよく終われないんだから終わらせないようにしようぜって思うんだよ。
俺はな、絶対終わりたくないんだ。

多くのカリスマミュージシャンが若くして死んだ。
カート・コバーン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、マーク・ボラン、エイミー・ワインハウス。
格好良く死んだのかどうかは賛否両論あるだろうが、遺された作品は永遠に輝き続けるだろう。
生き延びた人間はどうだろうか。
結局、生きるか死ぬかというのは結果であり、何かの方法ではない。
結果生き延びたのなら、生き延びたなりに生きればいい、というヒロトの前向きなメッセージだ。


色々不安だろ?
なあ、イライラするしなあ。
それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。

誰でも将来を考える。
誰でも不安になる。
それは大人になっても解決しないし、立派になっても解決しないし、出世しても解決しない。
ずっとそのままだとヒロトは言う。
なんだか希望のない言葉にも聞こえるが、「今」と「将来」は同じだということかも知れない。
別の発言では「時代は良くも悪くもなってない。いつだって今が最高」や、「明日のための今日じゃありません。今日のための今日です」といったものもあり、常に「今」を生きるヒロトならではの言葉だ。


上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

数々のバンドやミュージシャンが初期衝動で発表したデビュー作で多くの名盤を残してきた。
拙いテクニック、作曲・レコーディングのノウハウ、そういったものを差し引いても初期衝動の熱というエネルギーは何事にも勝る要素なのだろう。
他の発言でも「ギタリストのピークは初めてギターを鳴らした瞬間」という言葉もあり、テクニックよりも大切なことについて一貫した信念があるようだ。


どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。

室町時代の禅僧、一休宗純の言葉にこんなものがある。

「大丈夫だ 心配するな なんとかなる」

何の根拠もないが、生きてさえいれば、前向きな気持ちを失わなければなんとかなる、という言葉で、ヒロトの言葉に共通するものがある。
要は気持ちの持ちようなのかもしれない。


幸せを手に入れるんじゃない。
幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ。

金や財産、地位や名声といったものが無くとも感じられる幸せはたくさんある。
それに気づくことができるかできないかは心の持ちようである。
気持ちよく眠れた、ご飯が美味しかった、ウンコがたくさん出た、太陽が暖かかった、そんな事でも心の持ちようで幸せは感じられる。
世の中の価値観から自由になること、それはヒロトが歌いだしてから一貫して表現してきたメッセージだ。


僕は死なない、と思いながら死ぬんだろうな。
「僕は永遠に生きます」って今思ってる。
明日も思ってる。
あさっても思ってる。
10年後も思ってる。
20年後も思ってる。
そして、ある日死ぬんだ。
うん、それがいいな。

江戸城を築城した太田道灌という武将がいる。

文武両道に加え、短歌の心得もあった道灌だが、ある日刺客に襲われその命を落とす。

道灌に短歌の心得があると知っていた刺客は間際に「かかる時 さこそ命の 惜しからめ(こんな時はさぞかし命が惜しいであろう)」という句を道灌に投げかける。
すると道灌は返歌として「かねてなき身と 思ひ知らずば(もとより我が身などないと思って生きてきた)」と返し、辞世の句を連歌として遺した。
日々を後悔のないように生きてきた道灌が死をすんなり受け入れたのと同じように、ヒロトもまた死が訪れるその日まで日々をただ生き続けるだろう。


はっきりさせなくてもいい、あやふやなまんまでいい。
僕たちはなんとなく幸せになるんだ。

幸せであることに理由を付ける必要はない。
同じように、不幸であることに理由を付ける必要もない。

友達がいない、家族がいない、金が無い、何もない、それでもきっとヒロトはロックンロールを続け、幸せを感じて生きてゆく。
ある意味最強の勝ち組である。

多くの名言を残したが、誰かを啓蒙する気はさらさらない

様々な発言が多くの悩める人々にエネルギーを与えてきたが、ヒロト本人には誰かを救ってやろうというような気持ちはないのではないだろうか。

ただ好きに生きる、シンプルなその姿勢が色々な病を抱えた現代社会では難しいと思われている。
ヒロトは「難しくなんかないよ」と今日もどこかで歌っているだろう。

まるで歌うことを覚えた子供の頃と同じような笑顔で。

ロックンロールという嘘に騙されたその瞬間と変わらない熱量で。

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