【Eminem】アルバム「The Slim Shady LP」の批評と解説。

一世を風靡したラップ界のカリスマから、ラップ界の重鎮的存在になりつつある昨今のエミネム。
一部の大物ラッパーは一旦頂点に登り詰めると、プロデュース業などに専念し新たな楽曲を披露する機会が激減する例もあるが、エミネムの場合は、折を見てニューアルバムや新曲をHipHopシーンに投下し続けてくれている。
今回はヒップホップ界の頂点に長く君臨する、「ラップゴッド」エミネムにとっての、メジャーデビューアルバム「The Slim Shady LP」をピックアップしていきたい。

悪の道化師Slim Shadyの生誕

まず、熱心なエミネムファンには馴染みの話かもしれないが、アルバムタイトル中の人名Slim Shady(スリムシェイディ)とは、エミネムの別人格を表しているという点に触れておく。
これは当アルバムに限らずエミネムがキャリアを通じてリリースしてきた曲中に、コンスタントに登場する彼の別称(別人格)である。
ちなみに、セカンドアルバムのタイトルで登場する「Marshall Mathers」については、Eminemの本名を指しており、彼の戸籍上の名がMarshall、そして日本でいう芸名がEminemに当たると理解することができる。
さらに、Eminemという呼称は、サードアルバムタイトルに「The Eminem Show」という形で登場し、連続した3つのメジャーアルバムでそれぞれ、「Slim Shady」「Marshall Mathers」「Eminem」と同一人物を指す別表現が使用されているのは、彼の人格を対比的に語る上でも実に巧妙な演出だ。

トイレにこもり作詞などのインスピレーションを得ることが多いエミネムは、例に漏れずSlim Shadyという存在・別人格についてもトイレ中にその着想を得たという。
「Slim」は彼自身が当時かなり痩せ細った体型であったことから、「Shady」は自身に突如憑依した陰気で攻撃的、闇落ちした別人格を表したものに他ならない。
Eminemはオルター・エゴSlim Shadyが自身に発現することで、ライミングやリリックなどの創作アイディアがより一層活性化、後の「The Slim Shady LP」にも収録される大ヒット曲へつながるターニングポイントとなったようだ。

Slim Shadyの「戯れ」は家族をも射程に

そんなSlim Shadyが「The Slim Shady LP」で猛威を振るうことになった代表曲がDr. Dreプロデュースの「My Name is」である。
一見平穏なタイトルにも見えるが、実はこの曲、これまでのヒップホップ史上類を見ない程、お下劣で、風刺に富んで、悪ふざけに満ちたものだった。
もちろん、ヒップホップの歴史において、刺激が強く、攻撃的なリリックがエミネム以前に数多く存在してきたのは確かだ。
暗殺された2Pacの事例でも、同業者を激しくディスったリリックが後の悲劇の引き金になったのではと噂されているほどである。
それでも、「My Name is」という楽曲が、当時新鮮且つ看過できない問題作と捉えられたのは、Slim Shadyの攻撃(口撃)やブラックジョークのターゲットがあまりに無秩序で多方面に及んでいたからではないだろうか。
さらに加えると、従来の暴力的リリックはムキになった大人同士の大喧嘩といった様相を呈していたのに対し、エミネム(Slim Shady)のそれは、面識の有無や立場を問わず相手が逆上するのを図るかのように、徹底した「煽り」のスタンスを貫いている点が見逃せない。
後々のことは考えずにとにかく言いたいことをカースワード満載でぶちまける、それをここまであからさまにやってのけたラッパーに当時大衆は初めて出会ったということだろう。

また、銀幕での演技はパッとしない印象のエミネムだが、MVでのコメディアン紛いの振る舞いは見事で、新作MVリリース時は、音楽ファンのみならず幅広いエンタメメディアからも大々的に取り上げられるのが常となっている。
彼のパロディ型MVの先駆けとなった「My Name is」では、当時のアメリカ大統領を、考えうる最も挑発的な手段で風刺したのを始め、自らの母親までもブラックジョークさえ通り越すレベルで容赦なく口撃対象とし前代未聞の世界観を作り上げた(実の母親とは訴訟トラブルへと発展)。
このように、本作でとことん粗暴で際どい描写を繰り返したSlim Shadyだが、従来のヒップホップリスナーの枠を超えた層にも痛快な風刺劇として受け入れられ、その反響は良くも悪くも社会現象級にまで拡散。
敵対的評価も少なくない同曲だが、グラミーではラップ・ソロ・パフォーマンスの受賞にも至り、名実ともにトップアーティストとして音楽シーンにその存在を知らしめることになる。

ラップ史上最上級コラボの1つが…

私的に本作で外せない1曲は、エミネムを見出した張本人Dr. DreをフィーチャーしたGuilty Conscienceだ。
この曲は、エミネム×Dr. Dreという組み合わせの魅力はもちろん、コンセプトそのものが非常に興味深い。
良心の呵責をテーマとしており、全部で3つのシーンで、過ちを犯すか否か葛藤する一個人の二面性をEminemとDr. Dreがそれぞれ担当。
良心の声担当のDr. Dreが「早まるな、落ち着けよ」と作中の登場人物を諫める中、悪魔の声担当のエミネムが「やったれ、やったれ」と一線を超えた選択を後押しする。
両者がフリースタイルで相対するような構図で、数秒で揺れ動く一個人の内面を再現しているのだから秀逸だ。

特に面白いのは1から3verseへと進むにつれ、徐々にEminemとDr. Dre間の個人的言い合いの様相を呈してくるという点である。
帰宅と同時に嫁の不倫現場に出くわしてしまうシーンを描いた最終Verseでは、ついにEminemがDr. Dreの個人的事情にまで言及を始め、生粋の煽りスキルが登場人物の良心(Dr, Dre)へと痛烈に突き刺さる。
すっかり動転したDr. Dreは本来の役割まで見失い自暴自棄モードへ。
作中の物語は必然的にバッドエンドで幕を閉じるのだった。

デビュー前の困窮と闇が垣間見える

The Slim Shady LPに収録されている楽曲は、まだエミネム自身インディーズCDの売上が伸び悩み、生活も困窮し、かなり追い込まれた状況の中で制作されたものも少なくない。
そうしたリアルなバックグラウンドは、このデビューアルバム全体が纏っている絶望感、毒々しさ、狂気じみた攻撃性と無縁ではないだろう。

例えば、Rock Bottomでは文字通りどん底の貧困生活にある逼迫した心境、Brain Damageでは少年が受けた壮絶ないじめの実態などを綴っているが、これらは彼が実生活で直面してきた体験や悪夢が曲作りとそのクオリティーに大きな影響を及ぼしているのは確かだ。

元来、過激表現が代名詞とも言えるエミネムのリリックだが、特に本作では、フィクションでありながらも現実との境界線が分からなくなる程の生々しくダークな描写が随所で垣間見えている。
’97 Bonnie & Clydeにおいては、殺害した妻(恋人)を水中に遺棄するまでの過程を、幼い娘と2人きりのドライブデートとして平然と描く。
楽曲中で聞かれる子供の声は、エミネムの実娘ヘイリーが共演したもので、曲中エミネムがラップで幼児をあやすくだりは実にリアリティーに溢れ、唯一無二の不気味さと共にこの作品の完成度を高めている。
通常、Bonnie & Clydeネタと言えば、困難な状況にも屈せず、最後まで情熱的愛を貫く男女の相思相愛を美化するものだが、Slim Shadyはそれを残酷極まりない叙情詩へと作り変え、多くのリスナーに対しても痛快な裏切り行為を成し遂げてしまった。

そして、My Faultは、レイブ・パーティーでドラッグマッシュルームを過剰摂取した若い女性が、苦痛と幻覚に苦しみ命を落とすまでの経緯をライブ感溢れるリリックで綴った楽曲。
聞き心地の良いキャッチーなビートと、もはや救いようのない実況とのギャップが、荒廃した若者の成れの果てを一層際立たせる効果を生んでいる。

インディーズ的要素の強いデビュー作、完成形はもう少し先

実は、当アルバムが1999年にリリースされる2年前、エミネムはThe Slim Shady EPとうミニアルバムをインディーズからリリース。
このアルバムこそ、Dr. Dreの関心を引いた運命的作品で、同一タイトルということからも推察できるように、EP版収録曲の半数以上がそのままデビューアルバムのトラックリスト入りを果たしている。
つまり、The Slim Shady LPは、インディーズ時代に生まれた楽曲を多く採用したメジャーアルバムという性質を有し、全体を通して聞くと、確かにインディーズ特有の飾り気のなさが感じられる作品である。

事実、アルバム内の数曲をDr. Dreがプロデュースしているものの、大部分の収録曲を手がけているのはインディーズ時代からタッグを組んできたBass Brothersで、制作陣のバリエーションとしてはやや乏しい。
トータルでは商業色は依然控えめな、半インディーズのようなメジャーデビューアルバム。
それは長所でも短所でもあり、リスナーの好み次第で最終的な評価は幅広く分布する。
少なくともラップやエミネムワールドの入門段階では、程良く商業化されたコンテンツ、サードの「The Eminem Show」以降から入るのが無難なチョイスだろう。
ある程度ラップを聴き込んできたリスナーが、シンプルなビートと共にエミネムの初期音源を味わいたいという時に筆頭で名が挙がるアルバム、それがThe Slim Shady LPである。

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