いつもと同じ時間に起きて、身支度をして、家を出る。そんな繰り返しの中で、自分の毎日が少し味気なく感じられることがあります。
Aぇ! groupの「この朝は」は、見慣れた暮らしの中に、一日を始める喜びを見つけていく楽曲です。
歌詞を読むと、朝の景色とともに、それを受け止める主人公の気持ちも少しずつ動いていることがわかります。自分の存在を肯定する言葉が、日常の手触りを通して実感へと近づいていく。その変化に、この曲の温かさがあると考えられます。
この記事では、公式の制作コメントを踏まえながら、タイトル、生活音、主人公の心の変化を読み解きます。以下の歌詞解釈は、一つの考察です。
「この朝は」の基本情報|『おはよう朝日です』のテーマソング
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | Aぇ! group |
| 楽曲名 | この朝は |
| 作詞・作曲 | 槇原敬之 |
| 編曲 | 前山田健一(ヒャダイン) |
| タイアップ | ABCテレビ『おはよう朝日です』テーマソング |
| 先行配信日 | 2026年10月21日 |
| CD収録 | 2026年11月4日発売の5thシングル『Emotion』 |
「この朝は」は『Emotion』の全形態に収録される共通カップリング曲です。先行配信日とCD発売日を分けて押さえておくと、楽曲の発表経緯を整理しやすくなります。makiharanoriyuki.com
タイトル「この朝は」の意味|目の前の一日を、自分の時間として受け取る
タイトルで目を引くのは、「この」という言葉です。
朝は毎日やってきます。しかし、今日という一日は一度しかありません。「この朝は」という題名には、繰り返す時間の中から、今ここにある一日を見つめる響きがあります。
予定が詰まった朝には、起きた瞬間から仕事や学校のことを考え、自分の気持ちを後回しにしてしまいがちです。今日もやるべきことが待っている。その感覚だけで一日が始まることもあるでしょう。
この曲を、自分に与えられた時間を受け取り直す歌として聴くと、朝の意味が変わって見えます。まだ何も成し遂げていなくても、これから過ごす時間に、自分の居場所を感じられるからです。
毎日が特別に見えないときにも、自分がその一日を生きてよいと思える。 タイトルは、そんな小さな肯定へと聴き手を導いているように感じられます。
朝の生活音が描くもの|暮らしを始めることの確かさ
歌詞には、身支度や台所、外へ向かう人々の音が描かれます。生活の中では聞き流してしまう音に、丁寧に耳を澄ませている点が印象的です。歌ネット
槇原敬之は公式コメントで、一人ひとりが立てる音から朝が始まっていく世界観を、ヒャダインの編曲が表現しているという趣旨を説明しています。ABCマガジン
音に注目すると、何気ない動作にも意味が生まれます。身支度の音からは出かける準備が、台所の音からは暮らしを整える営みが感じられる。目には見えない場所でも、誰かが今日を始めています。
同じような毎日を過ごしていると、自分は何も変えられていないと思うことがあります。それでも、起きて、支度をして、一日を動かしている事実は残ります。
この歌の生活音を、生きていることの小さな証しとして受け止めるなら、朝の風景はぐっと身近な励ましになります。聴き手も、自分の暮らしの音をそこに重ねられるからです。
前半と後半で変わる、自分への信頼
主人公の心の動きを考えるうえで注目したいのが、自分の価値についての受け止め方です。
歌詞の前半には、人から聞いた肯定的な言葉を、まだ確信を持てずに受け止める姿勢が見えます。後半になると、その言葉を自分でも受け入れられそうだと感じ始めています。歌ネット
励まされたからといって、すぐに自信が持てるとは限りません。自分を認めてもらえて嬉しくても、心のどこかで疑ってしまう。そのためらいを知っている人ほど、この小さな変化に共感できるでしょう。
主人公の気持ちは、ためらいを残しながらゆっくりと動いています。今朝は、自分を信じてみてもよい気がする。その程度の揺らぎを含んだ肯定だからこそ、自信を失っているときにも受け取りやすいのだと思います。
人から届いた励ましが、自分自身の感覚になっていく。 この過程があることで、繰り返される朝の言葉にも、少しずつ違う重みが生まれます。
自分を大切にする気持ちが、町の人々へと広がる
「この朝は」では、主人公個人へのまなざしと、町全体へのまなざしが重なっています。
自分の一日を大切に思えることは、周囲の人々の一日にも目を向けるきっかけになります。駅ですれ違う人にも、店を開ける人にも、それぞれの支度や事情がある。そう想像すると、普段の町に奥行きが生まれます。
同じ朝を迎えていても、その日の気分や抱えているものは人によって違います。その違いを含めて、一人ひとりが今日を始めている。この曲の風景からは、そうした暮らしの並び方を読み取れます。
自分の存在を肯定する気持ちと、他の人の存在を認める気持ちが、自然につながっていく。個人の励ましを町の景色の中に置くことで、歌の温かさが広がっていると考えられます。
雨の描写が示す希望|気持ちが晴れない朝にも届く理由
この曲の希望を考えるとき、天候に触れる描写も大切です。
槇原敬之は制作コメントで、天気がどうであっても、朝を希望のある始まりとして、自分に届いたものだと感じてほしいという思いを明かしています。ABCマガジン
この制作意図を踏まえると、歌詞の雨は、その日の不安や難しさを重ねて読める描写になります。ただし、雨を特定の出来事の象徴だと断定する必要はありません。聴く人が、そのときの心境を重ねられる余地があります。
気が重い予定のある日には、前向きになろうとしても簡単にはいきません。そんな朝にも、今日を始める自分を大切にしてよい。その受け止め方ができるところに、この歌の支えがあります。
晴れやかな気分になれる日にも、曇った気持ちを抱えた日にも聴ける。希望を天候に左右されないものとして描くことで、毎朝の暮らしに寄り添う楽曲になっているのでしょう。
終盤の外出の描写|心の変化を、小さな行動へつなげる
歌詞の終盤では、主人公が外へ出ようとする動作に焦点が当たります。歌ネット
ここまでの心の変化が、一日の行動につながる場面として読むことができます。自分を少し信じられそうだと思えたことが、日常へ踏み出す支えになっているのです。
身支度を終えて家を出るのは、多くの人にとって日々の習慣です。しかし、気持ちが沈んでいるときには、その習慣を続けるだけでも力が要ります。ありふれた動作で歌を受け止めることで、聴き手は自分の一歩を重ねられます。
朝の番組を見終えたあと、それぞれの場所へ向かう人々。その時間に流れる『おはよう朝日です』のテーマソングとしても、この小さな出発はよくなじみます。
「この朝は」が届ける励ましは、起きて、支度をして、今日を始める人のすぐそばにあります。いつもの暮らしを自分の時間として大切に思えたとき、何気ない朝にも、少し違う光が差し込むのではないでしょうか。

