大切な存在がそばにいる。その当たり前が、明日も続くとは限らない。
Hump Backの「LILLY」は、そんな不安の中で、相手への愛おしさがいっそう強くなる瞬間を描いた楽曲です。
眠る姿を見つめたり、何気ない仕草を思い出したりする言葉には、一緒に過ごしてきた時間の近さが表れています。そこに重なるのが、もう少しだけ同じ日々を続けたいという切実な願いです。
この記事では、林萌々子本人が語った制作背景を確認したうえで、歌詞に描かれる愛情と、別れを恐れる心を考察します。
※制作背景は公表された本人のコメントに基づき、歌詞の解釈は筆者によるものです。
「LILLY」の基本情報
「LILLY」は、Hump Backのメジャー1stフルアルバム『人間なのさ』の1曲目に収録されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | Hump Back |
| 楽曲名 | LILLY |
| 作詞・作曲 | 林萌々子 |
| 編曲 | Hump Back |
| 収録アルバム | 人間なのさ |
| アルバム発売日 | 2019年7月17日 |
アルバムの発売日と収録曲はVAP公式商品ページ、歌詞と制作クレジットは歌ネットで確認できます。store.vap.co.jp
制作のきっかけは、病気になった実家の愛犬
「LILLY」の背景を知る手がかりになるのが、2020年1月31日に公開された、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのプレスリリース内のインタビューです。
林萌々子は、実家の犬の体調が悪く、余命について家族から連絡を受けたこと、会いに行ったその夜に曲を書いたことを説明しています。そして、そのときは、翌日もその先も会えることだけを願ったと語っています。www.value-press.com
出典:USJプレスリリース内「Hump Backさんインタビュー」
この制作背景を踏まえると、相手の呼吸や体の感触に意識が向かう歌詞には、命が続いていることを確かめたい気持ちを読み取れます。
同時に、本人の説明から、歌詞の中で死別が起きた場面まで確定することはできません。大切な存在との別れを恐れながら、目の前の時間を懸命に受け止めている歌として読むことで、言葉同士のつながりが見えてきます。
寝息を見守る描写に重なる、失うことへの不安
冒頭で描かれるのは、眠っている相手を近くで見つめ、触れる場面です。JOYSOUND.com
寝息は、普段なら意識せずに聞き流してしまう小さな音でしょう。それを逃すまいとする姿勢には、相手の存在を少しでも確かに感じていたいという緊張がにじみます。
愛おしいから見つめてしまう。けれど、安心して目を離すこともできない。優しい場面の中に、不安が入り込んでいるように感じられます。
また、頬に触れる描写があることで、愛情は抽象的な言葉だけにとどまりません。そこには、手で触れられる距離と、相手の体が持つ具体的な感触があります。
大切な相手を思うとき、その人について説明する言葉より、触れたときの感覚が先に浮かぶことがあります。「LILLY」の親密さは、そうした体の記憶を呼び起こすところにもあるのでしょう。
相手を美しいと思うほど、明日が怖くなる理由
この曲で印象的なのは、相手への強い愛情と、未来への怖さが結びついていることです。
今、この存在がそばにいてくれる。そのかけがえのなさを感じるほど、同じ時間が続かない可能性も意識してしまう。
ここには、幸せを実感することと、失う怖さを知ることが、同時に起きている心の動きがあります。
未来を考える行為は、本来なら楽しみを増やすものにもなります。次は何をしようか、どこへ行こうか。相手と過ごせることを前提に、予定を重ねていけるからです。
しかし、その前提が揺らぐと、翌日のことを考えるだけでも勇気が必要になるのでしょう。
「LILLY」では、目の前の相手が愛おしく見える瞬間に、時間の残酷さも迫ってきます。その二つが重なっているため、穏やかな日常の描写にも、切迫した思いが感じられるのだと考えます。
相手の不完全なところまで、愛おしさになる
歌詞には、思わずあきれてしまうような相手の一面も登場します。歌ネット
この描写があることで、二人の関係には生活の手触りが生まれます。長く一緒にいれば、感心することばかりではないでしょう。困らされたり、笑ってしまったり、ときには静かにしてほしいと思ったりすることもあります。
それでも、相手がいない静けさに触れると、騒がしさまで含めて自分の日常だったと気づく。そんな感情の揺れとして読めます。
少し困ったところまで含めて、一緒に過ごしてきた相手なのです。その癖や振る舞いも、ほかの誰かでは代わりにならない、その相手を思い出すための特徴になっています。
終盤で願いが絞られる意味|同じ朝を迎えたい
終盤では、相手と年を重ねるような時間の広がりと、次の朝へ向けた願いが重なります。
一緒にいたいと思えば、何年も先の姿を想像したくなります。けれど、目の前の命が心配なとき、その長い未来は簡単には約束できません。
そこで歌が戻ってくるのが、次の短い一節です。
君に会えたら
この言葉は、願いを一つに絞った末の、切実な到達点として響きます。
相手にもっと何かをしてほしい、期待に応えてほしい。そうした要求をいったん手放し、明日も同じ世界にいてくれることを願う。
普段は無意識に受け取っていた相手の存在が、それ自体で十分なものに変わっているのです。
また、曲は、別れへの不安が解決したと説明して終わるわけではありません。未来のことが分からないまま、次の朝を願うところにとどまります。
その終わり方には、先の見えない時間を過ごす人の実感があります。大きな約束を交わせなくても、まずは今日を一緒に過ごし、明日も会いたい。その小さな願いの重さが、最後に残るのでしょう。
愛犬との経験から生まれた歌が、大切な誰かに重なる理由
制作の出発点に愛犬との経験があることと、聴き手が恋人や家族を思い浮かべることは、自然につながっています。
歌詞が細やかに描くのは、相手と過ごす距離や、失いたくないと感じる心です。関係を説明する肩書きより、同じ時間を共有する感覚が前に出ています。
だからこそ、誰かの寝顔を見守った経験や、いつもの声が聞こえない寂しさを、自分の記憶から重ねられるのでしょう。
この曲に触れたあと、日常の見え方が少し変わることもあるかもしれません。普段なら気にも留めない仕草や、少し面倒だと思っていた習慣も、その相手が今ここにいる証しに見えてくる。
「LILLY」は、失う可能性を意識したときに、そばにある時間の価値がどれほど大きくなるのかを考えさせる曲です。
Hump Backの言葉の魅力をさらに読みたい方は、「拝啓、少年よ」の歌詞考察もあわせてご覧ください。


