【Eminem】アルバム「The Marshall Mathers LP」の批評と解説。

今回は、押しも押されぬ実力派カリスマラッパーEminem(エミネム)のセカンド公式アルバム、「The Marshall Mathers LP」(2000年)を紹介していきたい。
実は、このタイトル、発売から13年後に「The Marshall Mathers LP2」として再び公式アルバムのタイトルに採用されている。
「The Slim Shady LP2」でも「Eminem Show 2」でもないところに、「The Marshall…」に対するEminemや制作陣の思い入れの強さがうかがえる。

セールス的にも彼のキャリアで2番目となる成果を上げている本作、そのクオリティーや表現的特色を含めて紐解いていこう。

実名Marshallを冠した本作、リリックにも変化が?

デビュー盤「The Slim Shady LP」は彼の別人格(オルター・エゴ)Slim Shadyを名付けたアルバムとして知られているが、セカンドアルバム名に表記される「Marshall Mathers(マーシャルマザーズ)」とは他ならぬEminem自身の本名を指している。
例えば、本名山田太郎、芸名山ちゃん、別人格リトルヤマダという人物がいるとすると、ここでMarshall Mathersに該当するのは、ずばり実名の「山田太郎」である。
こう捉えると、前作に比べれば幾分かしこまった雰囲気のタイトルにも感じられるが、肝心の中身はどうなっているのだろうか?

収録内容に目を通すと、本作は自身の置かれた状況と、彼自身の思いのたけをためらいなく表現した箇所が目立つ印象を受けた。
タイトルに自らの本名を付けているあたり、より私的なテーマを語る比率が高まったのではないか。
そうした内面性を、一層凄みを増したフロウやライミングに見事に反映させている。
コンテンツに一定の変化が生じた背景には、デビューアルバムリリース以来、何より彼がラッパーとして際立った成功を収めてしまった点が強く関わっているだろう。

「The way I am」では周囲が抱くEminem像や期待とのギャップ、「The Real Slim Shady」では自らの模倣者への牽制と扇動、「Who Knew」はアンチへの挑発的アンサーと、前作とは異なるテイストのテーマをぶつけてくるEminemがそこにはいる。
ラッパーとして成功以前の音源をメインに構成したデビューアルバムに比べ、ラップ界のキープレーヤーとなったEminemが携わった本作では、一定の違いが見られるのは必然なのかもしれない。

もちろん、「The Slim Shady LP」の要素をそれなりに引き継いだ部分もあり、「Stan」や「Kim」のような生々しく過激なフィクション、「Under The Influence」「Drug Balled」のようなシニカルで荒廃的なドラッグネタもアルバム内に収められている。

Eminemの鬼才ぶりを知らしめる2大シングル

アルバム全体を見ても、やはりシングルカットされた「The Real Slim Shady」と「The Way I am」の完成度と存在感は別格だ。

まず、レーベル側はセカンドアルバムリリースに向けて、「My Name Is」(デビュー盤の大ヒットシングル)の再来となり得る楽曲を執拗に欲していたのは事実である。
前回同様のビジネス的成功を手中にするには、「My Name Is」もどきのコミカルで挑発的なリードシングルの存在は欠かせなかった。

そんな中、満を持して制作されたのが「The Real Slim Shady」だ。
「My Name Is」で堂々の正式デビューを果たし、多方面から喝采と非難を浴びたEminemの別人格Slim Shady。
このシングル曲はタイトルの通り「本物のSlim Shady」をテーマに創作されたもので、「My Name Is」との対応関係もレーベル側の思惑通りの仕上がりだろう。

「本物のSlim Shadyさんはどちらですか?起立してくださ~い」という呼び掛けから始まる本作。
一世を風靡したSlim Shadyの存在に感化され、第二第三のSlim Shadyが大量生産されつつある状況をMVの演出を含めて実にコミカルに表現している。

「ただの模倣品なんておれほどじゃねーな!」

とぶった切る一方で、誰もが「Slim Shadyが潜んでいる」と指摘し

「いっそのこと皆で立ち上がるかー!」

とまたしてもカオスの伝道師としての役割を果たすSlim Shadyの姿がそこにあった。

もう一つの傑作「The Way I am」も、セカンドアルバム企画時、「My Name Is」と同等以上の成果物を期待される中で生まれた楽曲だ。

リリックでは、周囲に過剰に注目されることへの苛立ち、「My Name Is」を凌ぐよう期待され続けていることへの重圧と逃避願望などが語られる。
どういう経緯で制作を迫られたのか、その時に抱えていた精神的葛藤とは何なのか、そうした実情まで、彼の手にかかれば、高次元のフロウとライミングを備えた究極のラップソングへ仕上がってしまうから驚きだ。

また、「The Way I Am」は、ビート制作を含めてEminem自身が単独プロデュースした初のシングルカットである。
サウンド自体は、レーベルが期待した「My Name Is」系とは対極的だが、シンプルながら、冷たく緊迫感のあるピアノのループと彼のラップとのマッチングは抜群。
シリアス路線のサウンドで聴くEminemラップの良さを再認識したリスナーは多いだろう。
そして、この系統の延長線上には、Eminemの音楽キャリア最高の楽曲とされる「Lose Yourself」の存在を強く感じ取ることができる。

西のクラシックビートの異質性も難なく制する才能

Eminemのアルバムと言えば、「生みの親」Dr. Dreとのコラボを楽しみにするファンも多いはずだが、そのDr.Dreを筆頭に多数の著名ラッパーと共演した楽曲が「B**** Please 2」である。
タイトルに「2」と付く通り、初代「B**** Please」はSnoop Dogg名義のアルバム「Top Dogg」(1999年)に収録されている。
共通のビートにラッパーを加えただけでなく、リリックは全面的に新しいものが採用され、やはりRemixというより新たな楽曲と捉える方が相応しい。

ビートの質はもちろん、Dr. Dre、Snoop Dogg、Xzibit、Nate Doggというメンツからも分かるように、ウェストコースト成分高めな同曲は、アルバム内で最も異彩を放つ存在と言えるだろう。

90年代ウェストコーストラップを象徴するレイドバックなビートに折り重なるのは、Dr. DreやSnoop Doggなど西海岸のアイコン的存在のフロウ。
正直、冒頭より聴き心地が良すぎて、終盤Eminemは必要か?という考えさえ浮かぶが、そこは天才の面目躍如、西の音にもしっかり馴染みつつ独特の存在感を同時に如何なく発揮してしまう。
この男、ラップに関しては何でもできる…。
部分的にSnoop Doggのフロウを真似てラップしているのもまた面白い。

楽曲の反響が強すぎて辞書の権威に刻まれた「Stan」

前作「The Slim Shady LP」の系統を引継ぎ、よりバージョンアップさせた楽曲として外せないのが、珍しく女性アーティストをフィーチャーした「Stan」である。
この曲は、Eminemがイギリス出身シンガーDidoの「Thank You」という楽曲のサビをサンプリングした構成だ。
Didoの話によると、ある日Eminemサイドより予期せぬ手紙を受け取ったそうで、中身にはこう書かれていた。

「君のアルバムが好きで、この曲(「Thank you」)を使わせてもらったよ。大丈夫かな?(曲を)気に入ってくれればいいけど。」

拍子抜けするほど軽いやり取りで成立した2人のコラボだったが、後にはDido自身も「Stan」のMVに出演し、同曲でのサンプリングをきっかけに彼女のセールスも爆発的な伸びを記録したようである。

「Stan」での現実じみたフィクションは、Slim(Eminem)のことを好き過ぎる男性ファンStanが、何度も書き綴るファンレターを無視されるうちに、憎しみや狂気に囚われメンタルが崩壊、最終的には妊娠中のパートナーと共に車で川に飛び込んで事故死してしまうというあらすじだ。
まず「Stan」を「男性」ファンとして描いたのはこのストーリーをより重厚で印象深いものに導いているだろう。
しかも、Stanが狂っていくプロセスが、実際の経験者でなければ描けないような実に的確で無駄のないリリックでまとめられている。

同曲はEminemを代表するロングセラーヒット曲として、多くのファンにヘビロテされ支持された。
その影響力の強さから、ついに「Stan」は「熱狂的または偏執的過ぎるファン」及び「そうした行為自体」を指す言葉として、権威あるオックスフォード英語辞典にまで登録されてしまう。
天才奇人の生んだ架空の人物名が、一般使用される言葉へと昇格したのである。

レコードカンパニーの圧力こそ、傑作誕生の引き金!?

話題を戻すが、とりわけ「The Real Slim Shady」「The Way I Am」の2曲は従来のリリース曲を凌駕するレベルで、Eminemのライミングスキルが十二分に詰まったキレキレの出来栄えだ。

曲内で語られた通り、アルバム企画段階でレーベルのお偉いさんからの要求は、Eminemにとって迷惑そのものだったようだ。
ただ、その重圧がEminemの真の才能を呼び起こすトリガーになったのでは?と思えるほど両曲の完成度は素晴らしく、常人では手の届かない領域へ覚醒してしまった感がある。

「このままでは何かパンチに欠ける」と指摘していたインタースコープ首脳陣の考えは確かに的を得ていた。
いや、むしろこのしつこいEminemへの圧力こそ、彼の潜在スキルを活かし切った2曲が誕生するきっかけになったのではないだろうか。
そういう点では、インタースコープ首脳陣がEminemに取った態度は、大いに評価に値すると個人的には感じている。

幸い、Eminemはそれ以降もこの2曲に引けを取らない傑作の数々を我々リスナーの元に届けることになる。
お待ちかね、いよいよラップゴッドのお目覚めだ。