【Help!/The Beatles】歌詞の意味を考察、解釈する。

『Help!(ヘルプ)』は、1965年に発売されたビートルズ5枚目となる同名アルバムの一曲目を飾る楽曲だ。
何と言っても印象的なのは、曲の冒頭、イントロも無しにいきなり訪れる(そして、曲の終わりまで二度と聴くことができない)「Help!」のシャウトから始まるサビだろう。

「Help!」という単語を計4回繰り返すサビの歌詞は、次のようなものだ。

Help!  I need somebody

Help!  Not just anybody

Help!  You know I need someone

Help!

~日本語訳~

助けて! 誰かが必要なんだ

助けて! 誰でもいいってわけじゃないけど

助けて! 誰かの助けが必要なんだ

助けて!

初期のビートルズの楽曲は、『Love Me Do』に始まり、『I Want to Hold Your Hand』や『Eight Days a Week』などのラブソングが大半だった。
しかし、『Help!』はタイトルと言い曲調と言い、とてもラブソングとは思えない。
「誰かが必要だ」「誰でもいいわけじゃない」と訴えるジョン・レノンはいったい誰に、何を助けてもらいたかったのだろうか。

多くのビートルズの楽曲がそうであるように、この『Help!』についても世界中で擦り切れるほどの考察がされてきた。
そのなかでもよく見られるのは、ビートルズがデビューから数年のうちに世界的、爆発的な人気を得るなかで、プライベートな時間だけでなく、プライバシーや人権すらなくなっていく状況に精神的に疲れ、助けを求めていたというものである。

確かに、歌詞の中にはその状況を表していると思われる部分がいくつもある。

When I was younger so much younger than today

I never needed anybody’s help in any way

But now these days are gone, I’m not so self assured

~日本語訳~

僕が今よりずっと若かった頃

誰かの助けが必要なことなんて何もなかった

でもそんな日々はもう昔の話 今の僕は自信を失ってしまった 

And now my life has changed in so many ways

My independence seems to vanish in the haze

But every now and then I feel so insecure

~日本語訳~

僕の人生はいろいろと変わってしまった

自立心なんてものは消え失せてしまって

時々とても不安になる

しかし、当時この曲をはじめて聴いた人々は少し戸惑ったのではないかと思う。

ジョンに関する有名なエピソードがある。
『Help!』が発表される2年前、英国王室が臨席するロイヤル・バラエティ・パフォーマンスで、ビートルズはロックスターとして初めて演奏をすることになった。

計4曲を演奏することになっていたのだが、3曲目が終了した時点でも会場はいまいち盛り上がらない。アップテンポのロックナンバーを披露しても、みな席に座ったまま静かに耳を傾けているのだ。

当然と言えば当然だろう。
頭を振り乱しながら絶叫する観客を相手にしてきたロックスターと、普段はクラシック音楽を好んで聴く上層階級の紳士淑女が同じ空気感を共有できるはずがない。

そんななか、最後の楽曲を演奏する直前にジョンはその後何十年も語り継がれることになるある有名な発言をする。

「安い席の人は拍手を、それ以外の席の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」

王族や社交界の名士たちを前に二十歳そこそこのロック歌手がこんな発言をすれば、今ならSNSで炎上しそうな話ではあるが、これこそが「皮肉屋」のジョンの真骨頂と言えよう。

ところが、そのわずか2年後に発表された『Help!』では一転、「助けて」というこれ以上ない単刀直入な一語で救いを求め、「自信を失ってしまった」とあからさまに自分の弱さをさらけ出す歌詞には皮肉のかけらもない。
同じように助けを求めるにしても、「皮肉屋ジョン」ならもっと風刺に富んだ歌詞、あるいは『Norwegian Wood (This Bird Has Flown)』や『I Am the Walrus』のような意味深な曲にすることもできたのではないだろうか。

この疑問に対する答えを楽曲がリリースされた1965年の時点で見つけることは難しいが、ジョンの生涯を通して顧みると納得がいく気がする。
それは「自己の解放」の最初の段階だったのではないか、ということだ。

ジョンの「自己の解放」を追う上で注目すべき変化が2つある。
それは、「容姿」と「音楽性」だ。

ジョンの容姿は、ビートルズとして活動していた10年足らずの間に大きく変わっている。
デビューからアルバム『Help!』の頃までは、ビートルズの代名詞でもあるマッシュルームカットにピシッとしたスーツ姿のことがほとんどだった。
これは、当初アイドル的な扱いだったビートルズのイメージに合わせたものだった。

それが、続くアルバム『Rubber Soul』の頃になると髪は伸び、服装もスーツではないことが多くなる。活動後期には、ジョン・レノンといえば誰もが思い浮かべるあの丸眼鏡を掛けるようになる。
そこには、もはやアイドルの面影は微塵もない。

作られたアイドルのイメージから脱却し、本来の自分を解放していくにつれ、容姿も大きく変わっていったのだ。
『Help!』の時期は、アイドル的な容姿の晩年とも言える。

容姿の変化とともに「音楽性」も大きく変わっていった。
先にも述べたように、ビートルズ初期の頃は男女の恋について歌ったラブソングが多かったが、これもアルバム『Help!』を境に大きく変わっていく。
ビートルズ後期では同じ「ラブ」でも男女の恋ではなく、『All You Need Is Love』のような普遍的な愛や『Strawberry Fields Forever』に見られる故郷への愛を歌うことが多くなった。

その後のソロ活動の時代になると、ジョンの代表曲である『Imagine』や反戦歌として有名な『Give Peace a Chance』のように、曲のテーマは世界平和や人権問題といった壮大で社会性の強いものへとさらに発展していくことになる。

ビートルズ初期の頃は、『Please Please Me』『She Loves You』『I Want to Hold Your Hand』のように、歌詞に出てくる「Me」「She」「You」は特定の個人を指す曲が多かったが、後期には同じ「You」でも特定の誰かではなく『All You Need Is Love』のように人類全般を指したり、あるいは「世界」や「平和」といった概念的なものを扱ったりすることが多くなる。

このように、「容姿」と「音楽性」の変化に見られるジョンの「自己の解放」の過程を鑑みると、「Help!」の歌詞の一文が重要な意味を持つ気がしてくる。

Now I find I’ve changed my mind and opened up the doors

~日本語訳~

僕は考えを改めて、心の扉を開いたんだ

この一文は、これまでのアイドルや皮肉屋のイメージを脱ぎ捨て、本当の自分を表現していくというジョンの決意表明のように思える。
その一方で、曲中にはその後の楽曲に見られる社会性や概念的な要素はなく、自分の話に終始している。

アイドルとしてのジョンに別れを告げつつも、思想家としてのジョンはまだそこにはいない。
『Help!』は、そんなジョン・レノンの変化の過渡期を捉えた貴重な楽曲なのではないだろうか。